「桑の實」
 
  佛桑花の旅
          昭和六十一年   久

〔マニラ空港にて〕
ひんがしに遠くつらなる山塊見ゆ
  兄が奥津城イポはいづちぞ

山深み草ぼうぼうと生ひ茂り
  共産ゲリラ多しと聞くに

〔ワワダムにて〕
暮れなずむワワの狭間にひびかふは
  老師が誦みし大悲心陀羅尼

〔カリラヤ霊場にて〕
池の面に白き花降りはなびらを
  魚らついばみゆるがすが見ゆ


〔比島寺にて〕
桃色のまろく小さき花をつけ
  ネムに似し草樹下にひろがる

よるべなき魂かとぞ見ゆるその花に
  指をふるるれば身をよじり閉づ

〔アラミノス丁字路にて〕
椰子林ひそみいしゲリラ憎しも
  兵士らあまた此処に討たれき

〔アラミノス教会堂にて〕
爆撃に倒れし兵を葬りたる
  古き御堂に朱き花散る

〔マレブンヨ山にて〕
月明に身を曝しつゝ絶壁を
  越え去りゆきしつはものかなし


〔マニラ・チャイナタウンにて〕
般若心経ひくく誦しつゝ吾がたどる
  チャイナタウンに君はいまさず

チャイナタウン古き家並を歩めども
  尋ぬるひとに逢ふすべもなみ


〔モンテンルパにて〕
丘の上に雲たちわたり佛桑花
  哀しき緋色に墓前を飾る

いわれなき罪に服してふるさとへ
  還ることなく逝きし人はも


〔沖縄にて〕
木も花も烈風に哭けたまきはる
  四百のいのちのみたましづめぞ

[バック]  [前画面へ戻る]