(5) 縁語と秀句
 枕詞が発達して一首全体を統括するようになって、歌枕となる。また本歌の心を凝縮
して成立した歌枕も新たな一首の核となって全体を統括する。このように歌枕が一首を
統括すると云うことは、一首の中の全ての語がこの歌枕と呼応することである。「玉櫛
笥タマクシゲ」と言えば、「蓋フタ」「身ミ」「あく」「ひらく」と呼応し、「み熊野の浦」と
言えば「浜木綿ハマユフ」「百重モモヘ」「幾重イクヘ」などと言い、「伊勢の浜」と言えば「浜
荻」「折り」「伏す」などと続けるような呼応こそが、これらの歌枕を歌枕たらしめる
のである。
 このように見て来ると、先に触れた『能因歌枕』が、例えば、
 
 をみなへし・なでしこ・やまぶき・菊花・藤・梅・萩、これらは「にほふ」とよむべし。
 たまだすき・から衣・ゆふだすき・たまかづら、この四つをば「かく」とよむべし。
 露をば、「おく」といふ。「むすぶ」といふ。
 
と記したり、清輔の『和歌初学抄』が「秀句」と云う項目を立てて、
 
 霞 タナビク・ヘダツ・カクス・コム・ソビク・ナガル・ハル・ハレズ・タツ・オボツカナシ・
   ホノカナリ・シク・ツヽム・カク・カヽル
 露 タマ・ヒカリ・シタヽル・コボル・カヽル・オキヰル・オク・ムスブ・ツユフス・スガル・
   ヌル・キユ・コル
 
などと記していることの意味がはっきりして来る。「玉櫛笥」や「浜木綿」だけでなく、
「霞」や「露」もまた歌枕だったのであり、呼応するこれらの言葉と一体になって「秀
句」をなすと云うことなのである。
 
 春霞立ちなへだてそ花ざかり 見てだにあかぬ山の桜を(拾遺集・春・元輔)
 音にのみきくの白露夜はおきて 昼は思ひにあへず消ぬべし(古今集・恋一・素性)
 
「春霞・・・・・・立ちな・・・・・・へだてそ」「白露・・・・・・おきて・・・・・・消ぬべし」と縁語が二
つ用いられているものを挙げてみた。
 古典和歌の中核と云うべき三代集和歌の表現上の特色を一口に言えば、縁語の駆使と
云うことに尽きると私(引用図書の著者、以下同じ)は思うが、このように見方をすれ
ば、歌枕は中核拠点キー・ステーションである。拠点ステーションから発する指令によって、一つ一つの
縁語がそれぞれに相応しい対応をするのである。当時の人は、これを「秀句」と呼んで
いるが、言葉を選ぶことが言葉をなすことであった時代には、真に重要な知識だったの
である。
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