道徳訓として受け継がれる「教育勅語」 − 戦後の経緯 − 昭和二十年、敗戦により日本の教育制度は変革を余儀なくされました。連合 国軍総司令部(GHQ)は、「あらゆる軍国主義的な極端な国家主義的政策を 払拭する」目的で、日本の教育基本方針を定めようとしましたが、そのなかで 教育勅語については全く批判されることなく、米国の教育使節団の報告書でも、 その取扱について「儀式に用いたり、御真影(ごしんえい)に拝礼するなどは 人格の向上に不適当で、民主的教育に反する」とされただけでした。 日本側は、教育使節団の意向を受け、昭和二十一年十月八日付で、「勅語及 詔書等の取扱いについて」と題する文部次官通牒を出し、「教育勅語をもって 我が国唯一の教育の淵源とはせず、教育勅語と共に広く、古今東西の倫理・哲 学・宗教等に教育の基礎を求めること」と通達しました。すなわち、教育勅語 の内容そのものを否定するものではなく、古今東西のひとつの優れた先賢・先 学の教えとして扱うこととなったのです。 ところが、GHQは、昭和二十三年五月、突如として教育勅語は無効である ことを明確にするよう、国会にその措置を要求しました。文部省としては先の 通牒などによって教育勅語に関する措置をすべて済ませていたため、いまさら 国会で無効決議をする必要などなかったのですが、GHQの圧力により押し切 られ、衆議院で「教育勅語等の排除に関する決議」、参議院で「教育勅語の失 効確認に関する決議」がなされました。 この両院の決議によって、改めて教育勅語が日本の教育の唯一の指導原理で はないということが確認されたわけですが、しかしこれによって、教育勅語は 純然たる道徳訓となり、一つの歴史的文書となったのです。つまり、これを今 日の学校教育で取り上げられている聖徳太子の『十七条憲法』や孔子の『論語』 などのように、道徳訓として学校教育で扱うことは一向に差し支えないという 文部省の方針が、国会で承認されたことを意味します。 教育勅語の失効・排除と聞くと、その内容にまで及ぶように受け止められが ちですが、内容については何ら否定されるべきものはありません。むしろ、そ の内容が真理性をもつならばその真理性に従うのが、教育勅語に対する正当な 態度であるといえます。 − 『教育勅語の心を今に』、「教育勅語の失効経緯について」より要約 − 以上、平成22年10月30日、神道政治連盟発行「教育勅語」 |