GLN町井正路訳「ファウスト」

第五場 アウエルバッハの酒屋

メフィスト  (厳格な態度で呪文を唱える)
 偽りの姿と言葉、
 感覚と場所とを変えよ、
 こゝに現れよ、又かしこにも。
 
 一同はびっくり仰天、ぼんやり立って互に顔を見かわす。
 
アルトマイエル  こゝは一体何処だ、素敵に美しいな。
 
フロッシ  実に見事な葡萄園だね、僕の目の為(せい)じゃないか知らん。
 
ジーベル  葡萄は手近に沢山ある。
 
ブランデル  此の青々とした葉の下に、美麗な房がある、立派な幹だね。
 
 かく云いながらジーベルの鼻を摘出す、同時に他の連中も互に鼻を摘み 合って、ナイフを振り上げる。
 
メフィスト  (以前と同じ厳格な態度で)
 迷妄よ、彼等の目より覆面をされ、
 悪魔の悪戯(いたずら)を思い知れ。
 
 云い棄てゝファウストと共に酒樽に乗り飛び去る、酔漢は互に 相別れる。
 
ジーベル  之れは何(ど)うしたんだい。
 
アルトマイエル  何うしたんだろう。
 
フロッシ  こりゃ君の鼻だったのか。
 
ブランデル  (ジーベルに向い) 僕の押えて居たのは君の鼻か。
 
アルトマイエル  体が全体に痛い、倒れそうだから椅子を貸してくれ。
 
フロッシ  いや、何事だか一向にわからぬ、君聞かしてくれ。
 
ジーベル  彼奴等どこへ行ったろう、今度遇ったら生かしては置かぬぞ。
 
アルトマイエル  奴が酒樽に乗って戸口を出るのを見たよ、あゝ足が重い、鉛のようだ。 (食卓の方を向いて)
 
 さて、酒はまだ流れて居るかしら。
 
ジーベル  あれは皆虚妄よ、外観に過ぎぬのだ。
 
フロッシ  しかし僕は確に酒を飲んだぜ。
 
ブランデル  あの葡萄も不思議だよ。
 
アルトマイエル  こんな事があるから奇蹟を信ぜぬと断言するわけには行かぬね。
 
no.2アウエルバッハの酒屋

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