151a 神皇正統記 天(その一)
 
 日本の彼土カノドをはなれて海中にあり。北嶺ホクレイの伝教デンゲウ大師ダイシ、南都ナントの護
命ゴミャウ僧正ソウジャウは「中州チュウシウ也。」としるされたり。しからば南州と東州との中な
る遮摩羅シャモラといふ州なるべきにや。華厳経ケゴンキャウに「東北の海中に山あり。金剛山
コンガウセンといふ。」とあるは大倭ヤマトの金剛山の事也とぞ。されば此国は天竺よりも震旦
よりも東北の大海の中にあり。別州にして神明シンメイの皇統を伝ツタヘ給へる国なり。
 
 同オナジ世界の中なれば、天地開闢のはじめはいづくもかはるべきならねど、三国の説
各オノオノことなり。
 天竺の説には、世のはじまりを劫初コフショといふ(劫に成ジャウ・住ヂュウ・壊エ・空クウの四ヨツ
あり。各二十の増減あり。一増一減を〔一〕小劫といふ。二十の増減を一中劫といふ。
四十劫を合アハセて一大劫といふ)。光音クワウオンといふ天衆テンジュ、空中に金色コンジキの雲を
おこし、梵天ボンテンに偏布ヘンプす。即スナハチ大雨ダイウをふらす。風輪フウリンの上につもりて水
輪スイリンとなる。増長して天上にいたれり。又大風ありて沫アハを吹立フキタテて空中になげを
く。即大梵天の宮殿となる。其水次第に退下タイゲシて欲界ヨクカイの諸宮殿乃至ナイシ須弥山・四
大州・鉄囲山テチイセンをなす。かくて万億の世界同時になる。是を成劫ジヤウカフといふなり(
此万億の世界を三千大千世界といふなり)。光音の天衆下生ゲショウして次第に住す。是を
住劫ヂュウカフといふ。此住劫の間に二十の増減あるべしとぞ。其劫には人の身光明とをく
照して飛行ヒギャウ自在ジザイ也。歓喜クワンギを以モチテ食ジキとす。男女ナンニョの相サウなし。後に
地より甘泉カンセン涌出ユシュす。味アヂハヒ酥密ソミツのごとし(或は地味チミともいふ)。これをな
めて味着ミチャクを生ず。仍ヨリテ神通ジンヅウを失ひ、光明もきえて、世間セケン大オホキにくらくな
る。衆生シュジャウの報ムクイしからしめければ、黒風海を吹て日・月二輪を漂出ヘウシュツす。須弥
の半腹におきて四天下シテンゲを照さしむ。是より始て昼夜チウヤ・晦朔クワイサク・春秋シュンジウあ
り。地味に耽フケリしより顔色もかしけおとろへて、地味又うせて林藤リンドウと云物あり(
或は地皮ともいふ)。衆生又食ジキとす。林藤又うせて自然ジネンの杭(禾偏の杭)稲カウタウ
あり。諸モロモロの美味をそなへたり。朝アシタにかれば夕ユフベに熟す。此稲米タウマイを食せしに
よりて、身に残穢ザンエいできぬ。此故に始て二道ニダウあり。男女の相各別にして、つゐ
に淫欲インヨクのわざをなす。夫婦となづけ舎宅シャタクを構カマヘて、共に住スミき。光音の諸天、
後に下生ゲシャウする者女人ニョニンの胎中タイチュウにいりて胎生タイシャウの衆生となる。其後杭(禾
偏の杭)稲カウタウ生せず。衆生うれへなげきて、各境サカヒをわかち、田種デンシュを施しうへ
て食とす。他人の田種をさへうばひぬすむ者出イデて互にうちあらそふ。是を決する人な
かりしかば、衆共にはからひて一人ヒトリの平等王ビャウドウワウを立タテ、名ナヅケて刹帝利セッテイリ
といふ(田主デンシュと云心なり)。其始の王を民主王と号しき。十善ジフゼンの正法シヤウボフ
をおこなひて国をおさめしかば、人民ニンミン是を敬愛キャウアイす。閻浮提の天下テンゲ、豊楽
ブラク安穏アンヲンにして病患ビャウゲン及び大寒熱あることなし。寿命も極て久ヒサシク无量歳
ムリョウザイなりき。民主の子孫相続して久しく君たりしが、漸ヤウヤク正法も衰しより寿命も減
じて八万四千歳にいたる。身のたけ八丈なり。其間アヒダに王ありて転輪テンリンの果報クワホウ
を具足グソクせり。先づ天より金輪宝コンリンホウ飛降トビクダリて王の前に現在す。王出イデ給こ
とあれば、此輪リン、転行テンギャウしてもろもろの小王セウワウ皆むかへて拝す。あへて違タガフ
者なし。即スナハチ四大州に主アルジたり。又象・馬メ・珠シュ・玉女ギョクニョ・居士コジ・主兵シュヒャウ等
の宝あり。此七宝成就ジョウジュするを金輪王となづく。次々に銀ゴン・銅・鉄テチの転輪王あ
り。福力フクリキ不同フドウによりて果報も次第に劣オトれる也。寿量ジュリャウも百年に一年を減
じ、身のたけも同く一尺を減ゲンジてけり。百二十歳にあたれりし時、釈迦仏シャカブツ出給
イデタマフ(或は百才の時ともいふ。これよりさきに三仏出玉イデタマヒき)。十歳に至らん比
コロほひに小三災サイといふこと有べし。人種ジンシュほとほと尽ツキて只一万人をあます。その
人ヒト善を行て、又寿命も増し、果報もすゝみて二万歳にいたらん時、鉄輪王出て南ナン一
州を領すべし。四万歳の時、銅輪王出て東・南二州を領す。六万歳の時、銀ゴン輪王出て
東・西・南三州を領し、八万四千歳の時金輪王出て四天下を統領す。其報ムクイ上カミにいへる
がごとし。かの時又減ゲンにむかひて弥勒仏ミロクブツ出給べし(八万才の時ともいふ)。此
後十八ケの増減あるべし。かくて大火災と云ことおこりて、色界シキカイの初禅ショゼン梵天迄
やけぬ。三千大千世界同時に滅尽メツジンする、是を壊劫エコフといふ。かくて世界虚空黒穴
コクケツの如くなるを空劫クウコフと云。かくのごとくすること七ケの火災をへて大水災あり。
此たびは第二禅まで壊エす。七々の火災七々の水災をへて大風災ありて第三禅まで壊す。
是を大の三災といふ也。第四禅已上イジャウは内外ナイゲの過患クワゲンあることなし。此四禅
の中に五天あり。四は凡夫ボンプの住所。一ヒトツは浄居天ジャウゴテンとて証果ショウクワの聖者
シャウジャの住処ヂュウショ也。此浄居を過て摩醯マケイ首羅シュラ天王の宮殿あり(大自在天
ダイジザイテンともいふ)。色界の最頂サイチャウに居して大千世界を統領す。其天のひろさ彼カノ
世界にわたれり(下天ゲテンも広狭に不同あり。初禅の梵天は一四イチシ天下のひろさなり
)。此上に無色界の天あり。又四地をわかてりといへり。此等の天は小大の災サイにあは
ずといへども、業力ゴウリキに際限ありて報ホウ尽ツキなば、退没タイモツすべしと見えたり。
 
 震旦はことに書契ショケイをこととする国なれども、世界建立コンリフをいへる事たしかなら
ず。儒書には伏犧フクギ氏といふ王よりあなたをばいはず。但タダシ異書の説に、混沌未分
ミブンのかたち、天・地・人の初ハジメをいへるは、神代の起オコリに相似たり。或は又盤古バンコ
といふ王あり。「目は日月ジツゲツとなり、毛髪は草木となる。」といへることもあり。
それよりしもつかた、天皇テンクワウ・地皇・人皇・五龍ゴリョウ等の諸モロモロノ氏うちつゞきておほ
くの王あり。其間数ス万歳をへたりといふ。
 
 我朝の初は天神アマツカミの種シュをうけて世界を建立するすがたは、天竺の説に似たる方も
あるにや。されど是は天祖アマツミオヤより以来コノカタ継体ケイタイたがはずして、たゞ一種ましま
すこと天竺にも其類タグヒなし。彼国の初の民主王も衆のためにえらびたてられしより相
続せり。又世くだりては、その種姓シュシャウもおほくほろぼされて、勢力セイリキあれば、下劣
の種も国王となり、あまさへ五天竺を統領するやからもありき。
 震旦又ことさらみだりがはしき国なり。昔世すなほに道ただしかりし時も、賢をえら
びてさづくるあとありしにより、一種をさだむる事なし。乱世になるまゝに、力チカラをも
ちて国をあらそふ。かゝれば民間より出でて位に居たるもあり。戎狄ジウテキより起オコリて
国を奪へるも有。或は累世の臣として其君をしのぎ、つゐに譲ユヅリをえたるもあり。伏
犧氏の後、天子の氏姓シシャウをかへたる事三十六。乱ミダレのはなはだしさいふにたらざる
者哉モノヲヤ。唯我国のみ天地アメツチひらけし初より今の世の今日コンニチに至まで、日嗣ヒツギを
うけ給ことよこしまならず。一種姓イッシュシャウの中にをきてもをのづから傍カタハラより伝給し
すら猶正セイにかへる道ありてぞたもちましましける。是併シカシナガラ神明の御誓あらたにし
て余国にことなるべきいはれなり。
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