神様の戸籍調べ
 
三十一 阿加留姫アカルヒメと伊豆志姫イヅシヒメ
 
戸籍簿
 御本籍      摂津国東成郡比売許曾社ヒメコソヤシロ
 御寄留地     朝鮮国新羅国王都 日矛ヒボ方
  母  阿貝奴摩ノ女    
  父  日ノ神       阿加留姫
 
  夫  新羅王国太子     天之日矛アメノヒボコ
  長女            伊豆志遠乙女 後春山之霞壮夫に嫁す。
 
 この神様の事跡は古事記にもあるが、面白い伝説である。
 その昔、新羅シラギに一つのあぐぬまと云ふ沼があって、近傍の賎イヤしき娘が、草刈り
の帰る時、その沼の辺で午睡をすると、太陽の神様がこの女の上に、虹のやうになって
指してゐられる、通りかかった一人の農夫、是は不思議の事があるものと、眺めてゐる
と、これこそ不思議なことには、其若い女は妊ミモゴリしたはよいが、更に又不思議なこと
には赤い玉を生むので、かの見てゐた農夫は、是非にと請ふてその赤玉を得、常に懐中
して携え、山に行くにも河に行くにも持ってゐた。ある時、この男が牛を牽きながら、
山に薪タキギとりにゆくと、そこに丁度国王の子である天の日矛ヒボコと云ふ太子が来て、
この牛を牽きゆく農夫を眺め、
 「おい、百姓貴様は何処にゆくのじゃ?」
 「はい、是れは是れは太子様でゐらせられまするか、私は山に薪とりに参ゐる途中で
ありまする」
 「何? 薪とり? 馬鹿を云へ此野郎、そうではなからう、きっと其牛を殺ろしに行
くのじゃらう、此不届者よ」
と家来に命じて、この牛殺し百姓を捕へて獄に投じやうとせられると、驚ろいた百姓、
 「いえ決して左様なものではありません、太子様、全く私は薪とりに参ゐるものであ
ります、何卒生イノチばかりは助けて下さい」
と泣かむばかり頼むが、一向天之日矛アメノヒボコは聴入れない、仕方ないので百姓は、かの
常に懐中してゐる処の赤玉を出し、
 「太子様、是を差し上げますから、御許し下さるやう」
と云ふと、太子もこの赤玉の美しきに喜びて、遂に許るしやられたので、農夫は百拝千
拝して帰る。天之日矛も又此赤玉を持って帰って御殿の床におくと、あら摩訶不思議マカ
フシギ、摩訶不思議、赤玉変じて、窈窕花エウテウハナにも勝る美人となったので、天之日矛は
喜びいかばかり、早速これを阿加留姫アカルヒメと名づけて、妻となして見ると、この又阿加
留姫の気のつくこと、常に甘オイしいもの、好きそうなものを調理して夫にすゝめる、掻
カユい処に手の届く夫人振りに、一寸威張って亭主振りをしたく、訳もないのに妻を怒鳴
りつけるので、阿加留姫も遂に堪えかねて、故郷である難波に帰ったと云ふ。
 
 その天之日矛アメノヒボコと阿加留姫アカルヒメとの間に出来た子に、伊豆志乙女イヅシヲトメと云
ふ、素敵な美人があった。応神天皇の御宇、秋山之下氷壮夫アキヤマノシタビオトコと云ふ好男子
と、その弟の春山之霞壮夫ハルヤマノカスミオトコと云ふ好男子と、いづれ紅葉か桜か別ち難き兄弟
があって、共にこの伊豆志乙女を得むとしたが、ある時、兄は弟に向って、
 「どうだい、お前はあの乙女を占領することが出来るかい」
と少し嘲笑の気味で言ったから、弟はムッとして
 「お易いことだ」
と口を切ったものの、胸の中には軽い不安があった。そこで其の事を母親に相談したと
ころ、母親は早速、御自分の若い昔の経験から割り出して美しい着物を縫って与へたの
で、春山は非常に喜び、乙女の家に通ふと、不思議にも此着物が藤の花になった。
 是から更に母親と二人で智慧を出し、先づ厠カワヤに出かけ、そっとその藤の着物を厠の
中にかけておいた、乙女は小用に行った序ツイデにこの美しい着物をみて、怪しみながら、
取って自分の室に持って帰ると、春山はチャンと其の着物の中に身をひそめ乍ら、乙女
の寝室に入り込み、遂に乙女と夫婦の契りを結んだ。
 「兄さんどうだい、僕はチャンと乙女と夫婦になってしまったよ」
と嬉しさと慢ホコりの鼻をうごめかし乍ら、帰って秋山に物語ると、色敵の出来て、大事
な乙女をとられた口惜しさに弟を意地目イヂメると母が仲裁して、兄を誨イサめたと云ふ古
事記の物語がある。阿加留姫アカルヒメのその又姫の伊豆志乙女イヅシヲトメも美人であったこと
から見ると、その美人は元来朝鮮系の血をひいていたと云ふことは、古来人の云ふ処で
ある。
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