神様の戸籍調べ
 
十五 三輪山ミワヤマの神様の話
 
 崇神スジン天皇の御宇ギョウに、日本国中は非常なる流行病で、死者道途ミチミチに横たはり、
踏むに路なしと云ふ程であった。
 民の親にまします天皇陛下は、深くこの現状を御心配なされ、是非この流行病を根絶
して、人命を塗炭トタンの苦しみ救ってやらねばならぬと思し召したが、医薬の発達しない
当時の事とて、何も彼も心に任せぬ事故、陛下の御深憂は益す計りであった。
 すると、五臓の疲れから出る夢に、三輪の神様が御出現になって、天皇に申さるるに
は、
 「此度国中の大流行病で御心配の様子御察し申すが、これを止めやうと思召すならば、
太田々根子オホタダネコと云ふ者をして、私を祭らせよ、すると、必ず流行病は止むであら
う」
と言ったきりで、御名前も、太田々根子の処も精しく御知らせにならないで、ドロドロ
と消えなされた。
 
 天皇は夢さめて、さても不思議なる此物語を臣下に御下問になり、太田々根子を捜さ
れたが、さて誰も知ったものがない。非常に弱って御考へになったがとても当もつかぬ。
そこで四方八方に数多の臣下を放って、太田々根子を御捜しになることになったけれど、
丸で雲をつかむやうな話。
 然し、天の下は率土ソツドの浜ヒンと雖も、いづれ王土にあらぬはないから、その中に河
内の或る片田舎で、美努村チヌムラと云ふ処にゐたのを見つけて、都に伴れて三輪神社に祭
らせられると、神告の告く、流行病は止むだ。この時の御祭礼の様子は、意富多々泥古
命イフタタネコノミコトを以て神主とし、大物神オホモノカミを祭る役にあて、伊迦賀色許男命イカガシコヲノ
ミコトに仰せて、沢山の土器を作らせて、天神地神を御定めになり、更に、宇陀墨坂神ウダ
スミサカノカミを祭るには、赤色の楯や矛を、大阪神には黒色の楯や矛を以て御幣を作り奉つら
れた。そして太田々根子はその一番主シュなる役をつとめたので、国疾コクシツ止むで天下太
平となると、天皇は大に喜びなされ、太田々根子をよび、
 「御前は誰の子じゃ」
との御勅問があったので、謹んで戸籍抄本を奉った。天皇が御覧になると、
 
太田々根子の戸籍抄本
 本籍地      河内国美努村。神主。
  戸主         太田田根子
     父        大物主神 又名三輪ノ大神
     母 陶津耳命ノ女 活玉依姫イクタマヨリヒメ
 右古事記に依りて抄し確実也
              美努村戸籍吏 古木文也 印
 
とあったので天皇も非常に感心なされ、
 「成程、三輪大神、大物主神オホモノヌシノカミであったから、御子の御前が祭れば喜ばれるの
じゃわい」
とあったが、この大物主神が、太田々根子を御子にもたれるには、面白い神話がある。
 
 河内の国に陶都耳命トツミミノミコトの姫に、活玉依姫イクタマヨリヒメと云ふ、非常なる美人があっ
たので、いじくも同じ、若い男は、千々に胸を恋の火にこがしたものが多かったが、こ
の活玉依姫は決して淫な真似もせられなかった。
 ある夜、一人の若い気高い立派な男がきて、面白い話など色々して仲よくなったから
毎晩々々通って来て、遂に夫婦の約束が出来て、楽しい幾夜がつゞくと、姫は遂に妊娠
した。一二ケ月は袖でも隠すが、隠すに隠せぬ腹の膨張は、遂に父母の眼について、
 「あの毎晩来る男は誰じゃいなアー」
と姫に問ふと、恥し気に、
 「誰か御名前は知りません」
 「御前とした事が、マアー子まで出来るやうになってゐて、その夫の名も知らぬと云
ふ事がありますか。ホンに何時迄子供じゃありませんよ」
 「だってあの方は、それはそれは立派な美しい方ですよ、私あんな方なら名前なぞ聞
かないでもよいと思ひます」
 「アラ驚ろいた子だネ、しっかりしないと、この御腹の子が父無子になるじゃありま
せんか、ホンにこの子には始末がわるいよ」
と御母さんは心配一方でない、漸く相談の結果、今晩来たならば、輪に廻いた長い長い
糸の端を、その男の着物の裳スソに針で止めて、その男が帰ったら、この糸を手索タヨりに
その家を尋ねて見るがよからうとて、
 「活玉依姫や、しっかりしないといけませんよ、ねえ甘ウマくこの糸の端を気取られぬ
中に裳に針止めするのですよ」
と教へられて、黙頭ウナヅく姫の上に、夕日がさす、もやがこめて、日が暮れると、その
晩も亦、かの美しい男は姫のもとにやって来た。
 朝寒むに目覚て還る夫ヲットを、名残おしくも送り出す姫の手には、糸の端が繰出されて
ゐた。そしてその糸を索タヅねて見ると、長い長い糸であったが残ったのはただ三輪丈け
で、不思議や鍵の穴から外に出て、山の中の神社の中に這入ってゐる。
 「あの美しい男は、実にこの社の神様であったのである。あゝ大物主神様であった」
と解った。それから恋しい男は通って来なくなったが、姫は立派な男の子を産まれた、
それが太田々根子であった、そして、大物主神は、糸が三輪だけ残ってゐたので、三輪
の大神と云ひ、その山を三輪山と云った。実に太田々根子が神の御子であると云ふのは
こんな訳である。
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