神様の戸籍調べ
 
七 神阿多都姫命カミアダツヒメノミコト
 
 この神の御原籍地は、薩摩国阿多郡阿多村であって、御親御は、山林の神にてましま
す大山祇神オホヤマヅミノカミと申す神である。
 天孫邇々杵命ニニギノミコトが笠狭御崎カササノミサキを御巡狩のときに、散歩中の此の姫を御覧に
なると、非常に美しい少女であられたので呼び止めて、御聴になると、云云と御答にな
ったので大山祇神に相談して、結婚せらるゝことになった。すると、大山祇神様は、姉
の石長比売イワナガヒメと倶にすゝめられたが、どうしたことか天孫は此姫をやめて、石長比
売と結婚なされた。
 ところが数ケ月の後になって、此姫が大きな腹を抱へて宮に参り、
 「天孫の御子を宿し奉り、今月が臨月であります」
と申し上げられると、天孫は非常に不審に思し召して、
 「それは吾が子でない」
と仰せになったが、どうしても天孫の御子であると申されたので、
 「それでは、真に吾が子であれば、かくせよ」
とて、新しい産屋ウブヤを建てられた。その産屋は四方に戸がなくて、全部土壁ドヘキで作
られ、この中に焔々と火を燃しながら、
 「サァ此中で産め、若し吾が子であれば無事に生まれるであらうぞ」
と命令になったので、姫は仕方なく此中で御産をなさると、勿体ないことで、天孫の御
子の事なれば、些スコシの御傷もなくあらせられたので、疑も全く晴れ、是から此姫をも后
キサキとなし給ひ、三人の皇子を生みなされた。
 
 此の姫を一名木花咲夜姫コノハナサクヤヒメとも申すが、そうなると、この話と、普通天孫との
結婚の事件に大なる錯誤が出来てくる。即ち、石長比売は捨てられて、此姫のみが婚せ
られたので、大山祇神が残念がり、
 「天孫の御命も、木の花の散る如く咲くもやがて散らせらるべく、若し石長を召さば、
石の如く天孫の命も長からんものを」
と歎いたと云ふ説には、大層距ヘダタりがあることになるが、ともかく神話(古事記)と
して誌しておく。
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