06c 暦 − 暦書その四
△九星と方位
九星術と方位はいかなる関係にあるかついて記述します。九星術では「和漢三才図会
ズエ」に,
子午卯酉は天の陽数を得て四正に居り、寅申巳亥は地の陰数を得て四隅に居り、丑未
辰戌は土と為ナして定位なくして四隅に寓居グウキョす
としています。また九星術で,毎年の九星と方位の関係を示す方位図は,中宮を取り囲
んだ八宮を八角形に書き,真上を南に採ることになっていて,普通の方位の表示と異な
っていることに注意して下さい。
六白
一白 丙午丁 八白
巳 未
巽 坤
辰 申
乙 庚
九紫 卯 二黒 酉 四緑
申 辛
寅 戌
艮 乾
丑 亥
五黄 癸子壬 三碧
七赤
昭和55年九星配置図
九星では常に旧暦に基づいて配されますので,旧正月の立春に始まって,翌年の立春
の前日即ち節分までに適用されます。
九星術判断では,その人の生まれた年に,中宮にあった星が本人の本名星ホンメイセイと呼
ばれます。その人の運命はその生まれ年の本命星に因って定まるものとします。その年
の本命星が本来ある方位(定位方陣にある方位)を暗剣殺アンケンサツと称し,全ての人に対
して大凶の方角とします。暗剣殺の反対方向の宮には必ず五黄ゴオウが入っており,この
方位を五黄殺ゴオウサツといい,その年中万人に対して大凶の方位とします。本人の本命星
がある方位を,本命殺ホンメイサツ,その反対方位を的殺テキサツと称し,この両方位は本人にと
っては,その年中凶方とします。
例えば昭和55年は庚申で,本命星は二黒星ですので,二黒の元来の定位は第一a図で,
右上隅未坤申ヒツジコンサル(南西)が暗剣殺,この反対側丑艮寅ウシコントラ(北東)が五黄殺で
す。また例えば,昭和30年生まれの人は,その年の干支は乙未で本命星は九紫火星,従
って昭和55年の本命殺は東方向,的殺は西方です。本命星が中宮の年は的殺はありませ
ん。五黄が中宮の年には暗剣殺も五黄殺もありません。
△月家ゲッカ九星
月家九星とは,九星を月の干支に従って割り付ける方法です。ただ何処を上元とする
かに問題があって,中国と日本では違っていました。中国の「協紀弁方書キョウキベンポウショ
」に拠りますと,甲子の年の前年,即ち癸亥の年十一月(旧暦)が甲子に当たる月を甲
子上元一白としますと,十二月は乙丑で九紫,翌年甲子の歳正月丙寅は八白となり,二
月は丁卯で七赤と,三元六甲の法を適用するのです。この元期として元治元年(1864)
甲子の年を上元に採っています。
この場合月の十二支と九星とは三十六箇月,即ち三年を以て循環して元に帰ります。
1年経った乙丑の年は月の十二支は元に戻りますが,九星は三つだけ進んで(九星の数
字は3だけ減少)五黄となり,更に1年経って丙寅の年正月は二黒となり,更に1年経
って丁卯の年正月は八白となります。斯くして進みますと,1年につき,年の干支は一
つ進み,九星は3だけ進みますので3年で九星と月の関係は元に戻りますが,年の支シは
3だけ進みます。従って子・卯・午・酉年,丑・辰・未・戌年,寅・巳・申・亥年の正
月は,それぞれ八白・五黄・二黒となる訳です。
月家九星表
月 月の支 子卯午酉年 丑辰未戌年 寅巳申亥年
二月
正月 四日 寅 八白 五黄 二黒
三月
二月 六日 卯 七赤 四緑 一白
四月
三月 五日 辰 六白 三碧 九紫
五月
四月 六日 巳 五黄 二黒 八白
六月
五月 六日 午 四緑 一白 七赤
七月
六月 七日 未 三碧 九紫 六白
八月
七月 八日 申 二黒 八白 五黄
九月
八月 八日 酉 一白 七赤 四緑
十月
九月 八日 戌 九紫 六白 三碧
十一月
十月 七日 亥 八白 五黄 二黒
十二月
十一月 七月 子 七赤 四緑 一白
一月
十二月 五日 丑 六白 三碧 九紫
旧暦各節の太 九 一四七 三六九 二五八
陽暦の日付 星 白緑赤 碧白紫 黒黄白
なお年家九星表により,子・卯・午・酉年の本命星は一白・四緑・七赤の何れかに相
当し,丑・辰・未・戌年は三碧・六白・九紫の何れかに,寅・巳・申・亥年は二黒・五
黄・八白の何れかに相当していることが判ります。
年家九星表により,生年の十二支を知りますと,月家九星表により,生月ウマレヅキの九
星を容易に知ることができます。
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