06a 暦 − 暦書その四
 
△方違カタタガエ
 平安朝時代に流行した迷信の一つに,方違ということがあります。多くの古文献に現れ
ていますが,一例として谷崎潤一郎訳の「源氏物語」の「帚木ハハキギ」から引用してみま
しょう。
 
 暗くなった時分ジブンに、「今宵此の御殿は、内裏ダイリから中神ナカガミの塞フサがってゐ
る方角に当たってをります」と、人人が申し上げます。「さうであった、いつもお上が
お忌み遊ばす方角であった。二條院も同じ筋スジに当たってゐるが、何處へ方違へをした
ものか、えらく大儀タイギでならないのに」と仰せになって、大殿篭り遊ばすので、「そ
れはお宜しうございませぬ」と、お附の誰彼が申し上げます。「親しくお出入りをさせ
て戴いてをります紀伊守キイノカミの、中川のあたりの家が、此の頃庭へ水などを堰セき入れ
まして、涼しさうに致してをります」と、聞え上げますと、「それは好都合だ。億劫オク
クウであるから、牛を附けたまゝ車を入れられる所でなくては」と仰せられます。忍びし
のびにお通ひになる先などで、こよひの方違へに適した場所は数多アマタあることでせうけ
れども、久しぶりでお退サガりになっていらしったのに、ことさら方角の塞がった日をお
選びになって、それを口実に余所ヨソへおいでになるのだと、云ふ風にお取りになるのを
気遣っていらっしゃるのでせう。・・・・・・
 
 此処に中神(なかがみ)とは天一神のことで,干支により決まる在位の方角で,その
日の方角の良し悪しが決まることは,その項で述べました。「帚木」にあるこの一節は,
内裏から大殿へ出れば天一神の塞がった方角に当たるというのです。「方違所」とは方
違に行く家のことです。これは一例に過ぎませんが,このように他出のとき,天一神や
八将神・金神などの在位の方角に当たれば,方角が悪いからといって,前夜吉方の家に
一泊して,方角を変えて行ったのです。
 節分の日は一夜明けますと,立春となり諸神の在る方位が一度に変わりますので,方
違が行われたものでしょう。「枕草子」に「すさまじき物」として,
 
 かたたがえにゆきたるに、あるじせぬ所、ましてせちぶんはすまじ
 
とあるはその一例です。
 
〈九星〉
△九星キュウセイ
 旧暦時代の暦には全くなかった暦注で,明治の改暦後に頭角を現して来た暦注に六曜
と九星があります。運勢暦とか,九星暦とかいう俗暦は暦という名称で呼ばれています
が,実は明治改暦の詔書の中で,人智の開達を妨げる中下段の暦注とは,その性質を異
にするもので,本来の暦注でないと理由で禁止されなかったのでしょうか。戦前,東京
天文台で編纂して伊勢神宮神部署カンベショから出版されていました国暦が,戦後国家の手
を離れてから,暦といえば,運勢暦とか九星暦とか御家宝暦とか,その名称は種々あり
ますが,その内容の大部は九星による運命判断用の暦です。これらの暦を別としても,
神社で頒行される何々神社暦などにも,六曜九星が掲げられているのは誠に遺憾なこと
です。
 九星術というものは,天文や暦法には全く関係のないものです。九星などと星の字を
用いていますので,素人目には如何にも天文に関係あるものと考えられますが,天文学
とは全く縁のない,数字の遊戯としか考えられません。
 
 第一a図  四 九 二   b図  一 六 八   c図  七 三 五
 
       三 五 七       九 二 四       六 八 一
 
       八 一 六       五 七 三       二 四 九
 
 第一a図にように正方形の枠内に,一から九までの数字を入れますと,縦・横・斜何
れも3個の数字の和は15となります。中国ではこれを神秘的不可思議なものと考えてい
ましたが,現在方陣ホウジンと称する数学的遊戯の一つとして,何の不思議もないもので
す。
 中国でこの方陣の神秘性を利用して,これに勿体モッタイ付けて,作り上げたのが九星術
です。一から九までの数に更に色付けをして,一白イッパク・二黒ニコク・三碧サンペキ・四緑シ
ロク・五黄ゴオウ・六白ロッパク・七赤シチセキ・八白ハツパク・九紫キュウシを九星と名付け,紫・白を
吉,碧・緑・黄・黒を凶とし,年・月・日・時の干支に従って,一定の順次に中央の枠
(中宮チュウクウ)に入る星を定め,中宮を囲む他の八宮に八星を挿入するのです。a図のよ
うに,五黄が中央に入るような配列を正位の正位セイイといい,b・c図のように,中宮に
二及び八が入る場合も,縦・横の数の和は15になりますが,左上から右下への三数の和
は15になりません。しかしb図では9を加え,c図では9を減ずればその和は15となり
ます。
 
 第二a図  二 六 四   b図  三 八 一   c図  六 二 四
 
       三 一 八       二 四 六       五 七 九
 
       七 五 九       七 九 五       一 三 八
 
 また上図a・b・cのように,一・四・七が中宮に入る場合には,縦・横・斜三つの
数の合計は12となりますが,a図では右縦の四・八・九,下横の七・五・九から9を減
ずる必要があります。またb図では,中縦の八・四・九と,下横の七・九・五から9を
減じなくてはなりません。c図では右縦四・九・八と中横の五・七・九から9を減ずる
ことになります。
 
 第三a図  八 四 六   b図  二 七 九   c図  五 一 三
 
       七 九 二       一 三 五       四 六 八
 
       三 五 一       六 八 四       九 二 七
 
 次に上図a・b・cのように,九・三・六が中宮に入る場合には,縦・横・斜の三つ
の数字の和は18になります。ただしa図では右縦,下横に9を加え,b図では中横・左
縦・左上から右下への斜めには9を,c図では上横・中縦に9を加える必要があります。
以上のように三数の和が12・15・18の三種類の型を生じます。
 更に宮に入る九星の配列をよくみますと,中宮に入る九星の数が九・八・七・・・・・・と
減ずるにつれて残りの八宮内に入る九星の数も一つずつ減少しています。従って基準と
なる定位型さえ覚えておれば,他の八つの型は容易に書き下ろすことができます。
 更にこの九星に五行を割り当て,一白水星・二黒土星・三碧木星・四黄木星・五黄土
星・六白金星・七赤金星・八白土星・九紫火星とし,九星に五行の性質を付与するので
す。
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