85 あとがき
 
 加藤博士のご交誼により此の貴重な文献を印行、乃木神社に奉献するに当り、感激の
裡に私の思ひ出を書き記しておきたいと存じます。私は数え年十五、鳥取中学二年生の
時、明治天皇の崩御次いで御大葬当夜乃木ご夫妻の殉死と云う、この二つの大事が重な
りまして、当時世界を挙げての輿論を新聞雑誌などで見、聞きするにつけ、強く心をゆ
さぶられました。なお父の感激は私のそれに数倍している事も明らかとなり、激励を受
け続けるようになりました。当時の私の感激は、そのまま今日微動もせぬ信仰となって
幸福感にひたっています。
 
 昭和の初め、当時鳥取市在住の岩田中佐が私を加藤博士に紹介され明治聖徳記念学会
に入会、間もなく鳥取県神職会の招聘で加藤博士来県、米子市で初めて親しく謦咳に接
する機縁を先生の方から作って下さいました。その頃(昭和五年)父は私財をなげうっ
た明治天皇御尊像を奉戴すると同時に図書館を中心にした社会教育の財団法人思斉社
シセイシャを創業いたしました。
 爾来四十年、先生から受けた家族ぐるみの知遇・恩寵、不断に傾けられる学恩は、吾々
家族の明治天皇讃仰、乃木、東郷両聖雄信仰と併行して深厚且つ不動の肝銘であります。
 先生の旧著「神人乃木将軍」を増訂改題されまして「日本精神と死の問題」副題「乃
木大将の死を中心として」出版の時のご厚誼。昨年秋は「私の乃木神社信仰詩解」の出
版奉献を私に委ねられた事。引続いて今回またまた本書を出版、奉献ご快諾頂き重ねが
さねのご厚情に対し感激を極むるのみでございます。
 
 それにつけても高山乃木神社宮司、翻訳の労を引受けられた宮沢先生、なお錦正社、
明徳印刷社…のご協力が無くてはこの運びに至りませんでした。深く感謝申しあげます。
 思えば昭和十四年春「日本精神と死の問題」出版の際の経緯には、私の新嘗祭供御クゴ
献穀記念の農人形銅像迎えと共に時局柄深い意義がありました。また「信仰詩解」印行
奉献は先生のお心に添うて乃木神社新殿復興をことほぐ微衷でありました。今回、長い
間の祈りであったところの英文信典が邦訳出版の運びとなった事は私個人にとりまして
も老来ややもすれば荒れ果てている自信の心田開拓への道に連らなる厳そかな門戸とし
て意義深く真に忝けない極みでございます。
 私の壮年時代から知遇を得ていた徳富蘇峰先生、小笠原長生子爵の方々は既に白玉楼
中に上られ、独り加藤博士(御殿場市東山現住)には御長寿あらせられてその余沢を吾
々にまでお頒ち下されます事感激に耐えませぬ。徳如海寿似山、どうぞ先生の百寿を全
うされます事を神懸け熱祷申し上げる次第でございます。
  昭和三十九年二月十一日
                  鳥取県八頭郡八東町才代四八
                   財団法人思斉社々長 板 尾 正 巳 謹述
 
お礼のことば
 
 本書は文学博士加藤玄智先生の英文原書
 
  SHINTO IN ESSENCE, AS ILLUSTRATED
      BY THE FAITH IN A GLORIFIED
             PERSONALITY
                  BY
          GENCHI KATO D.Litt
 
を先生のお許しを頂いて訳したものであります。先生には御静養中にも拘わらず、御懇
切な御指導を下され、序文までも頂きましたことは誠に有難く、御礼の申上げようもご
ざいません。
 序文にもありますように、本書は乃木神社宮司高山貴先生の並々ならぬ御高配によっ
て出版の運びとなったものでありますが、先生と同神社の熊坂恒二先生の御親切な御指
導、御校閲を頂いて、訳者の不足を補い得たことを厚く御礼申上げます。
 それでもなお幾多不備な点があることと存じますが、これは皆、未熟な訳者の責であ
りまして、原著者と読者に深く謝するところであります。
 もし幸にして、本書が少しでもお役に立つことがありますれば、それは全く先生方の
お陰と乃木神霊の御加護によることと存じます。
 終りに、本書出版の原動力となられた、思斉社々長坂尾正巳先生並に錦正社、明徳印
刷出版社の皆様に厚く御礼申上げます。
  昭和三十九年三月八日
                       訳者 後学 宮 沢 末 男 謹白
前画面へ戻る
[バック]