82b 第一章 神道と他の諸宗教
第四節 宗教 − 自然教と文明教
なお他の角度から、吾々の問題を眺めてみよう。即ち宗教は、その歴史上の発達の程
度で、他の二つの範疇に分けられる。初期の原始的な信仰を吾等は自然教期の宗教と呼
び、この段階を越えて進んだ宗教を文明教期の宗教と呼ぶことが出来よう。
通俗的に云えば、自然教とは、過去と現在の未開自然な人々の間に行われている宗教
である。未開人達は、高級な知識も道徳ももたない。彼等は因果の法則も知らなければ
無上命令も知らない。科学、哲学、倫理や思索研究に関する高級な領域を彼等は知らな
い。彼等の考えは単純であり、その理想や信仰は素朴である。自然人達の間に行われて
いるこの種の宗教形式を吾々は自然教と呼ぶのである。
文明教は文化即ち文明の進んだ人々の抱く宗教である。この宗教の知識道徳は一般に
高級なものである。ところが、未開人の間の人生問題に近づくにつれて、段々と不合理
になり、知識や道理に基づかなくなる。
自然教と文明教を分ける、はっきりした境界線はない。実際、発達程度の異なった人
々が原始から文化へ即ち自然教から文明教へと移って行く際に通らなくてはならぬ広大
な日蔭の部分がある。この進歩はめざましいものがあるが、しかし、過渡期そのものに
なると多少ぼけてしまう。けれども、文明教期の段階に達した宗教を区別することは別
に困難ではない。例えば、仏教や基督教は文明教の典型であり、ポリネシア人の信仰は
自然教の典型である。
人々が、低級な信仰から高級な信仰へと移ってゆく、ゆるやかな段階を示す二つの水
準が自然教の中に見られる。即ち多霊教と多神教とである。これ等両段階の間の境界線
は甚だぼんやりしたものであり、亦過渡期も広範囲に亘っている。しかし、第二の段階
に十分に達すると、両者の区別は明瞭になる。
自然人達の崇拝は、文字どおり、自然そのものに集中する。即ち天体や自然現象、風、
雷、火山、地震、異形な身体、珍奇な制御出来ない諸活動と云ったような自然力である。
原始神道を例にとってみても多くの多霊教的な現れが見られる。これ等の数例を挙げれ
ば、太陽崇拝、雷、暴風雨、奇石、樹木、動物、人間、祖先、死者の霊魂崇拝から庶物
崇拝、陰形像崇拝等がある。
自然教期の段階での崇拝の対象は、厳密な字義での、男神又は女神とは見倣されない。
それ等は単なる自然界の要素即ち自然力である。崇拝の対象は個人的な存在とは考えら
れないで、一様な組織体中の不明瞭な力又は歩き廻る生霊や自然物中に体現された霊魂
や、それから遊離した力等である(物活論)。ここど使っている悪魔(demon)と云う語
はもとギリシャ語のdaimon(鬼神)から来た語で、善か悪かの生霊である。
ギリシャ神話に於ける、男神女神の万神殿や教門政治は我が国の祭政一致に相当する
もので、それ等に関して神々の社会での物語や神話がある。多神教の水準ではギリシャ
語の意味の神(theos)の崇拝と一致している。
原始社会の研究を進めて行くと、人間の宗教信仰は一般文化の進化と併行して発達し
て来ていることが分かる。このようにして、高級な知識や道徳が人心の宗教と云う織物
の中に織り込まれて来ると、遂には目を驚かすような画期的な変化が起る。人は自然教
期の宗教を脱して、遂に文明教期に達したのである。
上述の通り、神道は仏教や基督教同様に、文明教期の宗教である。しかし今なお国家
的宗教の外形を存しているので、仏教や基督教のように、普遍的でない。神道がこの地
位にある証拠は、神道には高級な知識や道徳のあることで分る。例えば、神道において
は、所謂八百万の神々の統一原理として絶対神が現れている。この絶対神は大元神(偉
大なる元始の神)なる語で表されている。これは神道五部書中に屡現れて来る。この神
道の大元尊神は、かの吠陀中の神々を統率する梵天に似ている。
神道は自然教期の段階においては、何等の云うべき道徳的な法典はもたなかった。し
かし、文明教期の宗教としては、神道は信者に高級道徳原理を提供している。神道曰く、
「神は徳と信マコトを享けて供え物を求めず」(神を喜ばすものは物質的な奉納物ではな
い。真の奉納物は徳行と至誠とである)と。誠実、忠実、正直、清廉、身体の清浄に非
ずして心の清浄等が、文化水準における又道徳的知的宗教としての神道の道徳標準であ
る。
神道における至誠、誠実はかのイスラエルの予言者教の正義、公道、基督教の博愛、
仏教の慈悲と相応ずるものである。
このように、神道は既に自然教期から文明教期の段階に移って来たことがみられる。
只だ、仏教や基督教の方は、今日既に世界的宗教と云う面を表していると云うことであ
る。
結論として、宗教の優劣を定める標準は或る宗教が、今なお自然教期の宗教の水準に
あるか、又は既に文明教期の宗教の領域に達したかを調べて確かめることである。
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