[詳細探訪] 参考:小学館発行「万有百科大事典」 〈えびす信仰〉 えびす信仰とは、エビス神に対する信仰である。「えびす」を漢字で表す時には、恵 比寿と云うような縁起の良い文字を当て、福の神として「大黒ダイコク」と共に祀るのを通 常とするが、その本来の信仰は、夷、戎、胡、狄の字を当てる通り、荒々しい、威力の ある神として人々に恐れられていたと思われる。このことは、エビスの文字が一番最初 に出て来る『伊呂波イロハ字類抄』(平安時代)に、その本地仏として毘沙門ビシャモン天が当 てられていることからも分かる。西宮におけるこの頃の信仰が如何様なものであったか 知る由もないが、平安末期の承安二年(1172)に藤原俊成が献進した「広田歌合」に、 僧安心の詠として「世を救ふえびすの神の誓にはもらさじものを数ならぬ身も」と云う 歌が選ばれている。 それにしてもこのエビスと云う神名については、古典にその記載がないので既に鎌倉 時代から種々詮議立てられたようである。これらの諸論の中で浮かび上がって来たのが ヒルコ説であり、事代主コトシロヌシ説である。ヒルコ説はエビス神が海から寄せて来たと云 う信仰に基づくもので、『神皇正統記』『源平盛衰記』などに書かれている。 一方、事代主説はエビスの神像が常に海浜で魚を釣っている姿となっているため考え られた論で、美保ミホ神社(島根県八束郡美保関町)、長田神社(神戸市長田区長田町) がその鎮斎する祭神名からエビス神を祀るとされるようになった。しかし、エビス信仰 の本質からすればこの神名による区別は、古典に対する認識が深まって後説かれ出され たもので、信仰そのものにはあまり影響を及ぼしていない。 例えば毎年一月十日に十日エビスの祭りを盛大に行う西宮神社(西宮市社家町)がヒ ルコ神を祀り、今宮神社(大阪市浪速区恵美須町)が事代主命を祭神としていると云っ ても、それを区別して参詣する人はいない。 海よりの寄り神と云うことから、初め魚猟神であったエビス神は、次第に海産物の交 換より市神、商売繁盛をもたらす神として信仰されるようになり、商家の崇敬が殊に篤 く、町方では誓文祓いセイモンバライの祭りが盛んになって行った。 また一方、農家でも豊作をもたらす福神として、エビス講の行事が、秋十一月二十日 を中心に全国各地で行われるようになった。この最も顕著な事例は、西宮神社が幕府か ら版権を得たと云う御神影札オミエフダを祀ることで、この古札は室町時代まで遡ることが 出来る。 エビス信仰の流布については、七福神のうちの一神として謡曲、狂言に謡い込まれた ことも挙げられるが、江戸時代殊に盛行した「えびす人形操り」の各地巡業も大いに力 があったと思われる。