53a 玉鉾百首

〈玉鉾百首〉その三
 
鎌倉の平タイラの朝臣アソが逆サカわざを うべ大君の謀ハカらせりける
  大意:逆臣北条義時、泰時らが跋扈バッコして、政権を擅ホシイママにせし逆しま事を、後
 鳥羽、順徳の天皇の怒り給ひて、誅伐チュウバツせんとし給ひし御事は宜なり、御尤千万
 の御事なりと也。
 
隠岐オキの島弓矢囲カクみていでましゝ 御心おもへば涙し流る
  大意:後鳥羽天皇は北条を征ウタむとし給ひて、却りて御自ら隠岐島へ遷され給ひ、
 其の路すがら武士どもいかめしく警固し奉りしを、大御心には如何に憤イキドオロしく憾
 ウラメしく思ぼしめしけむ、其の叡慮の程を思ひ奉れば、今日にても涙に咽ばるとなり。
 
思ほさぬ隠岐のいでまし聞く時は 賎シズの男オわれも髪カミ逆立サカダツを
  大意:思食しよらぬ隠岐国への御遷幸の御事を聞く時は、賎の男なる吾も憤しさに
 髪も皆立ちあがりぬべき心地すと也。
 
鎌倉の平タイラの子等が狂事タワゴトは 蘇我の馬子に罪おとらめや
  大意:北条義時、泰時ら無道暴逆にして、後鳥羽帝を隠岐に、順徳帝を佐渡に、雅
 成親王を備前に、土御門帝を土佐に遷し奉りしが如き狂態は、かの馬子が罪に劣らじ
 と也、こは承久三年のことなり。
 
大君を悩め奉りし多夫礼タフレらが 民はぐゝみて世を欺アザムきし
  大意:天皇を令悩ナヤマセ奉りし狂輩北条氏は、仁政を施すやうにみせかけて人民を欺
 きしなりと也。
 
禍津日の其の禍わざに世の人も あひまじこりし時の悲しさ
  大意:北条氏の代のほどは、天下の人々みな禍神の禍事に相交りて、禍わざのみな
 りしが悲しと也。
 
よき人と云ふは誰タがこと鎌倉の 平タイラの子等コラが国のつみびと
  大意:泰時らをはじめ北条氏の人々を賢人と云ふは、抑も誰が言ぞ、彼等は逆臣に
 て国家の罪人なるものをと也。
 
負気フケなく御国ミクニ責めむともろこしの 戎カラの王コキシが狂タワわざしける
  大意:元主らのこの万国の元首たる神国を犯し奉らんと謀れるは、分不相応なる狂
 態ぞと也、こは弘安四年のことなり。
 
かしこきや皇御軍スメラミクニに射向イムカひて なやめ奉りしたぶれ足利アシカガ
  大意:恐れ多き事よ、官軍に射向ひて天皇を悩め奉りし狂賊尊氏、直義の徒はと也。
 
如何なるや神の荒びぞ真木マキの立つ 荒山中アラヤマナカに君が御世ミヨへし
  大意:如何なる神の荒びなるぞ、荒山中の吉野の奥に後醍醐天皇、後村上天皇、後
 亀山天皇の御三代も経給ひし事はと歎かれしなり。
 
から国に媚コびて仕ツカへて足利の 醜シコのしこ臣オミ御国けがしつ
  大意:万国の上に立つべき大日本国の大将軍たりながら、醜の醜臣足利義満は唐土
 の明王に媚び諂ひて、臣と称し其の封を受けて尊き御国体を汚し奉りし事、口惜しき
 極なりとなり。
 
天の下常夜トコヨ行く如ナす足利の 末スエの乱ミダレのみだれ世ゆゝし
  大意:天下の状、御代の常夜の時の如く、乱れし足利の末の状はいとゆゝしと也。
 
何時イツまでか光ヒカリ隠カクらん久堅ヒサカタの 天アメの岩門イワトはたゞしばしこそ
  大意:いつまでと限りなく天下は常闇ならんや、世の乱れたらん間はしばしのこと
 なれと也、白河、堀河の御世より後奈良天皇まで五百年ばかりが間も、無窮なる皇運
 にとりては暫時の事なるべし。
 
倭文機シヅハタを織田の命ミコトは朝廷ミカドべを はらひ鎮めて績イソしき大臣オオオミ
  大意:織田の命は、奸徒カントを掃ひ騒乱を鎮め、近畿を平げ内裡を修め、皇室を尊び
 まして、勲績ある大臣なり、となり。
 
服従マツロはぬ国らことごとまつろへて 朝廷ミカド清キヨめし豊国トヨクニの神
  大意:服従せざりし国々を服従せしめて、京師を再興し、朝廷を崇敬せられし豊国
 の神の功績も高しとなり。
 
豊国の神の御威稜ミイヅはもろこしの 戎カラの王コキシも懼オぢ惑マドふまで
  大意:豊公の威稜には、明王も懼ぢ恐れ迷ひしと也。
 
東照アズマテルみかみ尊し天皇スメラギを いつきまつらす御ミいさを見れば
  大意:朝廷を崇敬し奉り給へる功績の有るを見れば、家康公は尊しと也。
 
安ヤス御代と君の大御代をあづまてる 神の命ミコトぞ堅カタめ給へる
  大意:家康公ぞ、天皇の大御代を、太平の世と動きなく固め給へると也。
 
あづまてる神のみことの安国ヤスクニと 鎮シズめましける御世ミヨは万代ヨロズヨ
  大意:家康公の安国と鎮めましたるこの御世は、万代までも変ることなし、と御代
 を祝ひし歌なり、さは云ふものゝ王政復古して、今は(明治)維新以前の有様に非ら
 ずかし。
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