54 風土記の神話伝説
 
               参考:新人物往来社発行『日本「神話・伝説」総覧』
 
[風土記の神話伝説]
 
〈特異ユニークな世界〉
 『風土記』は、奈良時代に国ごとに纏マトめられた地誌であり、その中には地名起源説
話を中心に様々な神話伝説が鏤チリバめられています。正に神話と伝説の宝庫との観があ
り、内容的にも興味を唆ソソられるものが少なくありません。実際に同時代に編纂された
『古事記』や『日本書紀』(以下「記紀」と云う。)、或いは『万葉集』と比較して見
ても決して見劣りすることはありません。
 『風土記』に収められている神話伝説を見ますと、「記紀」や『万葉集』の中にも姿
を留めているものもありますが、「記紀」などに見られる著名な神話伝説であるにも拘
わらず、『風土記』に記載が見られないもの、また、その逆に『風土記』のみに見られ
る魅力的なものなどもあって特異な世界を創り出しています。
 以下、このような観点から、『風土記』の神話と伝説の世界を垣間カイマみることにしま
す。
 
〈「記紀」・『万葉集』と共通する神話伝説〉
 「記紀」や『万葉集』に見られ、『風土記』にも記載されているものとして、まず、
浦島子伝承が挙げられます。
 浦島子伝承は、一般には「浦島太郎」の昔話で知られています。しかしながら、人口
に膾炙カイシャしているこの昔話は、室町時代に成立した御伽草子の一つであり、起源とし
ては勿論古代にまで遡ることは出来ません。しかし、「浦島太郎」の原形を辿って行き
ますと、古代の浦島子伝承にまで行き着くことになります。この伝承は、『日本書紀』
『万葉集』そして『丹後国風土記』に記載が見られます。このうち、『日本書紀』は尤
も記事が簡略であり、雄略天皇二十二年秋七月条に、
 
 丹波国余社郡の管ツツ川の人、瑞江ミヅノエ浦島子、舟に乗りて釣す。遂に大亀を得たり。
 便タチマチに女ヲトメに化為ナる。是に、浦島子、感タケりて婦にす。相遂シタガひて海に入る。
 蓬莱山トコヨノクニに到りて、仙衆を歴メグり覩ミる。語コトは別巻に在り。
 
とあるのみです。この雄略紀では、丹波国の海岸が舞台となっており、主人公は余社郡
管川の人である浦島子です。浦島子は漁師であり、釣り上げた大亀と共に「蓬莱山」、
つまり常世国へ赴いたとされます。しかし、『日本書紀』は「語は別巻に在り」と記し
て多くを語っておらず、詳細を知ることが出来ません。
 これに対して、『万葉集』は、常世国での様子や主人公の結末まで触れています。『
万葉集』での舞台は「墨吉スミノエ」となっています。墨吉は通常は摂津の墨江と解します
が、この墨江は丹後とする説もあります。主人公は浦島子で漁師、乙女と出会いますが、
乙女は亀の化身ではありません。
 
 浦島子伝承について最も詳しく記載しているのは、『丹後国風土記』です。その冒頭
には、
 
 與謝郡、日置里。此の里に筒川村あり。此の人夫タミ、日(日冠+下)部クサカベ首等が先
 祖、名を筒川の嶼子と云ひき。
 
と記されています。此処から、伝説の舞台は丹後国與謝郡で、主人公は嶼子と云うこと
が知れます。浦島子を嶼子としているのは、この風土記の特徴です。また、この嶼子は
「人夫」となっていますが、一方では、在地の豪族である日下部首の先祖と云うことに
もなっており、『万葉集』の内容と微妙な相違を見せています。こうした両者の相違は
他にも見られます。例えば、この風土記は、冒頭部分に続けて、

 独ヒトリ小船に乗りて海中に汎ウカび出でて釣するに、三日三夜を経るも、一つの魚だに得
 ず。乃ち、五色の亀を得たり。
 
として、三日三晩、一尾の獲物にも恵まれなかったと記しているのに対して、万葉集に
は「堅魚釣り、鯛釣り矜ホコり、七日まで家にも来ずて」と云う大漁振りが記されていま
す。また、結末部分についても、この風土記は、嶼子が常世国から故郷へ戻り玉匣タマ
クシゲを開けてしまい、「涙に咽ムセびて徘徊」するのに対して、万葉集では、浦島子は「
気イキさへ絶へて、後つひに命死にける」となっています。
 このように、浦島子伝承を巡って、『日本書紀』『万葉集』『丹後国風土記』は微妙
に異なっています。そして、その中にあって、『丹後国風土記』の見られる内容は、大
変特異な点を多く含んでいると云うことが出来ます。
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