02e 和菓子の楽しみ方「四季の移ろいを彩る菓子」
 
△十一月 立冬
 木コの間の錦
 樹間に見える蔦の葉が黄から赤へと色付く様を表しており,表面に荒粉アラコを付け,秋
霧に覆われた風情を加味しています。
 山々を覆う紅葉の美しさは「錦」と形容されることが多く,菓子にもその語感が好ま
れています。日増しに色付いて行く楓や蔦は,深まる秋の菓子に欠かせない詩情溢れる
意匠と云えましょう。
 
 兎饅ウサギマン
 兎が月に棲み,餅を搗くと云う伝説は,月の影の形からとも,満月を意味する望月に
掛けたとも云われます。
 兎饅は,真っ白な薯蕷饅頭の生地に,紅で赤い目を,焼鏝ヤキゴテで耳,口,足を付けて
兎に見立てたものです。名月に興を添える可愛らしさが目を引きます。
 うさぎ うさぎ なに見て跳ねる 十五夜お月さま 見て跳ねる
 七五三のお祝いにも喜ばれる菓子です。
 
△十二月 小春日和
 猩々餅ショウジョウモチ・友白髪トモシラガ
 猩々とは体が赤い毛で覆われ,酒を好むと云われる中国の伝説上の動物です。能「猩
々」では,親孝行な息子に汲めども尽きぬ酒壷を与え,富貴を授ける精として登場しま
す。この演目は,天皇ご即位などお目出たい折に欠かせない代表的な祝言能とされます。
 猩々餅は猩々の赤い毛を表したお菓子で,友白髪と組み合わせ,祝事に用いられます。
友白髪には文字通り夫婦共に白髪となるまで長生きすると云う願いが込められており,
結納の品の中にも白い麻緒の束を白髪に見立てて,友白髪としたものがあります。
 十一月は文化的な行事が多く,秋の叙勲を始め記念式典,伝統工芸士の表彰などの多
い季節です。富貴・長寿を象徴する菓銘は,結婚式や敬老の日は勿論,長年の努力が認
められた方のお祝いに相応しいと云えましょう。
 
 八声饅ヤコエマン
 あら玉の千年の春の始めとて 八声の鳥も千代祝ふなり『壬二集』
 
 鶏は闇の終わりと太陽の到来を招く鳥として,古くから神聖視されていました。
 八声とは夜明けを告げる鶏の声のことで,八声饅の名は材料に卵の黄身を用いている
ことに因みます。白々とした夜明けの空を想わせる色合いに,ほんのりと卵の風味が致
します。
 
△同 凩コガラシ
 祇園坊ギオンボウ
 白く粉を吹いた干し柿にそっくりのこの菓子は,飴餡を包んだ求肥生地に和三盆糖を
たっぷりまぶして作ります。
 干し柿は,渋柿の皮を剥いて干して渋を抜いたもので,砂糖が貴重品であった時代に
は大切な甘味源の一つでした。
 祇園坊の名は干し柿の総称になっていますが,京都の祇園をも連想させる奥ゆかしさ
と晩秋の風情が感じられます。
 
 柚餅ユズモチ
 豊かな芳香を持つ柚の実は,料理にも菓子にもよく用いられ,冬を代表するものでも
ありです。冬至には柚湯に入り,柚味噌を食べる習慣があります。
 冬の陽に映える柚の橙色と,冬も葉を落とさない緑の葉色の生命力を茶巾絞りで象徴
的な形に作り上げています。
 
 千代見餅チヨミモチ
 千代見餅とは,柚餅子ユベシを意味する菓銘です。仄かな柚の香りと胡桃クルミの風味に特
徴があります。冬至と柚との結び付きから,十二月〜一月に使われることの多い菓子で
す。
 柚餅子とは,果肉を繰り抜いた柚の中に,餅粉,新粉や刻んだ胡桃を混ぜ,砂糖や味
噌で味付けしたものです。
 
△同 冬至
 虎屋饅頭(酒饅頭)
 酒饅頭の製法は,鎌倉時代に中国へ留学した京都東福寺開山の聖一国師によって,伝
えられたと云われます。
 餅米と麹を用い,時間をかけて作る皮には酒の仄かな香りが漂います。出来たての湯
気の立ち昇る酒饅頭は,寒い冬ならではの味わいと云えましょう。虎屋饅頭の名で親し
まれ,京都の童歌でも唄われています。
 
 高根羹タカネカン
 田子の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ 富士の高嶺に雪は降りける
                              『万葉集』山部赤人
 
 高根は,高嶺,高峰とも書き,高い山を指す言葉です。中でも霊峰富士は「富士の高
根」としてその気高い美しさが称えられました。高根羹は,この神々しい富士山を意匠
化した大振りの羊羹で,正月用に作られ,歳暮ほか祝事によく使われます。

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