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安徳水
高知県
文治元年(1185年)屋島の合戦に破れた平家知盛一門は幼帝・安徳天皇を奉じて四国山中を潜幸の後、 80余名がこの地に至り、25軒の柱を構え、都とした折に、この湧き水を天皇の飲料水として用いたといわれている。
〔環境省〕
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