21 そのまた小さなコドモ達〈菌類の化石〉
 
         そのまた小さなコドモ達〈菌類の化石〉
 
〈菌類の化石〉
 菌類は肉眼で見えないものが多く,化石になっても発見しにくいことが予想されます。
また,大型のキノコは腐りやすいので化石にはなりにくいかもしれません。それでも,
菌類の化石は,既に相当数発見ています。比較的よく見つかるのは,第3紀始新世以後
の樹木の化石についている菌類化石で,北米のテネシー州の第3紀層の菌類化石につい
ては詳しい研究があります。わが国でも,栃木県の塩原から出る第4紀層の樹木の葉に
付いている寄生菌類の化石は,割合簡単に見つけることができます。しかしながら,菌
類の起源や進化を研究するのに必要な,古い地質時代の原始的な性質を持った菌類の化
石の報告は極めて少ないです。今日までに発見されている最も古い時代の菌類化石は,
先カンブリア紀の,バクテリアやラン藻の化石に混じった2種の菌糸の化石です。次い
で,デボン紀中期の泥炭層から接合菌亜門接合菌綱アツギケカビ科のものらしい菌類の
化石が出ています。また,北米の石炭層からは,見事なサルノコシカケの一種の化石が
発見されています。この程度の化石資料では菌類の起源・進化については何もいえませ
んが,菌類の出現から現代までについて次のように述べている専門図書もあります。
 「菌類は,今から20億年以上も昔に既に出現していたらしい。その地質年代は先カン
ブリア紀で,水生菌であったと考えられる。デボン紀には,菌類は陸上植物の出現に付
随して陸上に出現し,陸上植物に沢山付いていたらしい。そして,化石の証拠の上では
現生の菌類までの間に大きなギャップがあって,デボン紀から現代(第3紀まで)の間
のことは分からないが,先カンブリア紀やデボン紀から既に,菌類は今日見られるよう
な他の生物との関係を保ってきたと考えられる。」
 このような古い地質時代に生存していた菌類すなわち古菌類を研究する分野を古菌類
学と呼びます。わが国では筆者(土井祥兌氏)がいくらか手がけているにすぎませんが,
外国での研究はますます盛んになってきており,既に膨大な報告があります。
 
〈参考:化石菌類の研究〉
 △菌類の化石は以外に多い
 キノコは軟らかい種類が多いし,また,腐りやすいので化石になって残ることはあり
ません,と考えがちですが,種類によっては,キノコ化石はかなり沢山産出します。ど
のような種類のキノコが多いかといいますと,木の葉の表面や内部に生える小さな子の
う菌類や不完全菌類の仲間のキノコです。大形のキノコもそんなに多くはありませんが
見つかっています。大形のキノコ化石の多くはサルノコシカケの仲間で,植物の化石を
含む堆積岩(岩になっていないこともあります)中から産出することがあります。サル
ノコシカケ以外では,ハラタケの仲間や腹菌類のツチグリの仲間などが外国では見つか
っていますが,このようなキノコの化石はわが国からはまだ見つかっていません。
 わが国からごく普通に産出するキノコ化石は,植物の葉の化石に付いています,ごく
小さな子のう菌類や不完全菌類の仲間のキノコ化石で,葉の化石の表面を,上から光を
あてる特別の顕微鏡で調べたり,葉の化石をカセイソーダに浸して母岩から剥して,こ
れをプレパラートにして普通の顕微鏡で調べますと,割合簡単に見つかります。このよ
うな小さなキノコの化石の回りには,菌糸や胞子もよく見られます。菌糸や胞子の化石
は,植物の化石上にはごく普通に見られ,むしろ菌糸の化石を伴わない植物化石の方が
少ないぐらいです。ただし,このような菌糸や胞子の中には,化石の表面に後から生え
たカビに由来するものがありますので注意して下さい。 日本産の大形のキノコ化石と
しては,1987年に報告されたカワラタケやツヤウチワタケに似たサルノコシカケの化石
が,今のところただ一つの例です。この化石は神戸市付近の中新統中部(約1,500万年
前)から発見されました。
 ところで,今から約1万年前から現在までの沖積世の地層に含まれているキノコの遺
体は化石とはいいませんが,ときどき見つかります。このようなキノコの遺体の例とし
ては,今までのところ日本からはコフキサルノコシカケが知られています。
 △化石菌類の研究のし方
 ・所在と産状:菌類化石の産地は植物化石の産地と同じと考えてよいです。植物化石
の産地としは,良好な葉や材の化石が産出するところのほか,河口の泥質物あるいは花
粉を含む地層などが挙げられます。石炭も菌類化石を含む重要な植物化石です。
 菌類化石は多くは植物体の内外に付随します。しかし大形サルノコシカケや泥質物を
漉すと得られる硬質の子のう菌の子実体などは植物体から離れて産出することが多いで
す。また,湖底や河口の動植物体破片の集積物(化石堆と呼ばれます)の中には,多量
の胞子・菌糸・子実体断片などが含まれます。昆虫の化石の表面にはラブルベニアの化
石が付随している可能性があり,今後調査する必要があります。
 以上のような産地や産状で得られる菌類以外の産地や産状で菌類らしい化石が得られ
ることがありますが,それらの中には菌類がない化石が多いです。例えば,サンゴの一
群のフンギアは一見ハラタケの化石によく似ています。また,生物体の集積沈澱物で構
成される先カンブリア時代のチャートに混在する菌糸状の化石はラン藻と区別するのが
大変難しいです。Pirozynski & Weresub(1979)は,菌類の胞子や菌糸の見誤りやすい
微化石として,糸状の繊毛虫類,藻類のシオグサ類,接合藻類の化石を挙げています。
 ・採集法:植物化石に付随する菌類化石の採集法に準じます。普通は植物化石を含む
堆積岩をツルハシなどで掘り取ります。植物化石が見つかると,それを痛めないように
採集します。植物化石を含んでいることが期待される石は,いわゆるトンカチで割りま
す。植物化石を含んでいる部位は割れやすいです。菌類化石はこのような植物化石のど
こに付随しているか見当がつかないことが多いですので,カウンターパートとともに痛
めないように採集し持ち帰ります。採集した資料は多くは湿っており,新聞紙や布に包
んで放置するとよくカビが生えます。このようにして生えた現在のカビは,化石菌類と
見誤られることがありますので十分な注意が必要です。泥中の糞化石などは,乾くとひ
びが入って原形をとどめなくなりますので,採集後はなるべく早く菌類の観察に適した
プレパラートに作成します。
 ・標本作成法と保存法:菌類化石の状態に応じて作成法を選びます。
 ・・菌類化石の付随する葉化石の場合:葉化石がコンプレッション化石の場合は,そ
れを母岩から剥ぎ取ることができない場合と,母岩から剥ぎ取ることができる場合があ
ります。葉化石を剥ぎ取るには,ピンセットのような器具を用いてごく簡単に剥ぎ取る
場合と,カセイソーダに浸漬して葉化石を母岩から遊離させると同時に脱色を行う方法
があります。剥ぎ取った葉化石はポリビニール・ラクトフェノールを十分な量を用いて
封入します。脱色を行うには,5-10%カセイソーダやハイターを用いますが,ハイター
を用いますと,ときに菌糸が溶けてしまうことがあります。
 さらに剥ぎ取るのが困難な資料のときは,コロジオン被膜を葉化石表面に作り,溶媒
をよく蒸散させた後,これを慎重に剥してバイオライトで封入してプレパラートとしま
す。コロジオン液に含まれる酢酸アミルなどの溶媒で葉化石や菌糸が溶けてしまうこと
がありますので注意が必要です。このような剥ぎ取られる葉化石は,母岩に付随したま
まで乾くと,ひびが入って断片化し,母岩から脱落することが多く,葉化石の状態は劣
化します。さらに剥ぎ取るのが困難な状態のコンプレッション化石や印象化石の場合は,
そのままで標本として保存します。
 ・・岩石中の菌類化石の場合:ダイヤモンドカッターと研磨装置を用いて薄片を作り,
カナダバルサムなどを用いて封入し,プレパラートを作ります。
 ・・泥質物中の金類化石:ふるいを用いて粒状物をふるい分け,その粒状物の中から
菌類化石を選び出し,78-80%エチルアルコールや4-5%ホルマリンに浸漬して保存し
ます。
 以上のようにして作成した標本は,データを付けてプレパラート整理箱や紙箱,ある
いはガラス瓶などに収めて保存します。
 
               参考 「キノコ・カビの生態と観察」築地書館発行

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