08 森林の土を掌に〈土壌と植生〉
 
     森林の土を掌に〈土壌と植生 ― 植生の環境指標性〉
 
〈植生と環境条件〉
 土壌がその生成にあずかった環境因子の違いに従って,それぞれ特徴ある断面形態を
示すようになると同じように,植生も気候や土地,そのほかいろいろな環境条件の影響
を受けて,それぞれのところに特有の種類組成と相観を持った植物群落として成立して
います。
 植生は大きくは気候により支配されます。砂漠 ― ステップ ― サバンナ ― 森林と
いう地球上の植物帯は,気候の乾湿に対応した植生の地理的な配列ですが,このうち森
林は湿潤気候下に適応した植物群落です。わが国はアジア大陸の東縁部に位置し,モン
スーン(季節風)の影響を強く受けて降水量が多いため,湿地とか高山地帯など一部の
土地を除くとほぼ全域に森林が成立します。また日本の国土は南北に長く広がり,かつ
3,000m級の高山を擁して高低差も大きく,地形も複雑で森林をとりまく自然条件は変化
に富んでおり,これを反映して多様な森林が認められます。
 亜熱帯では沖縄のアコウ,ガジュマルに代表される亜熱帯林,暖帯ではシイ,カシを
主とする常緑広葉樹林,温帯ではブナに代表される落葉広葉樹林,亜寒帯では北海道の
エゾマツ,トドマツを主とする常緑針葉樹林が規則的に分布しています。同一気候帯の
なかでも低山帯,山地帯,亜高山帯,高山帯などの地帯区分ができ,それぞれの地帯に
固有の森林が規則的に分布しています。
 わが国の森林の成立に影響しているもう一つの気候要因は,脊梁山脈を境にした裏日
本と表日本の両地域にみられる降水量の季節的な違い,特に冬期裏日本地域にもたらさ
れる多量の降積雪です。
 
      亜高山帯における表日本と裏日本の森林と組成種
 
地帯  代表的な森林 特徴的な組成種    備考                              
 
表日本 コメツガ林  コメツガ,シラベ,ミ シラベ,アオモリトドマツ林とコメツ
           ヤコザサ,カニコウモ ガ林は,この地帯を上下に2分して亜
           リ,オサバグサ,イワ 帯をつくる。                      
    シラベ,アオ  ダレゴケ,タチハイゴ ササ型林床の分布は裏日本ほど広くな
    モリトドマツ  ケ,フジノマンネング い。                              
    林      サ・・・・・・                                                
 
裏日本 アオモリトド チマキザサ,チシマザ コメツガは単木的に散生するか,局所
    マツ林    サ,ヒメモチ,エゾユ 的にしか成林しない。              
           ズリハ,ツルシキミ, ササ型林床は普遍的。コケ型の発達は
           ゴヨウイチゴ・・・・・・  貧弱。表日本で普遍的に現れるイワダ
                      レゴケ,タチハイゴケなどからなるコ
                      ケ型は出現しない。                
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
       山地帯における表日本と裏日本の森林の出現状態
 
東日本  尾根:ツガ林,局部的にヒノキ林                                      
     山腹斜面:ブナ林                                                    
     沢沿い,凹形斜面:サワグルミ,トチノキの林。古生層,中生層,あるいは
      それに由来する母材のところではシオジ林,局部的にサワラ林。        
 
裏日本  やせ尾根:ヒメコマツ,ネズコの林                                    
     尾根,山腹斜面,凹形斜面:ブナ林                                    
     沢沿い,凹形斜面:サワグルミ,トチノキの林。ときにヤチダモ林        
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
           表日本と裏日本のブナ林の組成種
 
地帯  特徴的な組成種             共通種
 
表日本 イヌブナ,スズタケ,ナツツバキ,ヒメシ ブナ,ミズナラ,ハウチワカエデ,
    ャラ,クロモジ,マンサク,コカンスゲ  ヤマモミジ,ウリハダカエデ,コ
                        ミネカエデ,ウワミズザクラ,リ
裏日本 チマキザサ,チシマザサ,ツルシキミ,ヒ ョウブ,ノリウツギ,ヘビノネコ
    メモチ,エゾユズリハ,ヒメアオキ,ハイ ザ,シシガシラ,イワガラミ,ツ
    イヌツゲ,ハイイヌガヤ,チャボガヤ,ユ ルアジサイ・・・・・・              
    キツバキ,アクシバ,オオバスノキ,ムラ                               
    サキヤシオ,マルバマンサク,タムシバ,
    エゾアジサイ,ミヤマカンスゲ,オクノカ                                
    ンスゲ,ミヤマシシガシラ,ヤマソテツ,                                
    ツルアリドオシ・・・・・・                                                  
 
 地形のほかに土壌,母岩などが森林の成立や組成を支配します。
 以上とは逆に,森林が環境条件に影響を与えます。例えばヒバ,ヒノキ,コウオマキ,
ツガなどの天然林では,しばしばポドゾルないしポドゾル化土壌が出現しますが,これ
はこれら樹種の落葉が分解されにくく強酸性を呈することに起因します。またアカマツ
やシイの天然林では,特に尾根筋などで著しく乾燥した土壌が認められますが,これは
これら樹種の外生菌根の遺体によって,疎水性の強い菌糸網層(M層)が形成されるこ
とが主要な原因となっています。
 環境を指標するものを指標植物と呼んでいます。気候や地形,土壌と密接に関係して
いる森林群落は,それぞれ有効な指標植物です。異なった植物群が相互に関係しあいな
がら共存し,ときには優劣関係を示して,なんらかの群落を形成しています。
 森林植生と立地条件の関係についても,森林を群落として区分し,立地条件との対応
求める研究や,林床植生の種類組成やその構成状態の特徴から林床型として区分し,こ
れと土壌ないしその諸性質の関係を調べる研究がされています。
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