44 野生植物とは
野生植物とは
参考:世界文化社発行「世界文化生物大図鑑」
△野生植物とは
地球上には,目に見えない菌類を含め,植物と名のつくものは40万種以上もの数にな
ります。そのうち,種子植物とシダ植物を合わせますと約27万種近くになります。
これらの植物は,ミドリムシ類のような単細胞植物や緑藻類などから進化したもので,
古代の植物の子孫が自然環境の中で繰り返された自然淘汰トウタを通して進化を重ね,現在
に至ったものと考えられています。このように,多くの植物が全世界に分布し,それぞ
れ生活可能な環境条件のもとで適応しながら生育しています。
日本には現在,種子植物とシダ植物を合わせた維管束イカンソク植物だけでも5,000種以上
が自生しています。一方,われわれの回りには,多くの栽培植物が作られています。人
間の生命維持に欠かせない穀物,野菜,果実,また日常生活に潤いを与える草花などが
生産され利用されています。これら栽培植物の全ては,野生植物から作り出されたもの
です。
山野草を栽培するには,まず野生植物の特性を理解するとともに,野生から生まれた
栽培植物が,どのような性質に変わったかを知る必要もあります。以下,栽培植物と対
比しながら,いくつかの特性を挙げてみましょう。
△野生植物と栽培植物と違い
野生植物は,移り行く自然環境に適応し,また順応するために,生育の促進や抑制の
操作を自分の力で成し遂げる能力を持っています。つまり,自然の中で,土から供給さ
れる水と養分を吸収し,光や温度を敏感に受けとめ,何時芽を出し,どの時期に花を咲
かせたら,無事に子孫を残せるか,という全生活環に亘る全ての制御を,自分の力で成
し遂げているのが野生植物なのです。植物は動物と違って,芽生えてからでは移動でき
ません。従って,こうした能力を持たないものは,淘汰を受けて滅びることになります。
自力で生き延びるためには,よりよい環境を求め,最も自分の生活に適したところを選
んで定着することになります。その具体的な現れが,自然分布や群落の形成,群落内で
の棲み分けなどです。山野草の栽培で,特に自生地に似た環境作りが大切となる訳はこ
こにあるのです。
一方,栽培植物とは,先祖は野生植物として,種特有の性質を持って生まれましたが,
長年に亘り,人間の目的に添って作り変えられたものです。例えば,イモやダイコンの
根は,野生種の数十倍にも発達しています。そのほか,花,果実,葉を利用する植物の
全てが,何れも人間の要求に添って作り変えられたため,目的とする器官だけが異常に
発達した,一種の奇形植物といってよいでしょう。これらの植物は,人間の保護の元で
の適応性が増大したものです。人間の手を離れては生育できませんし,当然子孫も残せ
ません。 以下,幾つかの相違点を具体的に挙げてみましょう。
〈種子の脱落性〉
野生植物は,種子が成熟しますと自然に落下し,その後,生育に適当な時期になりま
すと発芽して生育を開始します。この脱落性は,種の存続のためには重要不可欠な特性
です。ところが栽培植物のうち,種子を収穫するものでは,この性質は望ましくありま
せん。収穫を目前に控え,イネ,ムギなどの種子が脱落することは,人間にとっては致
命的な打撃となります。栽培植物では,脱落性の喪失に向けての育種や選抜がなされま
した。
山野草の採種は,時期を見計らって早めに行うようにします。
〈休眠性〉
野生植物は,発芽後の生育に必要な環境条件が満たされるまで休眠するものが多いで
す。一年生植物の種子,木本性植物の芽,多年生植物の地下繁殖器官などは,寒い冬や
高温乾燥の夏を無事に過ごすため,一定の期間休眠するものが多いです。これは,高温
乾燥の夏を持つ地域の植物,又は温帯性の植物と,それらの種子のうち秋に成熟するも
のなどに多くみられる傾向があります。
休眠には,種皮が水や酸素の通りを妨げるもの,種子に含まれる発芽抑制物質による
もの,このほか,一定期間低温に晒され,初めて発芽体制の整うものなど,その原因と
働きかける作用はいろいろですが,何れも種の存続のために,自然に身に付けた巧みな
適応といえます。
この点,栽培植物では,蒔いた種子は一斉に発芽してくれた方が具合がいいです。こ
のため休眠性喪失の方向で育種と選抜が行われました。
山野草の種蒔きでは,一般に採り蒔きされますが,これは最も自然に叶った方法なの
です。秋蒔きの場合は,水切れと寒さによる土の浮き上がりに注意しながら,自然の低
温に当てます。ぽつりぽつり発芽するものや,二年に亘るものもありますので取り扱い
に注意します。
〈感温性と感光性〉
野生植物は,花を開き,実を結ぶ適期になるまで,日の長さや温度を感じとって生育
を操作しています。この点栽培植物は,人手によって栽培上の適期に蒔かれ,生育もコ
ントロールされています。このため,こうした性質は徐々に薄れました。しかし植物に
とっては,栽培化されても,なおこうした性質を明らかに残存するものがあります。そ
のよい例が秋ギクです。遮光・電照栽培によって促成・抑制の栽培が行われています。
〈病虫害・連作に対する抵抗性〉
ある植物を同じ土地に何年か続けて栽培しますと,次第に生育が悪くなります。場合
によっては生育不能になります。こうした現象を連作障害といいます。これは,土に棲
む微生物の種類が片寄って増え,病気を発生させるからなのです。トマトやナスはその
微生物によって青枯病や立枯病などに罹るのです。また,化学肥料を多く用いることで
土が劣悪化(塩類の集積,土の酸性化)することなども大きな原因です。肥料の多いこ
とはまた,病害虫の発生を多くする原因でもあります。
野生植物は,多くの種類が集まって,水や養分を奪い合いながら共存し,一生を終え
たものは何れも土に戻って行きます。このような植物社会においては,連作障害もなく
病害虫に対する抵抗性も強いです。有機質を多く鋤き込み,石灰を施すことで連作の害
は軽減します。また,種類によって障害の出ないものや,サツマイモサツマイモのよう
に味の良いものが穫れるという例外もあります。
野生植物も,人間の手で栽培されるようになりますと,病気に冒されやすくなり,連
作に似た害(忌地イヤチ)が出るようになりますので,新しい土に植え替えたり,薬を掛け
る必要がでてきます。
〈個体群の調節〉
野生植物には,自己間引マビキ現象がみられます。一箇所に蒔かれた多くの芽生えは,
水,養分,光を巡って奪い合いを始めます。このような絶え間ない競り合いに因って,
弱いものから順に姿を消して行きます。最後に,その区域で養い得るだけの個体が生き
残り,全滅することはありません。
栽培植物では厚蒔きしますと,どの個体も同じように生育が衰え,つまりは共倒れと
なります。家庭菜園などでは,一般に蜜植や厚蒔きの傾向があります。生育するに従っ
て絶えず葉と葉が僅かに擦れ合う程度に間引きます。露地植えでは,その植物の最終発
育の段階で,隣接する株の葉が互いに触れ合うであろう程度の空間的余裕を採って植え
付けるのが基本です。蜜植の害は,どんなに肥料を与えても除かれません。光が生育の
制限因子となっているからです。
野生植物の持つ幾つかの特性に触れましたが,これらは何れも自然界における長年に
亘る淘汰によって身につけたものです。同じ野生植物から出発した栽培植物は,人間と
の共存の長い歴史の中において育てられ,その性質は徐々に変えられ,野生のものとは
大幅に変わっています。しかし,野生種が持って生まれた性質を完全に捨て去った訳で
はありません。栽培植物の中にも,明らかに休眠性や光発芽性を示すものがあります。
植物の種類や育種の程度,人間との関わり合いの深浅に因って,野生種の持つ性質を残
存する程度は違ってきます。この点は,栽培に当たって考慮する必要があります。
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