25 蜻蛉の生活
 
               蜻蛉トンボの生活
 
                      参考:世界文化社発行「生物大図鑑」
 
〈蜻蛉の一生〉
 
△幼虫の生活
 トンボの大部分の種は一生の最も長い期間が幼虫時代です。幼虫は完全な水生で,ヤ
ゴと呼ばれ肉食性です。その生活様式によって次の三つの型に分けられます。
 (1) 埋伏マイフク幼虫
 このヤゴは止水や流水の砂泥底に棲息し,体を砂や泥の中に殆ど埋入しています。普
段は複眼フクガンと腹部末端だけを砂や泥の外に出していて,近付く獲物を狙います。サナ
エトンボ科,オニヤンマ科の幼虫がこのタイプです。
 (2) 蹲踞ソンキョ幼虫
 このヤゴは止水や流水の広い範囲に亘って棲息し,水底に蹲ウズクマって生活します。イ
トトンボ科の一部,ヤマトンボ科,エゾトンボ科,トンボ科の幼虫がこのタイプです。
 (3) 登攀トウハン幼虫
 このヤゴは止水や緩流に棲息し,水草や挺水テイスイ植物,水底の落ち葉や朽ち木などに
掴ツカまって生活します。イトトンボ科の大部分,モノサシトンボ科,カワトンボ科の一
部,ヤンマ科などの幼虫がこのタイプです。
 幼虫の棲息場所は種によってほぼ一定の水域に限られ,池沼や湿地などの止水性と,
渓流や緩流,河川などの流水性の二つに分けることができます。幼虫の期間も種によっ
て決まっており,短いものでウスバキトンボの4週間,アオイトトンボの6〜7週間が
あり,普通日本のトンボの多くのものは1年以内で成虫になります。長いものではムカ
シヤンマやオニヤンマの4〜5年,ムカシトンボの7〜8年かかると推定されるものが
あります。幼虫齢数は9〜14齢,種によってほぼ一定しています。
 
△羽化ウカ
 終齢幼虫は羽化が近付くと摂食活動を止め,水面から頭部と胸部を出して胸部背面の
気門キモンで呼吸するようになります。羽化は,幼虫が羽化するのに適切な場所を選んで静
止する(定位する)ことから始まります。羽化には直立型と倒垂型の二つのタイプがあ
り,科毎に決まっています。直立型の幼虫は水平面に対して普通0〜120度の角度で定位
し,倒垂型の幼虫は水平面に対し90〜180度の角度の位置に定位します。定位が完了する
と,まず幼虫の中胸チュウキョウ背面の正中線セイチュウセンで裂開します。裂開は翅芽シガの付け根
で左右にY字形に分かれ,胸部,頭部,翅ハネ,肢アシ(脚)が現れます。腹部後半を羽化
殻ウカガラに入れた状態で休止期に入りますが,その後の羽化経過を二つのタイプ別に比較
してみますと以下のようになります。
 直立型:頭を上に持ち上げるようにして直立のまま休止期に入り,その期間は5〜10
分位です。次いで急に起き上がって腹部後半を抜き出し,翅の伸長が始まります。翅は
根元の方から徐々に伸びて先端に達します。腹部は翅の伸長が終わると急に伸び始めま
す。早朝から昼間に羽化し,羽化の所要時間は40〜90分です。
 倒垂型:腹を弓形に反らせ,頭を下にしてぶら下がった姿勢で休止期に入り,その時
間は20〜30分位です。次いで大きな努力をして起き上がると同時に肢で羽化殻に掴まり,
腹部を抜き出します。翅は全体が均等に伸長します。翅が伸び終わりますと腹部が伸び
始めます。夕刻から夜半に羽化し,羽化の所要時間は2〜4時間です。
 
△成虫の生活
 成虫の生活は生殖活動を行う前の摂食期間と,成熟して生殖活動を行う期間と,生殖
活動期を過ぎた老熟の三つの期間に分けて考えることができます。
 羽化直後の成虫は体が軟らかく筋肉と生殖腺センが未発達で,体色も淡いです。この生
殖的に未熟(テネラルという)な時期の個体は水域から離れて樹上や草間などに移動し,
摂食活動に専念します。水域を離れる距離は大体種によって一定しています。イトトン
ボ類やハッチョウトンボなどは羽化した水域の直ぐ近くの草間などに移動する程度で,
水域からあまり遠くまで離れませんが,大部分のトンボは水域から可成り離れて遠くま
で移動していきます。未熟な期間は大体1週間から1ケ月以上に亘り,その期間は種に
よって異なります。成虫で越冬する種はこの未熟な期間が例外的に長く,羽化後数カ月
を経た翌年の春になって初めて成熟します。摂食活動を送るうちに生殖腺が発達し,体
色も未熟色から成熟色に変わって行きます。例えばハラビロトンボやシオカラトンボ属
の種は,未熟なうちは♂と♀の体色はよく似た色彩をしていますが,成熟すると♂は徐
々に♂特有の色彩を帯びてきます。一般に♂♀共に未熟色と成熟色とに違いが出るのが
普通です。この未熟な期間内には♂♀による生活上の違いは殆どみられず,♂♀が入り
混じって生活していることが多いです。
 
△縄張り
 十分に成熟した成虫は水域に戻って来ます。勿論成熟成虫も摂食活動は欠かしません。
水域に戻って来た成熟した♂は縄張り(テリトリー)を持ちます。縄張りを持つことの
目的は交尾コウビにあり,縄張り内に成熟した♀が飛来すると直ちに交尾に入ります。成
熟した♀は水域の周縁部の樹間や草間に生活の場を持ちます。縄張りは成熟♀が屡々飛
来するようなところに形成され,♀の出現頻度の高いところ程縄張りの"地価が高い"と
ころです。縄張りの行動には次の二つのタイプがみられます。
 (1) 縄張り内を飛翔ヒショウしながら防衛する飛翔占有型。
 (2) 挺水植物や適当な物などに静止して,他の♂が近付くと飛び立って追い払い,戻
って来てまた静止する静止占有型。
 縄張りを占有する♂は他の♂が飛来するとこれを追尾して追い払います。この場合一
般には先に縄張りを占有した♂が後から侵入した♂よりも強いです。縄張りは1頭の成
熟♂によって占有されますが,池沼の岸の周囲に沿って飛翔占有するオオヤマトンボの
ように,同一場所を複数の♂が時間的ずれを採って縄張りを形成するものや,オニヤン
マにように往復飛翔して縄張りを持つが占有性が弱く時間も短いものもあります。
 
△交尾
 交尾の順序には大別しますと二つのタイプがあります。
 (1) まず♂が肢アシで♀の翅胸シキョウを掴ツカみ,腹部を曲げ尾部ビブ付属器で♀の前胸部
ゼンキョウブを挟み,連結姿勢となって飛び去ります。均翅キンシ亜目がこのタイプです。
 (2) ♂が肢で♀の翅胸を掴むまでは(1)と同じ動作ですが,♂は腹部を曲げ尾部付属器
で♀の頭部を挟み,連結姿勢となって飛び去ります。ムカシトンボ亜目と不均翅フキンシ亜
目がこのタイプです。
 以上の動作を前連結といいます。トンボ目の精巣セイソウは腹部後半にあり,交尾前に♂
は生殖細胞を第9腹節フクセツの開口から第2,3腹節にある副性器の精子嚢ノウ(貯精チョセイ
嚢)に移します(移精イセイという)。均翅亜目やムカシトンボ亜目では前連結になってか
ら植物などにとまり静止して,♂は腹部を曲げて移精を行い交尾に入ります。不均翅亜
目は普通前連結になる前に移精を行い,前連結飛翔中に♂は腹部を曲げ♀を引き寄せ,
♀が腹部を曲げて交尾に入ります。交尾は♂の陰茎インケイを経て♀の生殖門から精細胞セイ
サイボウが♀の体内に運ばれ完了します。前連結のまま水域から飛び去り交尾に入るのは,
他の♂の妨害を防ぐことにあります。交尾は大多数のトンボは静止して行いますが,飛
翔しながら行う種もあります。この場合飛翔しながら交尾する種は,静止して交尾する
種に比べて一般的に交尾時間が短いです。交尾が終わりますと,♂と♀は完全に離れま
すが,連結のまま産卵行動に入る種も少なくありません。
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