23e 四季の鳥
【冬】
やがて北からの木枯らしにのって山麓でも本当の粉雪がひらひらと舞い始め,朝には
草原を霜が白々と彩って激しい冬将軍が来たことを告げる。
鶏頂山や日留賀岳には根雪が深々と積り,雪は山嶺から麓の方に日一日と行軍を進め
る。山を下ったシジュウカラ・ヤマガラ・コゲラ・アオゲラなどはツルマサキの赤い実
に群れ,スギ・アカマツの梢にはヒガラ・コガラ・キクイタダキが群れてその種子をつ
いばむ。ミソサザイも高い山を下って人家近くや麓の崖下などに移り,高山鳥のカヤク
グリ・イワヒバリが峯から下って塩原の渓谷にその姿を見せるのもこのころだ。箒川で
はキセキレイがほとんど姿を消すが,カワガラスとセグロセキレイはそのまま冬も残る。
このころ留鳥のヤマセミの冠のある黒と白との縞の粋な姿が渓谷のよどみのあたりで見
られ,朝と夕べには餌場に通う度にキャラキャラというこの鳥の激しい叫びが聞こえる。
深々と雪に埋もれた冬の新湯では,翼を広げてゆうゆうと大空を舞うクマタカの雄大
な姿が見られるが,雪の薮かげには白い毛に変ったノウサギがじっとかくれて,敵の眼
からのがれるのに懸命である。あたりには前夜活動したその足跡がおびただしい。近く
の森の中ではヒレンジャクとキレンジャクが梢のヤドリギの実に群れてピーピー互いに
鳴きかわしつつ餌をあさるが,この実は粘着力が強いので,これらの鳥のからだや羽に
粘着して他の木の梢に運ばれることが多い。ときにはヒヨドリやヤマドリもこの実に群
れる。
粉雪に明け吹雪に暮れる一月,二月,塩原の山々や渓谷はただ一面に白銀の世界と変
るので,昆虫類やは虫類,両生類などの冷血動物はいずれもそれぞれ適当な越冬場所に
ひそんで,雪の中で眠り続ける。蛇や蛙たちは晩秋のころ早くも冬眠にはいり,野鳥で
は留鳥と冬鳥だけが残り,獣でもヤマネは樹洞の巣で冬眠し,クマも崖の洞の中で眠り,
アナグマも孔の奥深くに入りこむ。鳥類でもシジュウカラ・ヒガラ・コガラやキツツキ
類は,夜になると樹洞の中にはいるものが多い。昆虫類はあるものは卵で,あるものは
幼虫,蛹サナギ,成虫など,それぞれ適当な方法で冬ごもりをする。
かくて冬は豊かな毛に覆われた獣の世界で,カモシカは吹雪逆まく山頂や雪崩ナダレの
多い嶮崖などで生活し,ノウサギは敵の目を逃れるために夜間雪の荒野を跳躍して若木
の皮や木の芽を食害するが,これを追って夜行性のキツネが活躍する。昼間は樹洞にひ
そむテンも採餌は夜で,小獣類がそのよい獲物になる。バンドリと呼ばれる樹洞ずまい
のムササビやモモンガも夜の動物で,激しい木枯らしが吹きすさぶ中で木の芽などを食
い,音もなく体膜を広げて他の木に舞い移って行く。根元におりるとそのまま梢に上り,
再びジャンプして次々と他の木へと移って行く。モモンガもこれに似ているが,肢間の
膜はそれほど発達がよくないのでムササビほど遠くへは飛ばない。
冷たい上弦の月が冬枯れたミズナラの梢越しに尾頭峠の上にかかり,荒涼とした深夜
の雪景のなかで冬の獣たちは元気よく生活している。
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