12f 森に棲む野鳥の生態学〈森の野鳥の暮らし向き〉
〈増加と安定化〉
野鳥を含め生物は一般に自分の遺伝子を広めようとする本能があります。
しかし野鳥では,餌や営巣場所,生息面積などの制約などりより繁殖の限界がありま
す。木の実を主食とするイスカ,レンジャクなどは,豊作の年には著しく密度が増加し
ますが,冬季の餌不足により分散減少します。
カナダのトウヒノシントメハマキの大発生が続いた期間には,ムシクイ類などこの昆
虫を繁殖期の主食とする小鳥が増加しました。ところが小鳥の増加率は昆虫に比べもと
もと低く冬の餌不足もあり,ハマキの発生量に比べ小鳥の増加量はそれほどではありま
せんでした。地球上のどの地方でも,年間を通じてある鳥種の餌が豊富に生産されると
いうことはほとんどないので,野鳥の餌条件の制約のない増加を続ける可能性は少ない
ことになります。
シジュウカラの例など一般的にある林の繁殖密度は,平均レベルより低い時は増加へ
向かい,ごく高い時はそれ以上ほとんど増えないか,むしろ減少するといってよいでし
ょう。つまり常にある密度レベルに安定化させようとする作用が働いているとみられま
す。
森の野鳥の暮らし向き〈野鳥の天敵と寿命〉
〈さまざまな死亡要因〉
野鳥が死ぬ原因は,@気象要因として,低温,高温,降雨,降雪,干ばつ,防風,A
生物的要因として,餌不足,天敵,種内種間闘争,病気,寄生虫,自損事故,寿命,B
人為的要因として,狩猟,密漁,巣卵の破壊,農薬,毒薬,廃油,廃液,事故,漁網な
どがあります。
Bの事故になかには,人間と同じ交通事故(自動車,飛行機との衝突),ガラス,電
線への衝突,釣り糸の巻つき,釣針の誤飲,雛の巣からの落下など様々です。
野鳥はこのように多くの死亡要因があるため,本来持っている寿命を全うして死ぬこ
とはあまりありません。
同一種内での争いによる死亡は,集団営巣性のいくつかの鳥による雛や卵の取り合い
や,イヌワシにも見られる雛同士の争い以外ほとんどないです。種内の争いは普通は儀
式化されていて,殺し合いに至るものはごく少ないのです。
野鳥の死亡要因のうち,悪天候,病気などは密度の急激な減少をもたらすいわゆる密
度変動要因となります。一方,野鳥自身の密度に応じて働く死亡要因,つまり密度調節
要因になる主な死亡要因は餌不足と天敵です。
天敵は,ヘビ,ネズミ,カラスなどです。
ヘビは主にアオダイショウで,雛の鳴き声を頼りに営巣場所を探し出し,枝や蔓を伝
って難なく巣箱に入ります。ネズミは主にヒメネズミで,木を自由に登り降りすること
ができ,巣箱に枝葉をいっぱい詰めて自分の巣を造ります。ハシブトガラスは一般に鳥
の巣を襲って卵を盗むのが得意です。巣箱の止め金を嘴クチバシで上手に外して,卵や雛
を襲う例もあります。
猛禽類による捕獲は,群れ社会から外れた個体や老鳥,病気や奇形の個体によく見ら
れることから,捕食は野鳥個体群の維持,遺伝資質の淘汰に役立っているものと考えら
れます。
〈生きる戦略〉
モズは常緑樹の茂みに営巣したつがいにおいて繁殖成功率が高く,年数が経つにつれ
その個体群は良い茂みを持っていた家系の子で占められるようになります。多くの小鳥
が茂みの中や通直な幹の樹洞で営巣するのは,恐ろしい天敵から逃れるための戦略なの
です。
比較的高い木の枝股に巣を造るエナガや林縁の横に突き出た枝上に巣を造るコサメビ
タキでは,巣の外壁にコケを貼って,樹皮と見分けがつかないようにカモフラージュを
して天敵の目を逃れています。野鳥の色形は一般に雄が派手で雌は地味ですが,これは
縄張り活動で雄が雌を引きつける目的と,雌が巣に多くいるので天敵に見つかりにくく
するためです。
巣や,若い巣立ち雛をかかえている親鳥に人間や天敵が近づくと,親鳥は雛を黙らせ
たり隠したりした後,自分は片翼をひきずっていかにも傷ついたふりをして巣や雛から
遠い方へ敵を誘います。これを擬傷といい,弱い野鳥が天敵から巣雛を守る撹乱戦術で
す。サギの仲間では敵が接近すると,長い首を上に伸ばして葉や枝に似せた擬態を行い
ます。またシジュウカラ類では巣穴を人が覗くと,首を延ばしてシューと声を出して威
嚇しますが,これはヘビの真似をして敵を脅かしているのです。
ムクドリ,ヒヨドリやアカハラなど中型の鳥は,フクロウやタカがいると,逃げるど
ころか近寄っていって騒ぎ立てることがあります。これをモビングといい,周りの仲間
に敵の居所を知らせて狩りをしにくくさせたり追い払うのに効果があります。シジュウ
カラ類の群れでは,天敵が接近すると最初に発見した一羽がチーッという短く鋭い声を
出します。すると群れは茂みに飛び込んだり,じっとかがみ込んで天敵に気づかれない
ようにしています。この声を警戒声といいますが,シジュウカラ類のなかにはこれを悪
用するものがいます。シジュウカラ,コガラなどが餌台の近くでこの声を出して,先に
餌台に来ていたアトリ,スズメが驚いて逃げた後,餌台を一人占めして餌を食べる例も
あります。
餌不足に対する戦略として,非同時孵化があります。サギ類,ワシタカ類などはその
典型です。ヒガラ,モズ,カワラヒワなど多くの小鳥でも程度の差はあれこの現象がみ
られます。これは抱卵日数の違いにより,孵化日がずれ雛の成長にも差がでて,遅く孵
化した雛が先に孵化した雛より多く死亡するものです。
親鳥は,永い適応の過程においてその地域の年々の餌量を予知して産卵数を決める能
力を持っていると考えられますが,孵化した時に実際どのくらい餌がとれるかは,その
時の気象や餌を取り巻く諸現象によってバラツキがでます。産卵可能な最大級を産んで
いないこともそれに対する一つの適応ですが,さらに餌が急に手に入りにくくなった時
は非同時孵化性によって,一腹の雛が全部死ぬのではなく遅く孵った雛から順に死亡し
て,ある部分は生き残るように調整するのです。
〈寿命と繁殖年齢〉
野鳥は様々な生きる戦術を持っているものの現実は厳しく,多くの野鳥が成長の色々
の段階で死んでいきます。
産下された卵が巣立ちに至る成功率は,岩手山麓の滝沢鳥獣試験地のシジュウカラで
40〜83%,富士須走のアオジで63%,アカハラで50%,長野県御代田のホオジロではわ
ずか23%でありました。岩手県において調査したイヌワシでは,6つがいが4年間で6
羽の雛しか巣立ちせず,毎年2個ずつ産むと仮定して成功率は12.5%にしかなりません。
巣立ち成功率は開巣性の小鳥で平均45%,洞巣性の小鳥で67%という調査例もあります。
巣立った若鳥は成鳥になって繁殖を開始する以前に高率で死亡します。オランダのシ
ジュウカラの例では,巣立った若鳥のうち翌年まで生き残るのはわずか13%でありまし
た。スコットランドのイヌワシの例では,繁殖年齢4歳に達する若鳥は巣立った数の25
%しかいません。また野鳥では,産下された卵のうち成鳥に至るのは8〜18%であると
もいわれています。
成鳥まで育った野鳥のその後の年々の生存率は,シジュウカラ46%,クロウタドリ42
%,ロビン62%などとなり,野鳥は成鳥になるとその後の死亡率は安定し,スズメ目の
小鳥では平均して約50%くらい,シギチドリ,カモメ類では35%,アマツバメで20%,
ペンギンで10%,イヌワシ,アホウドリ類では数%といわれています。
諸資料から野鳥の平均寿命ないし余命を計算すると,シジュウカラの巣立ち若鳥では
平均寿命約10ケ月,成鳥になると平均余命1年5ケ月,クロウタドリ成鳥で1年10ケ月,
ロビン成鳥で1年3ケ月など,小鳥はごく短いです。イヌワシ,アホウドリなど成鳥の
生存率の高いものでは15〜20年くらいの平均余命となります。
野鳥の長寿としては,イヌワシ46歳,ミヤコドリ27歳,ヤマシギ21歳,ミヤマガラス
19歳,カケス17歳,ロビン11歳,シシジュウカラ9歳の例があります。シジュウカラが
9歳半まで生き残るのは,巣立った雛1万羽のうち2.5羽という計算になります。飼育
下のスズメ目の小鳥では20年くらい生きた例がありますが,自然条件下では10年生きる
のがやっとということになります。
野鳥が繁殖可能になる年齢は,シジュウカラ,ヒガラ,ロビン,ツグミ類など多くの
小鳥は満1年目からです。草原に棲むセッカというウグイスの仲間は,春に生まれた若
鳥がその夏のうちに相当数繁殖し,早いものでは巣立ち後27日目に産卵しているのが確
認されています。
ハシブトガラス,イヌワシ,多くの海鳥などでは,成熟するまでの間は若鳥の群れを
作ったり,親と一緒に行動したりし,繁殖開始年齢は2〜4歳以降となります。
こうした繁殖開始年齢の違いは,自分の餌のとれ具合による性成熟の速度の違いや,
育雛のために効率よく餌をとる能力の発達度の違いによるものと考えられます。
「森に棲む野鳥の生態学」由井正敏著 創文 抜粋
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