37 植物の世界「藻類と地球環境」
植物の世界「藻類と地球環境」
参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
原始地球は,溶けた岩石の海と,水蒸気や一酸化炭素,二酸化炭素からなる大気の世
界でした。地球表面の温度がやや下がりますと,大気中の水蒸気は雨となって地上に降
り続きました。40億年前,こうした地球を覆う原始の海が出来,水蒸気の抜けた大気は,
火星や金星の大気のように,殆どが二酸化炭素となって行きました。海の存在は生命の
誕生を導き,その後,光合成を行う微小な生物の出現にも長い時間はかかりませんでし
た。
原始の地球は酸素の殆どない環境で,原始の生物も,化学的な反応によって作られた
僅かなアミノ酸や糖などの有機物に依存してエネルギーを得ていました。この有機物の
枯渇コカツは,光エネルギーを利用して二酸化炭素から有機物を作り,自らの体を維持した
り,エネルギーを確保出来る生物に有利であったに違いありません。
〈地球上に初めて酸素を放出〉
藍藻ランソウ(シアノバクテリア)は,現在の植物と同じように,水と二酸化炭素から有
機物と酸素を作る光合成の能力を持つ最古の生物です。その化石は,35億年前の地層か
らも発見されています。生命の誕生が38億年前ですので,光合成の歴史はとても古いこ
とになります。
藍藻より前に,光のエネルギーを利用する「光合成細菌」と云うグループが出現して
いますが,これらは水の代わりに硫化リュウカ水素を使って二酸化炭素から有機物を作るこ
とが出来ました。この場合,酸素は発生せず,硫化水素が酸化された硫黄イオウや硫酸塩
リュウサンエンが出来ます。藍藻は,水を使う光合成と硫化水素を使う光合成の両方の能力を持
っていることから,初めて酸素を発生した生物であると考えられています。生物による
酸素の発生は,その後の地球上における生物の繁栄に最も大きく貢献した出来事でした。
陸地が形成され始め,光エネルギーを享受しやすい浅瀬が出来ますと,藍藻は爆発的
に繁栄しました。その繁茂は,原始地球環境に有機物と酸素の蓄積をもたらして行きま
した。
有機物は,他の生物たちの繁栄と進化を支えて行き,酸素は次第に海水中に溢れ,大
気中にまで達しますとオゾン層を形成しました。酸素は当初,海の中において鉄分を酸
化することに消費されましたので,大気中の酸素の蓄積とオゾン層の形成が本格的に始
まったのは20億年程前のことになります。オゾン層の形成は,それまで紫外線に晒され
て死の世界であった海面の近くや陸地に,生命の進出する可能性を与えた重要なステッ
プでした。
オーストラリア西部の砂漠地帯にあるシャーク湾(入口付近が浅くなっている遠浅の
湾)においては,太古を再現する「生きている藍藻の化石」を見ることが出来ます。藍
藻が微粒子を巻き込みながら,ゆっくりと(10年で5o位)突起状の炭酸カルシウムの
石を生長させています。石の表面の藍藻からは,酸素が泡となって放出されているのが
見えます。これと全く同じ機構で藍藻が作り上げたストロマトライトと云う岩石が,オ
ーストラリア西部の30億年以上前の地層に見られるのです。
〈多様な環境で光合成を〉
酸素は,生物にとって毒性の強いものでした。特に,それまで酸素のない環境におい
て生命を維持して来た生物にとって,生活の場が奪われる重大な脅威でした。しかし逆
に,代謝を広げて酸素で呼吸する能力を持つことの出来た生物は,多量のエネルギーを
獲得しました。無酸素の発酵では,1分子のブドウ糖から2分子のエネルギー貯蔵物質
(ATP:アデノシン三リン酸)しか得られなかったものが,酸素呼吸においては38分子も
得られるのですから,強力な行動能力をもたらしたと云えます。
更に,生物の多様性を飛躍的に増大させたのが,真核シンカク生物の登場です。ここまで
の生物界は,全て原始的な細胞の原核ゲンカク生物の世界です。地球上に酸素の環境をもた
らした藍藻も,藻類と云うよりはバクテリアとして扱われることが多い。これに対して,
核やミトコンドリアなどの膜で囲まれた構造体が存在し,細胞の中においていろいろな
機能の分業化を図るようになったものを真核生物と云います。例えば,その細胞の中に
おいてエネルギー生産工場となっているミトコンドリアは,酸素呼吸の能力を持つバク
テリアが,他の原核生物に入り込んで共生関係を成立した器官であると考えられていま
す。
一方,藍藻が光合成を行わない別の生物に取り囲まれて,一つの器官として安定化し
たと考えられているのが葉緑体(クロロプラスト)です。光合成の能力を持つ器官を獲
得した真核生物が,様々な種類の植物プランクトン(微細藻類)であり,その一部が現
在の陸上植物まで進化して行ったのです。藻類の様々な種類を作り出しているのは,共
生関係成立の組み合わせの違いです。例えば,藍藻を取り込んだ形に近いと思われるの
が,紅藻コウソウ類です。更に,この紅藻類を丸ごと取り込んだと思われるのがクリプト藻
類です。
現在に至るまで,地球環境を築いて来た主役は,藍藻であったと云えます。そして,
かつて藍藻だけに担われていた光合成は,様々な真核生物の葉緑体として分散しました。
この生物の多様性と進化が意味することは,光合成が様々な場所や環境によって,形を
変えて行われるようになったと云うこともあります。陸上において繁栄した植物,浅瀬
において海中林を形成する海藻や海草,そして水の中を漂う植物プランクトンなどがそ
れです。植物プランクトンには,温泉や南極などの極限環境において生き延びるものも
います。
〈温暖化の前に異常気象が〉
近年,人間の活動によって,石油や石炭と云った化石燃料が消費されるペースが加速
されています。現在約350ppmある大気中の二酸化炭素濃度は,18世紀の産業革命以前は
280ppm以下でした。それが,1900年過ぎに300ppm,1970年頃に約320ppmと加速的に増加
しているのです。更に現在,毎年1.5〜1.8ppmずつ増加すると云う激増現象を示していま
す。
二酸化炭素やメタンなどのガスは,水蒸気(雲)のように,地表からの反射熱を大気
外に放出される前に吸収する温室効果ガスで,地表の温度を生命にとって快適な水準に
引き上げている大切な気体です。ところが,この濃度があまりにも急激に増加している
ため,地球の気温が上昇してしまわないか懸念されるようになりました。
藍藻の出現した先カンブリア時代の二酸化炭素は,現在の数十倍の水準であったと考
えられています。それ以降も,殆ど大気中の二酸化炭素濃度は現在よりも高い水準にあ
り,変動を繰り返しています。藍藻やその後に出現した真核の藻類たちは,概ね現在の
数倍から数十倍の二酸化炭素濃度の環境を生きて来ました。現在は寧ろ不足気味の二酸
化炭素濃度の中において一生懸命,光合成をしているのです。
変動を繰り返しながらも,生物の働きによって,二酸化炭素濃度の水準が大きく振り
切れてしまうことなく保たれて来たことは重要です。大まかに云って,気温が上がり,
光合成が活発になって大気中の二酸化炭素濃度が減少しますと,二酸化炭素の温室効果
が薄らいで気温が下降に転じる,と云うような長い時間をかけたフィードバックが作用
します。
二酸化炭素濃度の変動と云っても,数千年とか数万年の目盛りでグラフを描いてみて
認識出来るものです。たった100年間で二酸化炭素濃度が2倍になるかも知れない,と云
う現在の地球温暖化の危惧は,およそ時間のスケールが違います。二酸化炭素濃度が現
在の2倍で,気温も高い世界は,人間が生きられない環境ではありませんし,植物がよ
く育ち人類が直面する食料危機の回避に貢献するかも知れません。しかし,その変化が
あまりにも急激過ぎるため,私共の生活が付いて行けるかどうか分かりません。
実際に地球の気温に影響が出るとしても,毎年少しずつ気温が上がるとは限りません。
寧ろ,異常気象の頻度が高くなると云われています。また,本当に平均気温が2〜3℃
上がってしまいますと,南極の氷が溶ける心配もさることながら,農作物の耕作可能地
域や,樹木や動物の分布も激変するでしょう。そんな変化がもうすぐ,21世紀前半には
私共に降り懸かって来る,と云うシナリオが提起されているのです。
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