21 植物の世界「植物と切手」
 
             植物の世界「植物と切手」
 
                      参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
 
 植物を題材にした切手が現れたのは可成り古く,1851年にカナダ南東部のノヴァスコ
シア州において発行された花図案の切手が最初と云われています。しかし当時は,図案
の一部として描かれたり,切手の端の方に小さく扱われたに過ぎませんでした。その後,
オレンジ,ナツメヤシ,ワタなどの有用植物を題材とした切手は幾つかあるものの,意
識的に植物を主役にした,いわゆる純植物切手の出現は遅く,1940年後半のことと思わ
れます。その頃,スイス,オーストリアなどのヨーロッパ諸国や,南アメリカのコロン
ビアなどにおいても素晴らしい花切手が発行され,第二次世界大戦の終戦によって,粗
末な切手しか見ていなかったわが国の切手収集家等に,強い憧憬ショウケイの念を持たせたも
のです。
 世界情勢が落ち着きを示してからは,世界各国において植物を題材にした切手が発行
されるようになりました。最初に描かれた植物は,主に人間生活に密着した薬用植物や
観賞用の園芸植物が多かった。特に,バラやランの切手が続々と現れるようになり,極
端なケースでは,これらの華美な切手の発行によって収益をもくろむ国も出て来ていま
す。その後,環境破壊が国際的な問題となるに従って,自然保護の周知を図るために,
目立たない植物であっても,固有種や保護すべき野生種などが登場するようになります。
最近においては菌類のキノコが多くの国において採用されるようになっています。
 
〈日本の植物切手〉
 わが国の切手に現れた植物と云いますと,古くは1872年(明治5年)頃の,いわゆる
「手彫テボリ切手」に図案化された,サクラ,キリ,キクなどにまで遡ることが出来ます。
更に,第二次世界大戦末期には,「富士に桜(ヤマザクラ)」の図案が普通切手に多く
採用されました。戦後には,単発的ですが,スズラン,キクなどが図案化されています。
 植物をシリーズとして纏めた特殊切手としては,1961年(昭和36年)の花シリーズ(
12種)が最初で,スイセンに始まり,各月の季節に相応しい植物が1種ずつ,順次発行
されました。これは大変美しく,見事な出来映えで好評でした。1978年(同53年)には,
自然保護シリーズの第5集として植物3種が,更に1984〜86年(同59〜61年)には,高
山植物シリーズ全7集合計14種が発行されています。
 
 1990年(平成2年)4月27日には,各都道府県を代表する花47種類を収めた,豪華な
組み合わせシートが発行されました。この切手は,「ふるさと切手・花」の名で発行さ
れており,組み合わせシートのほか,各種類毎に20面シートでも発行されました。各種
類毎のシートは該当の地方郵政局管内でしか発売されなかったため,当時は入手に大変
苦労しました。この組み合わせシートの発行には,少し前に米国において発行された,
50州の州花,州鳥の組み合わせシートが影響したと思われます。
 ふるさと切手は地方色豊かなため,幾つもの植物が題材に採り上げられています。1995
年に登場したレブンアツモリソウの美しい花容は,絶滅を危惧される状況への警鐘とも
受け止められます。
 
〈統一図案による普通切手〉
 一方,最近までの普通切手の図案には,動物,植物,国宝などが乱雑に用いられてい
ました。他の先進国に比べて統一性に欠けたこの施策に対し,収集家から改善を求める
意見が出されていましたが,1992年から郵政省は通常切手を日本の自然シリーズと云う
統一図案で発行し始めています。図案は動植物ですが,低額切手には昆虫,中額切手に
は鳥,高額切手には植物と構成されています。植物図案においてはサギソウ(190円),
カワラナデシコ(270円),カタクリ(350円),ノハナショウブ(420円),タチツボス
ミレ(430円)など,身近に親しまれている野生植物が採用されています。何れも普通切
手にはもったいない程の3〜4色のグラビア印刷で,素晴らしい出来映えです。今後更
にどのような植物が登場するか大いに楽しみです。
 
〈日本固有の植物を図案に〉
 さて,1993年に横浜市において開催された第15回国際植物科学会議を記念して,コウ
ヤマキとシラネアオイを図案にした記念切手2種が同年8月23日に発行されたことは,
植物に関心の深い読者には未だ記憶に新しいことと想われます。
 この国際植物科学会議がアジアにおいて開催されたの初めてのことでしたが,それま
でイギリス(エディンバラ,1964年),アメリカ(シアトル,1969年),旧ソ連(レニ
ングラード,1975年),旧西ドイツ(西ベルリン,1987年)などにおいて開催された際
に記念切手が発行されていました。今回の会議事務局においては,開催日の半年前から
主催者の日本学術会議を通じて記念切手の発行を郵政省に申請し,筆者(奥田重俊氏)
等も会議の意義や準備状況などを説明しました。幸い発行が認められ一安心しましたが,
どのような図案になるか気掛かりでした。
 出来上がった原画は2種で,白地をバックに植物の精密な部分図とその生育状態を示
しています。初めはシラネアオイ1種だけと思っていましたが,コウヤマキも採用され
たことと,図案構成の素晴らしさは期待以上のものでした。原画作成者は長年,切手の
図案を手掛けて来ました久野実氏(故人)です。
 印刷された切手は2種が交互に連刷レンサツになっており,大変人気がありました。筆者
は初日カバー(First Day Cover=切手発行日に,予め用意しておいた封筒に切手を貼
り,押印したもの)を作成し,国際植物科学会議の会場において頒布ハンプしましたが,
希望者が列をなしてあっと云う間に売り切れてしまいました。
 
〈切手による植物分類〉
 世界各国において発行された植物切手は,図案の一部に植物を採用したものを含めま
すと,既に2万種を超すと云われています。しかも毎年,数多くの新切手が発行される
現状においては,植物切手収集家といえども,最早全てを集めることはおろか,情報を
漏らさず得ることさえ大変困難になりました。そのため,バラやランなど,各自の気に
入った植物に限って集める傾向になって来ているのもやむを得ないことです。
 例えば,ユリ科ツルボ亜科の植物は,様々な気候下の国々の切手に見られます。アマ
リリスやハマオモトの仲間などは広く熱帯地域の国々の切手に登場しています。また,
アフリカ南部に限って分布する植物の切手も,その地域の国から発行されています。一
方,スノードロップのような北方の植物は,ユーラシア大陸の国々の切手で屡々目にす
ることが出来ます。このように,これらの切手の収集を楽しむことによって,この分類
群の分布域を居ながらにして知ることが出来ます。
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