15a 植物の世界「分類体系の構想」
 
〈クロンキストのシナリオ〉
 クロンキストは次のような原始的被子植物を想定しています。
 それは,熱帯的な環境に生育する常緑の木本植物で,道管はなく細長い仮道管を持ち
ます。葉は単葉で互生ゴセイし,羽状脈ウジョウミャクで,托葉タクヨウはありません。花は枝の先
に単生し,比較的大きな葉状の花被が多数螺旋状に配列します。花被は萼片と花弁には
分化していません。雄蘂も多数螺旋状に配列し,葉状で花糸カシと葯ヤクに分化していませ
ん。花粉は楕円体で,一つだけ発芽孔ハツガコウを持つ単溝粒タンコウリュウです。複数ある心皮シン
ピは離生し,完全には閉じていません。子葉は2枚以上あります。
 これは現生のモクレン目によく似た双子葉植物です。全ての被子植物がこのような原
始的植物から進化したと,クロンキストは考えています。
 
 クロンキスト体系においては,双子葉植物を六つの亜綱に分類しています。
 最初に置かれるのは,原始的被子植物の特徴の多くを備えたモクレン亜綱です。心皮
は離生し,花粉は単溝粒型のものが多い。
 次のマンサク亜綱は,殆どが花被の退化した小型の花を尾状ビジョウ花序に付ける風媒
の植物からなる群です。単純な花を付けるため,エングラー体系においてはより原始的
と見なされた尾状花序群の多くが此処に含まれます。クロンキストはマンサク亜綱をモ
クレン亜綱の次に置いた理由として,被子植物の中において可成り早い時期に分化して
現在においては凋落チョウラクしつつある群に見えること,モクレン亜綱以外においては唯
一,元々道管を持たなかった可能性のある植物を含むことを挙げています。
 
 ナデシコ亜綱は,ベタレイン系色素を持つ群です。独立中央胎座タイザ(胚珠が子房の
底から突き出した胎座に着く)又は基底胎座(胚珠が子房の底に着く)であることも重
要な特徴です。この群は,モクレン亜綱のキンポウゲ科のような花被の発達する草本植
物から進化したと推定されています。
 ビワモドキ亜綱は次のバラ亜綱によく似ています。何れもキク亜綱のように明らかに
進化した花を持つ訳でもなく,マンサク亜綱やナデシコ亜綱に見られる特徴も持ちませ
ん。バラ亜綱とは雄蘂が遠心的に発生する(雄蘂が数輪ある場合,原基が内側から外側
へと作られて行く)点が重視されて区別されています。
 バラ亜綱においては雄蘂は求心的に発生します。キク亜綱が広義のバラ目に起源があ
ると推定されているため,その前に置かれています。
 
 最も進化した花を持つ群として双子葉植物において最後に位置付けられているのが,
キク亜綱です。合弁花冠を持ち,雄蘂は花冠裂片と同数又はそれより少なくなり,花冠
裂片と互生します。その中においてもキク科は,沢山の花(小花ショウカ)が集まってまる
で一つの花であるかのような頭花トウカを作ったり,基底胎座であるなど,一段と特殊化し
た特徴を持つことから,一番最後に置かれています。
 
 単子葉植物は,子葉が1枚,葉は多くの平行脈を持つ,不整中心柱(多くの維管束イ
カンソクが茎の内部に不規則に散在する)である,花は3数性,花粉は単溝粒型などの共通
点があり,系統的によく纏まった群です。クロンキストの分類体系においては,双子葉
植物から進化したと考えられるのでその後に置かれています(本「植物の世界」シリー
ズの配列は,まず双子葉植物を進化の進んだキク科から始め,双子葉植物が終わってか
ら単子葉植物を進化の進んだラン科から始めている)。
 クロンキストに拠りますと,原始的な単子葉植物は草本性水生双子葉植物に由来しま
す。花被はあまり特殊化していなくて,心皮は離生し,花粉は単溝粒,面生メンセイ胎座(
胚珠が子房の内壁面上に着く)であったと云います。現生の双子葉植物においてこのよ
うな特徴に合致するのはスイレン目ですが,スイレン目は可成り特殊化した特徴を持つ
ため,其処から直接単子葉植物が進化したとは考えにくい。寧ろ木本性の原始的植物が
水辺の環境に適応して草本へと進化した過程において,現生の単子葉植物とスイレン目
が生じたのでしょう。
 
 単子葉植物は五つの亜綱に分けられています。
 離生する心皮を持ち,殆どの種が水生植物であることから,まずオモダカ亜綱です。
しかし,3細胞性の花粉や胚乳を欠く種子など,可成り進化した特徴を持ちます。
 ヤシ亜綱はヤシ目,パナマソウ目,タコノキ目,サトイモ目の4目からなり,木本化
した植物を含みます。花序に大きな苞を持つことが特徴ですが,その他には共通点を挙
げにくい。ヤシの化石が最も古くから出土しています。
 ツユクサ亜綱は単子葉植物に普通に見られる子房隔壁の蜜腺ミツセンを欠き,花被は萼と
花冠とに分化しています。胚乳は澱粉質です。7目からなり,イネ科とカヤツリグサ科
の2科において大半の1万5000種を占めます。この2科においては花被は退化しており,
風媒への適応の結果と考えられます。単子葉植物において風媒の方向への進化において
最も特殊化し,成功したものがイネ科です。
 
 ショウガ亜綱は花被が萼と花冠に分化していることと,澱粉質の胚乳を持っている点
においてツユクサ亜綱に似ていますが,よく発達した蜜腺を持つ点はユリ亜綱に似てい
ます。
 ユリ亜綱は,その大部分の約2万種をラン科とユリ科で占めます。花被の萼と花冠へ
の分化は明瞭ではなく,胚乳は蛋白質又は脂肪質です。美しい花を付けるものが多い。
花粉の送粉を昆虫に頼る方向へ進化した群であり,この方向において最も特殊化したも
のがラン科です。
 クロンキストは単子葉植物の分類には大きな問題はないと書いていますが,このグル
ープの詳細な研究を行ったダールグレンの分類体系とは可成り異なります。単子葉植物
にはあまり愛情を感じなかったかも知れません。
 
〈生物の位置を知る実用性〉
 どの分類体系にしても,生物の多様性を理解するための仮説に過ぎないことは云うま
でもありませんが,生物界全体の中においてその種の位置を参照すると云う実用上の意
義も大きい。クロンキストがこれまで発表された研究結果を採り入れて,目や科のレベ
ルまで分類群の再検討を行い,詳細な記録と共に分類体系を発表した意義は深い。単子
葉植物についてはダールグレンの詳細な記載を伴う体系がありますが,被子植物全体を
カバーする体系として最近発表されたものにおいては唯一です。多少の分類学的な問題
点があるかも知れませんが,クロンキストの体系は従来のエングラー体系の代わりとし
て,当分の間,用いられる可能性が高い。執筆者によっては意見が異なっているにも拘
わらず,本シリーズにおいて科レベルまではクロンキスト体系に従って植物の紹介が行
われているのも,そのような理由からです。
 
 分類群への系統の反映の仕方には,二つの大きな立場があります。分類群は全て単系
統群でなければならないとする分岐分類学派と,分類群は単系統群又は側系統群でなけ
ればならないとする進化分類学派です。単系統群とはある共通祖先から派生した全ての
子孫種が一つの分類群に纏められているものを云い,側系統群とは単系統群からその内
部の単系統群を除いたものです。側系統群は内容が雑多で,その範囲の設定が恣意的な
ものになりやすいと云う欠点があります。
 クロンキスト体系は,側系統群を認める進化分類学の立場から作られています。クロ
ンキストの言明に拠りますと,双子葉植物,モクレン亜綱,バラ目などは側系統群です。
分岐分類学の立場からの批判があるのは当然と云えます。しかし,系統関係がはっきり
分かっていないときには側系統群となってしまうことはやむを得ませんし,実用的な面
から云いますと,不十分な系統仮説に基づいた頻繁に内容の変わる単系統群よりも,息
の長い側系統群の方が歓迎されるでしょう。系統関係が十分に解明されなければ,クロ
ンキストの多くの分類群は分割再構成される筈です。
 
〈遺伝子解析がもたらしたもの〉
 この数年程の間に,分子系統学の進歩によって生物の系統に関する私共の知識は大き
く膨らみました。その中でもチェイス等(1993年)によるrbcL遺伝子の塩基配列に基づ
いた被子植物の系統関係は,これまでの分類体系が示唆するものとは可成り興味深い結
果を与えています。これに拠りますと,被子植物は花粉の形態と関わる二つの大きな単
系統群に分かれるらしい。即ち単溝粒型の花粉を持つモクレン亜綱の一部と単子葉植物,
そして三溝粒型の花粉を持つ他の被子植物です。単溝粒型花粉は裸子植物にも見られた
め,これらを持つ群は側系統群だと考えられて来ただけに驚きです。単溝粒を持つ植物
は更にモクレンの仲間,クスノキの仲間,単子葉植物,そして最近被子植物の起源候補
として注目されています古草本類のコショウの仲間,スイレンの仲間の5群に分かれま
す。三溝粒を持つ群は,まずクロンキスト体系においてモクレン亜綱に分類されていま
したキンポウゲ類とマンサク亜綱の一部が分かれ,その後にクロンキスト体系のキク亜
綱とバラ亜綱を中心とした二つの大きな単系統群が存在します。クロンキスト体系のマ
ンサク亜綱,ビワモドキ亜綱は,どうやら系統を反映した群ではないらしいと云います。
 
 遺伝子の塩基配列に基づいた生物の系統関係の解析方法は,近年急速に発展していま
す。チェイス等が解析に用いた方法などについての批判もあり,未だ結果全体をそのま
ま信用する訳には行かないようです。しかし,思ったよりも早く,信頼出来る被子植物
の系統関係を知ることが出来そうな気配です。それに基づいた,より確かな分類体系を
手に出来るのも,そう遠くないかも知れません。

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