03 植物の世界「恐竜と共存して進化したミズナラ」
植物の世界「恐竜と共存して進化したミズナラ」
参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
ミズナラの果実(団栗ドングリ)の澱粉や脂肪は,発芽に必要な栄養分であると思われ
勝ちですが,果実のうちの大半を食害されても,胚軸ハイジクさえしっかりしていますと発
芽が正常に行われ,立派に生育出来ます。団栗は旨く種子散布されるように,散布者で
ある動物に食べられるために進化したものなのです。乾燥に弱く,直ぐに発芽力を失っ
てしまう性質も,動物によって素早く地中に埋められることに適応したものと考えられ
ます。
また,ミズナラの芽生えにとっての良好な環境は,母樹の傘下ではなく,土壌が露出
した撹乱地です。撹乱地がミズナラにとって生育しやすい環境である最大の理由は,外
生菌根菌ガイセイキンコンキンとの共生関係を結ぶことが出来るからです。ミズナラの芽生えは,
外生菌根菌と共生しなければ健全な発育が出来ず,枯死してしまいます。母樹から落下
した団栗は,一夜のうちにアカネズミやカケスなどによって撹乱地に運ばれ,地中に埋
められます。アカネズミなどによる団栗の埋め込みは,冬に向かっての食糧貯蔵のため
の懸命の作業ではありますが,ミズナラに飼われている動物の行動と云った感もありま
す。
凶年でもミズナラは,必ず団栗を着果させます。散布者の生存に壊滅的な打撃を与え
ずに団栗への依存を維持させ,散布者との相利的な共存を図っているのです。動物と共
存し自己の系統を維持するため,ミズナラの散布者を生かさず殺さずの着果戦略は興味
深い。こうしたミズナラのように戦略は,風散布する種には観られません。大豊作年に
は,地域の採食者の食料を賄って余りある量の団栗が生産されます。この大変な量の団
栗も,撹乱地においてはアカネズミなどが全て土の中に埋め込みを行います。この結果,
余剰の団栗は芽生えて,更新を確実なものにするのです。動物との相利的な共存関係な
くして,ミズナラの更新は不可能に近い。
〈大型動物の蹄耕を利用〉
ネズミなどの小動物が種子を地中に埋め込む条件作りは,かつては大型動物が担って
いました。イノシシやシカなど大型動物の採餌サイジによってササが取り除かれ,蹄耕テイ
コウされて土壌が露出しますと,ネズミなどによって団栗が埋められる条件と,芽生えが
外生菌根菌と共生出来る環境が作られます。
ミズナラなどブナ科植物は,動物に種子を食べられることを利用して更新を確実にす
る戦略を用い,系統維持を図って来ました。更新適地の造成に,蹄耕と云う大型動物の
習性を利用したとしても不思議ではありません。こうした動物との共存関係を結んだの
は,これらの種族の発生以来であったものと推定されます。コナラ属の植物は白亜紀末
(約6500万年前)にわが国において生育していたことが明らかとなりました。白亜紀は
恐竜の栄えた時代です。哺乳類は小型でネズミ程度の大きさでしたので,団栗の埋め込
み作業は哺乳類が担っていたのでしょう。そして芽生え・定着の条件作り,つまり蹄耕
は,大型動物である恐竜が果たしていたものと推定されます。
現在,湿潤気候下にある東アジアの森林を構成する主要樹種のブナ,ミズナラなどに
更新樹が見当たらないのは,北海道から台湾までの共通した現象です。その大きな理由
は,これらの樹木にとって不可欠な土壌を撹乱してくれる大型動物の減少にあります。
数千万年をかけて,大型動物を始めネズミ類や鳥と共存関係を築き上げてきた生活のス
タイルが,ヒトの出現によって狂ってしまったのです。ヒトの進化と人口の増大は,動
物の種と数を減少させ,多くの大型動物を地上から抹殺しました。こうした生態系の改
変は,一方において生育環境をも変えてしまっています。大型動物の欠落によって,主
要樹種の更新機構に破綻が生じたのです。
これまで森林帯の優占種は陰樹で,更新は安定した森林の下において円滑に行われる
と云った誤った認識がありました。ところが,ヒノキ,エゾマツ,ブナ,ミズナラなど
寿命の長い樹木は芽生えの定着には蹄耕,根返りなどの撹乱が必要です。現在において
は,極相の更新を維持するのには,大型動物に代わってヒトが撹乱を行い,樹木の更新
が可能な環境を整備しなければならないでしょう。
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