41 植物の世界「日本に生えている雑草メロン」
植物の世界「日本に生えている雑草メロン」
参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
日本国内にメロンが雑草として生えています。あの高価なメロンが,しかも原産地
とされるアフリカや西アジアから遠く離れた,雨の多いこの日本に生えているのです。
ザッソウメロン(雑草メロン)がそれで,メロンと云っても鶉ウズラから家鴨アヒルの卵大
の果実は,未熟なうちは猛烈に苦く,熟すと少しは香りも出し苦味も消えますが,甘く
はなりません。アジア,アフリカ,中央・南アメリカに広く分布し,その生育地は,水
捌けは良いが荒れ気味の畑やその周辺のゴミ溜めや道端で,山野には見られません。
わが国においては離島の段々畑に多く,雑草として敬遠され,「オノラバエ」「ヒト
ラバエ」「ノバエ」「クソウリ」「ニガウリ」などの方言名があります。その分布は75
島において確認され,熊本県天草諸島が南又は西限で,九州北辺,瀬戸内,伊勢湾,渥
美湾を経て熱海市沖の初島ハツシマが東限となります。日本海側においては対馬,壱岐,見
島ミシマ,隠岐,大根島ダイコンジマに分布します。気候においては寧ろ恵まれていると考えら
れる宮崎・鹿児島県や,南西諸島,伊豆諸島には全く分布しません。離島以外には,韓
国においては沿岸部にも可成り見られますが,わが国においては本州,四国のほんの数
カ所しか確認されていません。
わが国を含む17カ国から集められた280系統のザッソウメロンには,花の性表現型や果
実特性に際立った多様性が見られますが,果実の甘いもの,果肉が鮮肉色になるものは
見付かっていません。この2形質以外は,メロン類の栽培種が持つ特徴は全て観られ,
ピンポン玉大でありながら,一人前の美しいネットの出るものもあって,正に栽培メロ
ンのミニチュアです。その一方において,ザッソウメロン固有の特性もあります。果実
には小さいが種子がぎっしり詰まっていたり,発芽力を備えるまではその種子を動物に
食べられまいとするかのような,開花後20日過ぎまでの幼果胎座タイザ部に強烈な苦味が
あったり,更に種子休眠や栽培メロンにとって最も恐ろしい蔓枯ツルガレ病に対する強い耐
性は,今日まで子孫を残す原動力となったのでしょう。このように原始的な特性を備え
ながら,1個1万円もする温室メロンとでも,或いは果実の長さ1.6m,重さ4㎏にもな
る西アジアのヘビメロンとも自由に交雑出来,雑種後代の稔性ネンセイにも異常がありませ
ん。
〈栽培メロンの祖先か〉
ザッソウメロンは,栽培種からの一時的な逸出植物ではとの懸念もありましたが,過
保護とも思える温室礫耕レキコウ栽培によって自殖を20世代以上続けても,決して果実が大
きくなったり苦味が消えたりすることはなく,採集当時の特性を維持し続けます。アイ
ソザイム分析や苦味の遺伝的発現型の分析からは,わが国のザッソウメロンは東洋系メ
ロン(マクワやシロウリ)と同型で,それら栽培種の一祖先系と推定出来ます。ザッソ
ウメロンと想われる小粒の種子が,弥生時代前記・中期の遺跡から高頻度で多数出土す
る事実などから,わが国に自生するザッソウメロンはおそらく史前帰化植物なのでしょ
う。長崎県から福岡県に至る九州北部の離島のザッソウメロンの特性や呼称が取り分け
多様で,しかもこの地域の本島沿岸部に種子の出土遺跡が多く,最古の出土遺跡もある
ことから,メロン類のわが国への最初の渡来地はこの辺りで,やがて東方へ伝播して行
ったのではないかと考えられます。
わが国のザッソウメロンの形質の多様性は,次々と中国や朝鮮半島から渡来して来ま
したが,気温の関係で北へ進めず居着いた結果の産物でしょう。原産地から遠く離れた
地域程,その伝播の過程において形質の多様化が生じ,気候や地理的な隔離によって以
遠への伝播が不可能になって,遺伝子が恰も吹き溜まるように集積すると云う「遺伝子
の吹き溜まり説」を説くには格好の例かも知れません。ザッソウメロンは耐病性,結実
性など栽培種に採り入れたい有用形質を持つ以外に,選抜淘汰に人為が及んだ可能性が
少ないので,系統発生的研究の材料としてはこれ以上のものはありません。残念ながら
海外も含めて,ザッソウメロンは絶滅の道を歩んでいるのが現状であり,その探索,収
集,保存が急務と云えましょう。
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