04 植物の世界「世界一の植物たち」
 
           植物の世界「世界一の植物たち」
 
                      参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
 
 何事によらず,最大,最高の記録は興味深い。熱帯アジアの森林の暗がりの中に,赤
褐色の花を咲かせるラフレシアの名前を多くの人が知っているのも,この花が世界一大
きいからでしょう。
 大地に根を張って生きる植物は,周りの環境が生存に不利になったからと云って,簡
単に別な処に移り住む訳にはいきません。環境の変化に,自らを作り変えて行くしか生
存の道はなかった,と考えられます。
 この"作り変え"の歴史が,今日見る多様な植物の世界を生み出したとも云えます。全
ての植物は,共通の祖先から進化して来ました。姿形や生活様式が如何に多様になった
とは云え,それらは皆兄弟姉妹の関係にあり,多様性は植物の変わり得る幅を示してい
ます。数多い植物の記録から興味深いものを紹介し,その意義を追ってみましょう。
 
〈植物にとっての極限地〉
 地球上の極地方,最北や最南の地で何処までが植物が生存出来るのでしょうか。その
生存可能な範囲を示しますと,北半球においては高等植物が北緯83度にまで生育地を広
げています。それより北は北極海ですので,陸地の端まで植物が生えていることになり
ます。其処に分布する植物は,わが国においても見られるケシ属とヤナギ属の仲間です。
 パパウェル・ラディカトゥムと云うケシは,ヨーロッパ西北部に広く分布する多年草
で,黄色の花弁を持ちます。ホッキョクヤナギは,北アメリカ西部の高地から極地方に
分布します。ヤナギと云っても幹はなく,枝はわが国のヒダカミネヤナギやタカネイワ
ヤナギのように地表を這います。
 一方,南緯68度の南極レフージ島において見付かった,地球の最南端に生えるイネ科
のナンキョクススキは,わが国にも分布するコメススキ属の多年草で,この植物には寒
さから植物体を守るための特殊な仕掛けは,外見からは分かりません。
 このような植物がどのように寒さに耐えているかは,まだ具体的には研究されていま
せん。ただし,一般に植物が氷点下の気温に耐えるための方法は,
 @氷点下の低温を避ける,
 A過冷却などの特殊な仕掛けを生み出し,
 B凍結に耐える能力を獲得し,凍った状態で生き続ける,
の3通りがあります。
 ホッキョクヤナギのような地表を這うヤナギは,@のケースです。その多くは地中に
直径1p,長さ50〜100pにも達する地下茎があります。地表は可成りの氷点下でも,地
中の温度はそれ程下がりません。従って,条件に恵まれれば,翌年の葉や芽も地中にお
いて凍らずに生き残る可能性があるのです。
 氷点下になることが普通の南極地方や高山に生える植物においては,細胞の外や器官
の外に体内の水を放出して,自らを乾燥させることが知られています。中には,水分が
植物体重の10%以下になっても,生きることが出来る植物もあります。
 世界で最も標高の高い処に生えるのは,アブラナ科のエルマニア・ヒマライエンシスと
キンポウゲ科のラヌンクルス・コバトゥスです。共に小さな多年草で,ヒマラヤ山脈の垂
直の岸壁の割れ目などに生えます。
 世界一の大山脈ヒマラヤと雖も,普通は標高5000〜5500mで高等植物は姿を消します。
一年中雪に覆われていては生育出来ないからです。エルマニア・ヒマライエンシスなどが
見付かった標高6400mと云いますと,一年中雪が解けずに残る雪線(わが国においては見
ることはありません),つまり高山帯の上限よりも1000〜1500mも上方に当たります。そ
れにも拘わらず,この二つの植物が生育出来るのは,それらが生えている垂直な岸壁か
ら雪が剥がれ落ちるなどして,少なくとも夏の間は雪に覆われることがないため,と想
像されます。
 植物の生長には,温度と水が必須です。夏だけに限って見ますと,極地方と雖も植物
が生長し得る温度と水に恵まれていることになります。雪は冬の寒さを思い起こさせま
すが,実は雪に覆われることによって,植物は極端な寒さから保護されています。積雪
の下においては気温は著しく低下することなく,低温なりにも安定もしているのです。
 このような夏と冬のある極地方に比べ,一年中殆ど降水のない砂漠のような乾燥地は,
植物にとって一層過酷な環境です。サボテンのような特殊な形の植物が乾燥地に多いの
は,普通の植物が暮らしてはいけない程の厳しい環境条件と無関係ではないのです。其
処においては昼間,気孔を閉じたままで光合成の一部を行うことが出来る程,特殊化し
た植物さえ見られます。
 一年を通して殆ど降水のない乾燥地の植物にとっては,毎日が正に乾燥との闘いです。
乾燥地こそは,最北端・最南端,それに標高が最も高い地点よりも更に過酷な,地球上
において最も厳しい環境と云えるのではないでしょうか。
 
〈最大・最小の花〉
 植物に関わる記録に中には,何処まで大きく成れるか,何処まで小さく成れるかと云
った,植物が持つ大きさの可能性の限界が示されています。
 世界最大の花がラフレシア科のラフレシアであることは,多くの人が知っています。
ラフレシアは,東南アジアの熱帯多雨林に生える寄生植物で,葉緑素はなく,葉は退化
して鱗片リンペン状になっています。花は腐った肉の臭いを放つ上に色まで似ており,腐肉
と間違えて集まるニクバエによって受粉されます。約10種が知られますが,その一種ラ
フレシア・アルノルディイの花は,直径90p,重さは7sにも達します。
 一方,最小の花はオーストラリアに見られるミジンコウキクサ属の一種ウォルフィア・
アングスタで,花の直径は0.6o,重さは0.00015gしかありません。ラフレシアの花は,
大きさではウォルフィア・アングスタの1500倍,重さでは4700万倍もあります。わが国の
ミジンコウキクサの花も小さく,重さもウォルフィア・アングスタに近い。従って,わが
国の植物の中において最も小さい花を持つものは,ミジンコウキクサです。
 わが国における最も大きい花は,直径が30pを超えるハスではないかと筆者は思いま
す。尤もハスもミジンコウキクサも,元々わが国に自生していた植物ではありません。
 ラフレシアとウォルフィア・アングスタは,一つの花としては最大・最小ですが,花序
カジョとして最大なのは,ボリビアに産するパイナップル科のプヤ・ライモンディイと云わ
れています。今まで観察されたものでは,花序の直径が2.4m,高さは10.7mに達し,開花
までに約150年もかかったとされ,最も遅い開花の記録も保持しています。
 
〈最大・最小の種子〉
 花はやがて果実となり,種子を作ります。世界最大の果実と種子は,インド洋上のセ
ーシェル諸島に特産するヤシ科のオオミヤシで,果実の重さは18sもあり,成熟するの
に10年もかかると云います。
 最小の種子は熱帯地方に多い着生ランの種子です。果実の重さ1g当たりで約10億個も
あります。この着生ランの種子は,一旦風によって舞い上がりますと,無限に空中に漂
うことの出来る重量しか持っていません。
 手足の無い着生植物が種子を樹上に運ぶためには,ヤドリギのように鳥などの動物に
運搬を委ねるか,塵チリのように微小化して空中に浮かび,偶然を待って木に辿り付くし
かありません。微小な種子を大量に作る着生ランは,後者の道を選択したのです。
 オオミヤシの果実は海流によって運ばれ,海岸に打ち上げられ,其処のおいて発芽を
開始します。芽生えから活着するまでの養分として,10s以上もの有機物が活用される
ことは云うまでもありません。
 植物の生長は,見た目には緩慢そのものですが,一体どの位の速さで生長するのでし
ょうか。シシリー島において観察されたユリ科のユッカの一種ユッカ・ウィップレイは,
1978年に2週間で3.65mの生長が記録されています。1日当たり約26pも伸びた計算にな
ります。
 タケの仲間は成長が速いことで有名ですが,45属のタケの仲間を調べたところ,36属
において1日に91p,3ケ月で30mになったと云います。オオミヤシの遅い成長と比べ
て,その速さに驚かされますが,これも植物の持つ幅の広さでしょう。
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