09c 植物を支配する
〈貴重な野生植物〉
植物に関する研究の領域は無尽蔵と言ってもよい程で,その可能性は限りなきものの
ように見えます。現存する無数の植物のうち,人間が利用しているのはたった数千種だ
けです。一度ある植物の経済価値が確立されると,植物学者はそれを育成し,選択し,
改良する研究に取り掛かります。最も近縁の野生種が収集され,コムギのサビ病に対す
る抵抗性や,トマトやエンドウの温度耐性のような,他の植物が持っている望ましい特
徴を栽培植物に導入するために交雑されます。
このことは,野生植物が有用な栽培種の改良に,常に役立っているという極めて重要
な事実を示しています。もしも,人類の必要とする用地を造成するために自然の植物が
破壊されるとしたら,我々は将来の作物改良のための貴重な貯蔵庫を失うことになりま
す。自然が数百万年の進化の過程で作り出した,殆ど無限と言える変異性と精巧さを,
人間は恐らく生み出すことはできません。この理由一つを採ってみても,自然の富の貯
蔵庫として,広大な土地を原始のままの状態に注意深く保存すべきです。一度破壊して
しまえば,二度とそれらを生み出すことができないだけでなく,どの植物が次の数千年
間に経済的に重要になるかは誰も明白に予言することもできません。もし化石の燃料で
ある石炭と石油を消費してしまったら,例え原子エネルギーが利用できるとしても,今
よりもっと太陽エネルギーと植物に依存しなければならなくなるでしょう。
原始のままに自然を保存することは,特に原始的な国では難しいことです。そのよう
な処では,原住民の増加が未だに森林や原野の天然資源に大きく依存しているからです。
そこでは膨大な量の高い潜在的価値を持つ野生の植物相が破壊されています。例えばボ
ルネオでは,低地の松林の殆どが原始的なゴムの栽培のために根こそぎにされています。
また,様々な種類のランは,婦人が胸や肩に付ける花束としてよりも,他に貴重な用途
があるが,その華麗な花の故に世界のあらゆる処で多数が採取されています。南アメリ
カのカトレア,インドネシアやマラヤのファレノプシスの多くの種も非常に稀になり,
間もなく自然の状態では何処にも存在しなくなってしまうでしょう。
ここで1000種にも上る食糧,繊維,飲料,薬剤,油,樹脂,タンニン,コルク,材木,
ゴムなど,商業目的と多数の特別な用途のため栽培されている植物について述べること
は不可能ですが,人間にとって最も重要な植物の中に,動物の飼料となるものがありま
す。干し草やウマゴヤシ,クローバーなどの牧草は,家畜を飼うために牧場に育てられ,
トウモロコシやカラスムギも,飼料として利用されます。だがウシやブタやニワトリの
食べる植物生産物のエネルギーは,肉として平均10%程度にしかなりません。肉の豊富
な国の人々にとっては気になりませんが,飢饉線上に生きている多くの未開発国の人々
にとっては,死活に関する問題です。彼等はそんなに多くのエネルギーは浪費できませ
ん。肉は彼等にとってみれば,甚だ不経済な贅沢品なのです。
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