03d 植物細胞のすべて
 
〈導管と篩管シカン〉
 植物体にはいろいろな種類の細胞の間に,仕事の厳密な分業があります。葉緑体で満
たされた細胞は,光合成という生命現象の一過程を行う仕事に携わっています。光合成
とはエネルギーを植物に必要な化学的エネルギーに変化させる作用で,専ら葉の中で行
われます。既に述べましたように,他の細胞は根や茎でもいろいろな機能を果たしてい
ます。中でも導管と篩管を構成する細胞は最も興味深い。導管は根から吸収した水を植
物の組織全体に運ぶものです。篩管は光合成でてきた糖を葉から下へ運ぶ役目を果たす
ものです。
 材の中にある導管を初めて見た初期の顕微鏡使用者は,それらが人間の気管に似てい
ると考えました。人間の気管は,その壁を強める軟骨の輪によって補強されています。
植物の材における導管も,一見人間の気管と同じような方法で補強されています。それ
で,この導管もヒトの気管と同様に空気を供給するもののと,間違った想像をして,こ
れを"気管tracheae"と名付けてしまったのです。ところが実際は,導管は空気を運ぶの
ではなく,水とその中に溶けている植物に必要な養分を運ぶ役割をするものです。この
ように導管は水道管のような役割を果たしていますが,それについては後述します。此
処では,これらの管が植物細胞からどのように作られるのかを考えてみましょう。
 導管は多くの細胞の寄り集まってできたもので,長さは平均30㎝です。中には90㎝以
上にも達する長いものもあります。直径は平均1/10㎝です。従って導管を構成する各
細胞は,普通の細胞の1000倍もの長さがあります。導管は細胞の形があまりにも異なっ
ているため,植物の全ての構成要素は細胞か,又は細胞の変化したものであるという細
胞説に当てはまらない例外だと,長い間考えられていました。
 しかし,導管の発生の初期段階を観察しますと,矢張り細胞の一つ一つの積み重ねと
して出発していることが分かります。最初から管そのものとして出発しているのではあ
りません。この場合,全ての細胞は何れも同じ直径です。導管が成熟するにつれて,積
み重なった間の細胞膜が溶けて,遂に1本の長い管になってしまいます。最後には,細
胞の中の細胞質や核やその他の生命ある内容物が流出し,水だけが管の中を通るように
なります。
 このように長い管を作るには,非常に多くの細胞が必要です。茎を構成している細胞
1個の長さは平均1㎜以下です。従って約90㎝の長さの導管を作るには約1000個程の細
胞が一つに繋ぎ合わされなければなりません。植物は,小さな草花から高く聳え立つ木
まで,細胞が束状に積み重ねられた導管を,どれだけ高くても頂上まで繋ぐ必要があり
ます。
 茎や枝の中で,それぞれの導管がどれだけの長さかを知るのは簡単です。ある長さの
茎をゴム管で蛇口に連結して水を出し,水がポタポタ落ちてくるかどうかを見ます。も
し水の滴りが無ければ,水が出てくるまで茎を摘めていきます。水がその切り口から滲
み出し始めたら,そのときの茎の長さが導管の最大の長さにほぼ一致します。熱帯産ツ
タのように這い上がる蔓草では,導管の長さは数mにも及びます。低木とか草本のように
1m以下の植物では30㎝以下です。
 細長い導管の1本1本について言えば,それらを何段にも仕切っていた細胞膜は溶け
ているので,水がどのように流通するかを見るのは簡単です。しかし高い木では1本の
導管の長さはほぼその木と同じ長さがあり,その1本の導管から別の導管へ何らかの方
法で水が移動しなければ,木全体に水分がまんべんなく行き渡りません。各導管の厚さ
は上から下まで全て同じ厚さではなく,ところどころに小さな穴のように見える一連の
打ち抜きに似た部分があります。それらの小さな穴のような処には薄い膜が張り巡らさ
れており,厚い細胞膜の各部分の間を水が透過できるようになっています。したがって,
何本となく一緒に束ねられた導管は,それぞれ十分な数の打ち抜きを持ち,それらの側
面を通してお互いに水を交換し合って,機能を果たしています。
 植物の中で,長い距離を運ばなければならない物質は水だけではありません。糖は水
とは反対の方向,つまり光合成によって生産されて葉から下の方へと運ばなければなり
ません。水を運ぶ導管は,同時に糖を運ぶことはできません。その理由は,一つは導管
には2面交通を調節する機能が備わっていないこと,もう一つは,導管には生きた細胞
の中に含まれる原形質がないため,糖を維持することができず漏らしてしまう,という
ことです。
 こうした理由があるために,植物は茎とか根とか花,また果実など,糖を必要とする
部分の細胞に,葉から糖を運ぶための専用のパイプが必要です。この葉でできた糖分を
下の方へ運ぶ仕事をするのが篩管なのです。篩管は樹皮の中にある生きた細胞で構成さ
れます。糖は一つの篩管から他の篩管へ,篩板を構成する小さな穴で貫かれた細胞膜を
通って流動します。この篩板はまた糖の流れを調節する弁としても働きます。もし流れ
過ぎますと,その穴は自動的に塞がれるのです。それ故,植物は,その樹皮が削られた
り傷つけられたりしても,汁を出し尽くして枯死するようなことはありません。
 アリマキという虫は,木に刻み目を付けて糖を採るという独特なやり方をします。こ
のアリマキは,植物体や木の糖を食べて生きている昆虫です。この昆虫は,その口で篩
管に次々と穴を空けて汁液を吸い取ることができます。恰も噴出油井を開発するのに似
たやり方です。アリマキが吸いきれずに溢れた糖は,樹皮の外に溢れ出ます。そのため
に,アリマキの付いた木の下は,漏れた液でねばねばしています。

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