03a 植物細胞のすべて
 
〈細胞分裂〉
 植物の生長は,まず胚や発育中の植物の先端に見られます。この際,例外なく細胞分
裂によって生長します。細胞はその中央部に膜を生じて分裂するのですが,細胞分裂の
全過程はもっと複雑なものです。
 まず第一に,細胞の内容物が平等に分かれ,分裂した後,その各半分が,それだけで
完全な細胞になれるような準備が必要です。細胞を満たす原形質や,原形質の中にある
小さな物質についてはまず問題はありません。これらは,細胞分裂が正常に行われる限
り,確実にその約半分が新しい細胞に流入して行くからです。問題は核です。何故なら,
親の細胞には核は一つしかありません。しかも核は将来の工場建設に必要な全ての遺伝
的情報を含んでおり,新しい細胞にも完全な形で一つは存在しなければなりません。も
し,以上の形で細胞分裂が行われないなら,新しい細胞に対する生長の指令は不完全と
なり,それらの新しい細胞は正常な発育ができないでしょう。核という遺伝物質が複製
され,分離する仕組みは,種の生存を続けるために極めて重要なものと言えるのです。
核の複製と分離の仕組みは非常に複雑で精巧ですが,細胞分裂そのものはいとも簡単に
行われます。このことは,植物の発育が終わって,変わりものが殆ど発見されないのを
みてもよく分かります。
 細胞分裂とは細胞と核が分裂する過程を言います。細胞分裂に際して,細胞の全ての
構成員が平等に2分されるには,核の中でどういったことが起こるのでしょうか。それ
は染色法によって見事に発見されました。この方法は,核の中にある核酸を特殊な染色
液で染め,顕微鏡で観察しやすいようにするのです。例えば高等植物の花粉母細胞で起
こる減数分裂の際の染色体を観察するには,普通アセトカーミンで染色します。また,
根端細胞での体細胞分裂時の染色体を観察するにはフォイルゲン反応によって赤紫色に
染色します。
 こうした染色法による観察から次のようなことが分かりました。核の中には核酸が全
体に亘ってばらまかれており,それらは細胞分裂が始まる直前に集結して長い糸状のも
のになります。これらの糸は染色体と呼ばれ,多くの遺伝子がその上に載っています。
いわば染色体は遺伝物質の鎖のようなものです。染色体の上に載っている遺伝子とは,
花の色とか,葉の形とか,茎に毛の生えることとか,種子の数などといった特定の形質
を決定する基本的な遺伝単位です。それら遺伝子は各々が染色体の上に決まった位置に
載っており,各々の遺伝子は染色体上に一つしかありません。そこで,細胞分裂という
ことを本質的に定義すれば,次のように纏められます。
 細胞分裂とは,核の中にある核酸が糸状に結合して染色体となり,(1)遺伝子を持った
染色体が複製され,(2)複製された各遺伝子が縦裂して分離し,二つの核を作り,それぞ
れの核が新しくできた細胞膜によって二つの細胞に分けられる過程を言います。
 この過程を具体的に説明しましょう。染色体はそれぞれ真ん中を境に縦裂し,一卵双
生児のような全く同じ2本の染色体に分かれます。これら2組の染色体は,互いに同一
細胞内の反対の極に集結し,細胞膜がそれら2組の染色体グループを分けるように生じ
てきます。その細胞膜を境にして二つの完全な細胞に分裂するのです。そして分かれた
染色体のグループは,新しい細胞内で再び核となります。それからの染色体は消失して
核酸に変わります。勿論これらの核酸は次の細胞分裂時には再び集まって染色体の形を
執る準備をしています。こうしてその時期がくると,前述した細胞分裂の全過程を繰り
返して,新しい細胞に増殖して行くのです。
 
〈細胞が秘めた青写真〉
 ただ1個の細胞でも,その中に完全な植物体としての青写真を備えています。この不
思議な事実の最もよい手がかりとなるのが,ただ一つの受精卵です。受精卵は幾度も分
裂を繰り返して,1個の未分化の細胞から次第に分化して胚になり,更に完全な植物体
へと発達して行きます。被子植物の卵細胞は子房の中にありますが,それを子房の外で
発育させることに成功した者は,未だ誰もいません。卵細胞の発育過程は子房内におい
てつぶさに観察できますが,これは一体,何によるのでしょうか。明らかにそれは,卵
細胞自体の中にある青写真の指令に従っています。それ故単細胞であるカシの受精卵は
最後には完全なカシの木となり,ヒマワリの受精卵は完全なヒマワリの花となり,また
人間の受精卵は完全な一人の人間となります。従って,決してカシの受精卵はカシ以外
のものにはなりませんし,ヒマワリの受精卵が人間になることはないのです。
 他の細胞もまた完全な青写真の1組を持っています。それにもまた,はっきりした証
拠があります。例えば,シュウカイドウという植物から葉を1枚切り取って,温室の湿
っぽい砂の上に置きますと,その葉が切られたところで数個の細胞が分裂を始めます。
この細胞分裂が幾度も繰り返され,やがてその部分に疣イボ状のカルスと呼ぶ組織が生ま
れます。そうして最後には完全な新しいシュウカイドウ植物になります。こうした現象
は,シュウカイドウでは極めて簡単に生じます。また,他の大半の植物はこれに似た驚
くような再生能力を備えています。それは葉や葉柄にみられるだけでなく,茎や根の1
片にも逞しい再生現象を起こす力が秘められています。
 これまで述べてきた分裂している細胞の内部活動の有様は,全て光学顕微鏡で観察さ
れたものです。しかし,光学顕微鏡では1/50000p以下の小さなものは詳しく観察する
ことができません。1/50000pという長さは,可視光線の波長の長さで,それ以下は見
えないからです。光学顕微鏡では小さな分裂中の植物細胞について,その細部を観察す
るのは不可能なのです。
 このような細胞を観察するには,電子顕微鏡のように可視光線よりずっと短い波長の
放射線を用いるものに頼らなければなりません。標準の電子顕微鏡では,その明るい電
子の波長は可視光線の1/100といった短いものです。このように,光学顕微鏡で観察で
きないものは電子顕微鏡に頼る訳です。電子顕微鏡は一般に,光学顕微鏡ではっきり分
からない程細微な部分を観察するのに用いられます。しかし,電子顕微鏡には大きな欠
点が一つあります。真空状態でないと電子顕微鏡は使用できないということです。何故
なら,電子線は真空中でないと進むことができないからです。ところが真空状態では細
胞は生きていられないため,電子顕微鏡で生きた細胞を観察するのは今のところ不可能
です。その方法は未だ発見されていません。
 電子顕微鏡によって解明されたものの一つに,細胞内の原形質の構造があります。原
形質は光学顕微鏡で覗けばただの透明な粘性のある液体で,核や色素体やミトコンドリ
アなどの物体を含んだものとしか見えません。ところが電子顕微鏡で更に拡大して見る
と,全く異なった状態に見えます。こうして,初めて分かったことは,原形質が小さな
粒子で満たされていたり,管状のものが入り乱れたいていたりしていることです。原形
質は想像もつかないような複雑な構造を持っていたのです。
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