05b 植物生理学4〈植物生理学とは〉
△屈性
植物の器官が外部の刺激に対して反応し,刺激の方向に,あるいは反対方向に屈曲す
る運動を屈性といいます。刺激の方向への屈性を"正",刺激から遠ざかる屈性を"負"と
呼びます。屈性反応は器官の刺激に面する側と,その反対側の生長の差によっておこり
ます。屈性反応を引き起こす刺激は光,重力,物理的接触,電気,磁気,水などですが,
このうち光屈性,重力屈性,及び接触屈性がよく研究されています。植物の器官におけ
るこれらの屈性反応は,(1)刺激の感受,(2)刺激の増幅と伝達,(3)生長反応,という
3段階の反応から成り立っています。
①光屈性
屈性は,植物の器官に刺激を与えることによってオーキシンの分布が変化するために
おこることが明らかになりました。屈性が器官の両側におけるオーキシンの不等分布に
よる説をコロドニー・ヴェント説といいます。
光屈性は幼葉鞘や茎では常にみられますが,根は一般に光屈性を示しません。黄化オ
ートムギ幼葉鞘に一方向から比較的弱い光を当てますと,20~30分後に幼葉鞘の先端部
に近い部分が光に向かって屈曲しはじめます。この屈曲を1次正屈曲(頂部屈曲)とい
います。1次正屈曲のあと,中間の光量ですとやや負の屈曲,光量が大きいと再び正の
屈曲を示します。あとの正屈曲は幼葉鞘全体の屈曲がおこりますので,2次正屈曲(基
部屈曲)と呼びます。
②重力屈性
植物体を横たえますと,地上部は上方に,根は下方に屈曲して生長します。屈曲する
部分は先端に近いところから,基部の方に移動しながら器官全体の屈曲が大きくなりま
す。一定の強さの刺激(重力の場合は一定)を与えたとき,反応が現れるのに必要な最
小刺激時間を刺激閾時といいます。また,刺激を与えてから反応が現れるまでの時間を
反応時といいます。刺激時間に重力加速度を掛け合わせたものを屈地反応の閾値といい
ますが,この値は一定です。ただし,このときの加速度は植物器官に直角な重力加速度
成分です。このことから重力刺激の閾値に関するこの法則を正弦法則といいます。
③接触屈性,その他の屈性
一般に植物器官は物理的に接触に敏感で,しばしばその刺激の方向に屈曲します。こ
の屈性を接触屈性といいます。巻きひげや蔓の屈曲はその例です。エンドウの巻きひげ
は接触刺激によって内側(腹側)が収縮し,外側(背側)が伸長します。刺激に対する
巻きひげの最も敏感な部分は,先端から少し基部に近いところですが,1回の接触刺激
に対する屈曲反応は刺激を与えてから30分後に最大となり,1時間後にはもとに回復し
ます。支柱をエンドウに添えて立て,これに巻きひげが巻き付く場合,刺激がほぼ連続
して与えられますので,巻きひげのコイリングが続きます。巻きひげのこのような屈曲
反応は,接触刺激によって原形質膜に結合したATPアーゼが活性化し,このため原形
質膜を介してイオンの移動,そして水の移動がおこり,細胞の吸水や生長が変化すると
考えられています。しかし,巻きひげの屈性にオーキシンが関与しているかどうかは分
かっていません。
植物の茎や根,すなわち軸が伸長するとき,軸は一直線に伸長するのではなく,常に
重力の方向を感知しながら,自らの姿勢を制御しながら伸長します。根は地中をいろい
ろな物理的障害物を除き,あるいは避けながら伸びます。地上部の場合,先端の動きを
上から見ますと,軸を中心として複雑な運動をしています。この運動を回旋運動と呼び
ます。光などの刺激を一方向から与えますと,植物の先端は次第に軸を中心にした複雑
な運動をしなくなり,一方向への運動を始め,その方向が固定します。この転頭運動は
一定時間の周期の内在リズムをもって行われます。
△傾性とリズム
①傾性
屈曲や運動の方向が一定で,刺激を与えた方向に無関係な運動を傾性と呼びます。刺
激が物理的刺激の場合を接触傾性,光の場合を光傾性と呼びます。このほか熱傾性,震
動傾性,化学傾性などがあります。
傾性反応を引き起こす運動には,生長運動と膨圧運動があります。エンドウの巻きひ
げは生長運動と膨圧運動の両者を含む一種の傾性ともいえます。食虫植物の場合は,接
触刺激によるはじめの速い運動は膨圧運動で,それに続くもとの位置への回復は生長運
動によっていることが多いです。
花が昼開き,夜閉じる開花運動や,葉が昼夜で開閉する就眠運動は一種の光傾性と考
えられます。
②内生リズム
周期的に活性の大きさが変動する生理現象は,動物のみならず植物においても多く知
られています。これらのリズムには外部環境の周期的変動のためにおこるもの,つまり,
光傾性や熱傾性のほか,一定の外部環境のもとで維持される内在的なものがあります。
後者のうち,大体24時間周期のものを1日リズムと呼び,植物の日周変化への適応によ
って固定した生理的リズムと考えられます。生物界にはこのほか,同じように外部環境
の周期的変動に適応したために生じた内生リズムとして,潮の干満周期(12.8時間)と
一致する潮周性リズム,15日周期の半月周性リズム,28日周期の月周性リズム,1年周
期の年周性リズムなどが知られています。そして,これらのリズムの周期を決めている
計時機構を生理学的時計又は生物時計と呼びます。
植物内生リズムの代表的なものに葉の就眠運動があります。この内生リズムは,(1)
外部環境を一定にした条件下でもリズムが見られる,(2)一定条件下で1回の明暗ある
いは熱冷処理(つまり非周期的処理)でリズムを開始できる,(3)リズムを任意の時間
に再出発させたり,位相を逆転させたりできる,(4)嫌気条件でリズムは禁止するが,
好気条件に戻すとリズムが継続しておこる,(5)周期のQ10は1に近いです。
△光形態形成
①フィトクロームによる制御
植物の生長,分化は著しく環境要因の影響を受けます。特に光は顕著,かつ広い効果
をもち,このため光による生長,分化すなわち形態形成の変化を別に扱い,光形態形成
と呼びます。光形態形成を引き起こす光のエネルギーは極めて小さく,光合成に利用さ
れるエネルギーの大きさと比べて対照的です。植物の形態形成を支配する低エネルギー
の光のうち,特に赤色光と近赤外光が植物に対して著しい影響をもち,これらの波長の
光はフィクトロームと呼ばれる青色の色素によって吸収され,植物の形態形成に作用を
及ぼすことが知られています。
②フィトクロームの作用機作
フィトクローム,特にPfr型がどのような機構で植物の生長反応に対して制御的な働
きをしているかは,まだ明らかではありません。黄化イネ幼葉鞘の先端部を赤色光照射
しますと,その伸長生長は著しく抑えられます。同様な伸長生長の阻害は先端部3㎜を
切除してもおこります。赤色光照射の直後に近赤外光を当てますと,幼葉鞘の赤色光に
よる伸長生長の阻害は現れません。また,赤色光と近赤外光の作用は繰り返しみられ,
最後に当てた光の効果が現れますので,イネ幼葉鞘の伸長生長はフィトクローム制御を
受けているということになります。
参考「植物生理学(増田芳雄氏著)」培風館発行 THE END
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