25 すみたてまつらむ〈木炭とは〉
すみたてまつらむ〈木炭とは〉
古イニシエの象徴,日本の文化遺産であります
「炭」について調べてみました。
炭は森の贈り物でありますが,文献に登場
した炭が,当時どのように扱われたでしょう
か。 SYSOP
〈炭の性質〉
木材は,主成分の炭水化物(約70%)とリグニン(30%弱)及び少量の油脂・樹脂・
色素・タンニン・灰分などからなっています。炭水化物とリグニンに含まれる炭素(前
者は45%,後者は56%ほど)は,熱分解のときに,炭水化物・酸・アルコール・ケトン
などの化合物と分離して残ります。木材が炭化するときにできる生産物は,炭・木精・
醋酸サクサンのほかに,炭酸ガス,一酸化炭素・メタン・エチレン・アセチレンなどの気体,
アセトン・蟻酸・ブロビオン酸・カプロン酸・エステル類・アルデヒド類・炭化水素類
・フェノールなどの気体です。
木材の炭化は150度(摂氏,窯内熱度。以下同じ)で始まり,275度で発熱反応を起こ
して分解します。しかしこの程度ではただ有機物の燃えかすという程度で,炭素が少な
く,炭としては劣等品です。したがって高熱になるほど純炭素に近くなりますので,硬
い良質の炭を得るには,原木を低温で炭化してから,終わりに高温で加熱精錬を行うの
です。また乾燥した木材を急に高温で加熱して炭化しますと,ガス体が多く発生し,液
体生産物が少なくて,炭の質が疎になります。木材乾留法では,300度くらいで炭化し,
終わりに4〜500度で熱します。わが国の黒炭は400度くらいで炭化,終わりに700度く
らいで精錬し,白炭は300度で炭化して終わりに900〜1100度で精錬を行うのです。
炭の主成分は無定形の炭素であって,275度の発熱反応で炭化したものは81%なのに,
良質で知られている備長炭ビンチョウタンは96%にも達し,炭素の純度が高いです。熱量は,
黒炭の平均が7158カロリー,白炭の平均が7235カロリーといわれます。吸湿性は空中で
約10%であり,水の飽和は40〜400%に達します。またガス吸着性を持ち,毒ガスマス
クなどに応用されます。活性木炭はガス吸着や脱色のほかに,消化器管内のガス及びコ
ロイドを吸着するなどの薬用にもなります。
炭の比重は平均1.4〜1.9(精錬温度が高いと大です),硬度は岩石硬度の1以下から
4以上まで各種あり,ウバメガシの備長炭は最も硬くて,鋸用鋼鉄以上です。軟質の炭
は170度くらいで発火しますが,500度に及ぶ硬質のものもあの,発熱温度は500〜800度
です(最高は1000度くらいです)。堅炭は低温でゆっくり燃焼し,軟炭は高温で急に燃
焼します。
〈炭の製法〉
炭の製法には,硬質製炭法と軟質製炭法とがあります。
・無蓋製炭法:露天で,粗朶ソダを積んで火をつけ,上に積み重ねながら一部の焼け
る熱で炭化させ,水か土をかけます。軟質の消炭ができ,原木の10%ほどの製品が生ま
れます。
・坑内製炭法:地中に穴を掘って材料を詰めて焼く方法で,ヨーロッパでは古くから
ありました。
・堆積製炭法:地上に木材を円錐状に立て,上を粗朶や土で覆って焼く方法です。わ
が国では伏焼フセヤキと呼んで,この木材を横積みにします。原材の18〜20%の製品ができ
ます。
・築窯製炭法:炭窯で焼く方法で,わが国では最も普通に行われ,アメリカ・中国・
朝鮮・フィリピンにもみられます。わが国の場合はこの技術が2種類あり,世界で独特
のものです。
・・窯内消火法:土で窯を築いて材料を詰め,火をつけて炭化させ,赤熱のまま密閉
して消火する方法で,黒炭,土窯炭と呼ぶ炭ができます。製品は原木の17〜20%です。
・・窯外消火法:土と石で窯を築き,炭化後に高温で精錬して白熱したものを掻き出
し,消粉(土に炭粉・灰を混ぜたもの)を被せて消火する方法です。炭は灰色をなし,
白炭と呼びます。また石窯炭ともいいます。同じ種類の原材を用いた場合,一般に白炭
の方が黒炭より硬質なので,白炭を堅炭,黒炭を軟炭ともいいます。
炭の原木は製品の性質を左右しますので,その用途によって選ばれます。家庭の暖房,
炊事用には広葉樹を使って黒炭と白炭が作られ,冶金用にはマツ・モミ・ツガなどを窯
内消火法で黒炭に作ります。古代には伏焼の方法が多かったらしく,各地の鍛冶屋敷の
近くにその跡が発見されます。黒炭ではクヌギが最も適し,次にナラ・カシで,その他
は雑木に属します。白炭の中で世界最高といわれる備長炭は,ウバメガシを使っていま
す。アカガシ・シラガシ・アラカシ・ウラジロカシなどからも,良質の堅炭ができます。
〈いにしえのすみ/炭出典文献あれこれ〉
△すみ初見:神武天皇伝説(古事記・日本書紀など/古代)
戌午年(天皇即位前三年),大阪湾から生駒山を越えて大和に入ろうとして失敗され
た天皇は,熊野にまわり,熊野川をさかのぼって,吉野から宇陀の山の中に出て,大
和平野の東南から平野部へ入ろうとされた。その九月五日,宇陀の高倉山に天皇は登
ってて周囲の敵状をみられたときに,国見山に八十梟師ヤソタケル、女坂に女子軍,男坂
に男子軍が陣地をかまえ,大和平野への通路である墨坂スミサカには,炭を赤々と熾オコし
て通れないようにしていることがわかった云々
△大原炭:後拾遺和歌集(古代)
人の炭たてまつらむいかがといひたりければよめる よみひとしらず
心ざし大原山のすみならばおもひをそへてみこすばかりぞ
△小野炭:相模(同前)
永承四年内裏の歌合に初雪を詠める
都にも初雪ふれば小野山のまきの炭がまたきまさるらむ
△淡路の炭:散木歌歌集 四冬
さへてたへがたかりける朝に伯のもとにあはぢのすみ尋ねましければをくるとて
すみがまのけふりたえたる時にしもやくとこふこそわりなかりけれ
かへし
すみがまのくちあけつればいはずともひをへてもまたおこす計ぞ
△暖:枕草子(古代)
冬はつとめて。雪の降りたるはいふべにあらず。霜などのいと白く。又さらでもいと
寒きに,火など急ぎ起こして,炭もて渡るも,いとつきづきし。昼になりて,ぬるく
ゆるびもてゆけば,炭櫃,火桶の火も,白く灰がちになりぬるはわろし。
△火桶:躬恒集(同)
ひをけの銘
夢にだにねばこそみえめ埋火のおきいてのみぞ明しはてぬる
△炭焼(製炭夫):大乗院寺社雑事記 七十一番歌合(中世)
秋までは煙もたてぬ炭やまの心とすます月を見る哉
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