32b 身近な植物群落〈植物群落のいろいろ〉
 
〈高山帯ツンドラ〉
 森林限界以上の地域では,地衣類,コケ類,草本類,低木類の優占する植物群落が植
生帯を構成します。代表的なものはハイマツ低木林,ガンコウラン・ミネズオウ矮低木
群落,風衝草原,高山荒原植物群落です。
 △ハイマツ低木林
 高さ数十pからときには3mに近いハイマツの低木林で,下層にはコケモモが普遍的
に生育します。そのほかキバナシャクナゲ,タカネナナカマド,ミツバオウレン,ガン
コウラン,オオバスノキ,タケシマラン,ゴゼンタチバナなどが広くみられます。これ
らは亜高山帯針葉樹林と共通する種も多く,その点で両者は類縁性の高いものです。
 △ガンコウラン・ミネズオウ矮低木群落と風衝草原
 高山帯の風当たりの強い立地には,ハイマツ群落は成立せず,高さ数pの矮低木を主
とする植物群落がみられます。主なものはミネズオウ,ウラシマツツジ,コメバツガザ
クラ,ガンコウラン,コケモモなど常緑性の矮低木,及び落葉矮低木のクロマメノキで,
ほかにコメススキ,シラネニンジン,マイヅルソウ,ヒメスギ,ミヤマキンバイなどの
多年生草本が加わります。
 風衝がさらに強い立地ではミネズオウ,コメバツガザクラなどが欠け,代わってミヤ
マウスユキソウ,オヤマノエンドウなどの草本植物が優勢な群落として成立します。
 乾性のお花畑といわれるのはこれらの群落を指していて,各種のウスユキソウ類を初
めミヤマシオガマ,ヨツバシオガマ,ミヤマキンバイ,チシマギキョウ,ハクサンイチ
ゲ,ミヤマオダマキのほか,美しい花を咲かせる高山植物が多いです。
 △高山荒原植物群落
 高山の砂礫地に成立する群落を指します。構成種は少なく,植被率も極めて小さいで
す。コマクサとタカネスミレは比較的広い範囲にみられますが,日本の高山荒原を通し
て広く認められるような種はありません。代表的なものはオヤマソバ,ウルップソウ,
イワブクロ,ウスユキトウヒレン,チョウカイフスマなどである。
 
〈植生帯にまたがる植物群落〉
 植物群落の成立が土地的(土壌的)要因で決定されるのか,あるいは気候的要因で決
定されるされるかは相対的なものです。そのうち土地的条件が群落の成立にとって制限
的でないならば,そこに成立する群落は気候の特性によることになり,気候帯とともに
広域的な広がりをもちます。
 
〈マングローブと塩生沼沢〉
 マングローブは遠浅な海岸や河口で,水に浸かった状態で生育している樹木,あるい
はそれがつくる森林のことです。そのところは,海面は毎日の潮汐に従って上昇と下降
を繰り返し,そのために水に浸されたり空気に晒されたりする海岸の潮間帯で,そこに
マングローブが生育します。
 沖縄県西表島の例では,マングローブは生育する環境が海側から陸側へいくに従って,
ヒルギダマシ及びヤマプシキ → オオバヒルギ → オヒルギ → (海岸林)の順になり
ます。この場合,オヒルギ林の陸側にアダン群落,サガリバナ林と続き,サガリバナ林
になりますと,陸上の森林とも共通する多数の植物を含みます。
 仙台付近に見られる塩生沼沢と呼ばれる草本群落でも,ハママツナ群落,ハマサジ群
落,トウオオバコ群落の順で推移します。さらにこのほかナガミノオニシバ,フクド,
シチメンソウなどが群落をつくります。この場合,ハマサジやシチメンソウは塩分濃度
が高くなれば生長が抑制されますので,このような塩生植物は耐塩生植物であっても,
必ずしも好塩性植物ともいえないものです。
 
〈湖沼の植物群落〉
 水生植物は,ガマ,マコモ,フトイ,サンカクイ,カンガレイ,ウキヤガラ,ミズド
クサなどの挺水植物,ヒシ,ヒツジグサ,ガガブタ,ヒルムシロなどの浮葉植物,フサ
モ,クロモ,エビモ,ミズニラ,シャジクモなどの沈水植物,ウキクサ,サンショウモ
などの浮水植物に区別されます。平野部の富養型湖沼では,プランクトンのために水は
黄色に濁り,このため深部は日光がさえぎられて沈水植物が生育できません。このよう
な湖沼では,オニビシ,ガガブタなどの浮葉植物が水面のほとんどを覆いつくし,マコ
モなどの挺水植物が周辺部をとりまいています。
 
〈湿原〉
 湿地の植生のうち,地面が水に覆われた状態で植物が生育し,これと入り混じって開
水面もみられるようなところは沼沢地と呼ばれます。ヨシ,マコモ,ガマなどの群落や,
塩生沼沢,マングローブなども含めてこのようなところの土壌は無機質を主とする泥で
す。過湿な環境で植物遺体の分解が妨げられたり,未分解のまま集積するものを泥炭と
呼んでいます。
 湿原を沼沢地と区別すると,それは泥炭の上に発達した草原を指し,構成植物の種類
や生態的条件によって,低層湿原,中間湿原,高層湿原に分けられます。
 低層湿原は地下水のかん養を受けて,ヨシや大型のスゲ類,ヒメシダ,クサレダマ,
イワノガリヤス,ヤマドリゼンマイ,ギボウシ類など,いろいろな植物が混生します。
 中間湿原の指標的植物はヌマガヤとされ,ヌマガヤ湿原とも呼ばれます。ワタスゲ,
ワレモコウ類,ツルコケモモ,モウセンゴケ,タチギボウシ,ホロムイソウ,ホロムイ
スゲ,ヤチスゲ,ヒメシャクナゲ,ヤチヤナギなど,高層湿原とも共通します。
 高層湿原のミズゴケは盛んに生育して,泥炭を集積させていきます。八甲田山では,
ミズゴケとスゲ類など種子植物の組み合わせがみられます。
 
〈ハンノキ林とハルニレ林〉
 ハンノキ林とハルニレ林は日本の代表的な湿地林です。ハンノキは泥炭地や低層湿原
では低木型となって点在し,地下水が低くなって乾いてきますとハルニレ林にかわりま
す。
 
〈河辺の植物群落〉
 北上川中洲の例では,上流からオギ群落,ヤナギ群落,ヨシ群落,マロモ群落,ヒメ
ガマ群落,ヤナギタデ・アゼナ群落の順に生育しますが,このようなところでは物質の
移動量が大きいため,水辺ではタデ科植物など一年生草本を主とした群落となります。
 
〈海岸の植物群落〉
 海岸には,前述のマングローブや塩生沼沢のほかに,砂浜や海崖の植物群落がありま
す。海岸砂丘にはハマニンニク,コウボウムギ,ハマニガナ,ハマボウフウ,ハマヒル
ガオなどの混ざった群落ができます。内陸側になりますと,ケカモノハシ,ハマナス,
モンパノキ,クサトベラなどの低木群落へとかわります。
 海崖では,スカシユリ,アサツキ,ハマオトコヨモギなどを含むコハマギク群落,土
壌が発達しているところは,イブキジャコウソウ,ラセイタソウなどが生育します。
 
〈火山と硫気孔原の植物群落〉
 火山噴出物の裸地では,コケ類や地衣類より先に,ヤマナラシ,シマタヌキラン,ハ
チジョウイタドリなどが出現します。
 硫気孔原の植物群落については,東北地方では主としてヤマタヌキラン群落,つぎに
ヒメスゲが混じります。九州ではツクシテンツキが主に占めます。
 
〈石灰岩地と蛇紋岩地の植物群落〉
 石灰岩地にはカルシウムを好む石灰植物が生育し,イチョウシダが主で,ほかにクモ
ノスシダ,イワウサギシダ,ミヤマビャクシン,キバナハタザオ,モイワシャジンなど
が北海道から本州,あるものは九州以南にも分布します。
 
〈雪田の植物群落〉
 山岳の稜線の風下側には大量の雪が吹きたまり,真夏でも雪田として雪が残り,特有
の植物群落が成立します。飯豊山の観察では,消雪に従って周囲から順に,6月に消雪
するところはチシマザサ群落,あるいはミネカエデ,ナナカマドの落葉低木林,7〜8
月に消雪するところはアオノツガザクラ(東北地方ではヒナザクラ,北海道ではエゾコ
ザクラ)を主とする矮低木群落,9月以降まで雪が残るところではもはや高等植物は生
育できず,コケや地衣類だけが生育する砂礫地となります。
 
〈風穴の植物群落〉
 風穴は岩塊の隙間から冷涼な空気が流れ出すところで,植物からみた特徴は,北方系
や寒冷地性の種が隔離分布します。秋田県北部の海抜200m付近の長走ナガバシリ風穴は,
周囲の森林地帯のなかでここだけが低木林となっており,オオバスノキ,オオタカネイ
バラ,ミネヤナギ,コケモモ,ベニバナイチヤクソウ,ゴゼンタチバナなど,亜高山帯
から高山帯に生育する植物がみられます。8月の開口部の温度は9〜11℃です。
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