はらはらはらはら…

淡い桃色の可愛らしい花びらたちは4月の柔らかい風と遊び
茶色の温かい大地を美しく染めていく
妖精たちとダンスをしているかのように左右上下に
はらはらと揺れてこの世に生きる者を魅了する

この美しさはふらふらと浮遊してつかめないあの人の心もとらえられるのだろうか?



        

−*−やさしい涙−*−




お花見…行きませんか?


彼女は電話越しで遠慮そうに、照れながらたずねた


暦ではもうとっくに春になっている
草木も目を覚まし爽やかな春の匂いをこの町に届けてくれる
ニョロモ達も目を覚まして
小鳥のポッポ達は、愛を確かめ合うように寄り添い
他の生き物たちも子孫を残すために追いかけて追われる姿をよく見る


少し部屋が散らかっていたから片付けていたところだった
部屋に直接つないである電話が突然音をたてたのだ
ビックリはした
ここに電話がかかって来るなんてめったに無い
それにナンバーを知っているのは指折りの知人しかいない
電話は好きではなかったが姉が、有ったほうが便利だと
半ば無理やりに回線をつないだ
ワンコールめはビックリして呆然としていたが急いで駆け寄って受話器に手をかけた

「はい」
「あっ、もしもし?グリーンさんですか?イエローです」

一瞬心臓にマグナムの銃弾を打ち込まれたかと思った
だが停止するどころか荒波のように音をたてて胸の内側から叩いてくる
思わず姿勢を直す

「…なんだ?どうしたんだ?」

声が上ずりそうになりながらも、いつもの整った調子でたずねる

「あの、今日ブルーさんと遊んだんですけど、この頃ずっと良いお天気だから…」
「だから?」

電話越しに息を呑む音が聞こえた気がして体の奥に電気が走った

「お花見…行きませんか?」




約束の日

気温は16℃。晴れ時々所により曇り。北部の方は風にご注意ください。

先ほど焼き上げたほかほかのパンをほおばりながらテレビに目を置いていた
普段はもっと食べるのだがこれから色々なものが胃に入る事を考えて
今朝はマーマレードを塗ったパン一枚とコーヒーだけにした
そこへ悪戯好きの姉がやってきた

「良かったわね〜!晴れて。でも風が強いのは残念ね〜^^」
弟が可愛いのか、ただ単に遊んでいるのか
それはグリーンにもわからない
ただ、ナナミのそんな明るく悪戯好きな性格に虜になる者は少なくないことを知ってい
る。
本人にはまったくその気は無い
だからますます問題なのだ
魔性の女…と以前ブルーが言っていたのが納得できる

「ほらほら!もう時間になるはよ。女の子待たせるなんて最低よ〜」
「わかったよ…」
残りのひとかけを口に投げ込んでソファの上に置いてあったジャケットに袖を通す

「じゃぁ、行ってくる」



外に出ると丁度イエローと鉢合わせになった
もちろんビックリしたがイエローの方が何倍も驚いていて
「あっ!おはっようございます!!」
声が上ずってしまった
「あぁ…おはよう」

グリーンはモンスターボールからリザードンを出そうと腰に手をかけた
横目で様子をうかがうと顔が赤くなっていた
それを見て素直に可愛いと思ったし、おかしなものには到底見えなかった
でもイエローは気配に気付くとすぐにあっちの方向に向きを変えてしまう
それでもグリーンはそんな彼女を愛おしく思う

自分の気持ちがハッキリしたのは
帽子を取ってから、ありのままの姿でレッドと話すイエローを見てからだと
グリーンは解っている
早くしないと誰かに奪われてしまう
そんな不安も無くは無いが、今はこの距離で十分だった


リザードンを出したところでイエローからこんな言葉が出た
「あっ、歩いて行きませんか?今日は風は強いけど暖かいし…」
「そうだな」
グリーンは小さく“スマン”と呟くと慣れた手つきでリザードンをボールに戻した
何も言わず一歩先を行くとイエローは慌てたようについて来てグリーンと並んだ
イエローは歩くのは少し遅く、並みの速度では小走りになってしまう
それを知っているグリーンは速度をゆるめる


「ブルーさんがお酒持ってくるってはりきってましたよ」
「暖かいですね〜」
「あっ。最近誰かとバトルしました?ボク最近小さい子に教えてあげてるんです!」
「ポケモンはちゃんとした友達なんだって…」
黙っていればイエローは一人で勝手に喋ってくれる
グリーンはそれに合づちをうつ

それで良いんだと思っている
少しづつ焦らず進んでいこうと思う
焦っても自分はレッドになれるわけでもない
そんな焦って戸惑っている自分をイエローは愛しく思ってくれるわけが無い

そう気付いてから、グリーンは自分の速度でイエローに向かい歩んできた
でもまだイエローは前を、レッドを見つめている
焦ってはいけない。何も始まらないと分かっているのに速度を速めようとする
そんな矛盾がうずめいている
恋とはそんなモノなのだと自分に言い聞かす

そうこうしているうちにブルーやレッドの待つ小高い丘に着いた
レッドは早く来いと手招きをしているがブルーは少々ご立腹らしい
「遅いんだけどっ!!歩いてくるなんて信じらんないわ!リザードンがいるじゃない!

「すっすみません!ボクが歩きましょうって誘ったんです!」
「いいよ…言わせておけ…」
少しぐらい待てないのか?と目であいづちするが
そんなの関係ない、と目をそらす
「さあ、はじめるわよ!」

「綺麗……」
満天の桜を見上げイエローが一人皆を離れて呟く
花見…宴会を始めて一時間。4人は未成年だというのにすっかりできあがっている
イエローの頬はピンク色に染まっていてお世辞じゃなくても可愛く見えた

「綺麗だな」
いつの間にか後ろに立たれていて少しビックリした様子だったが
それはグリーンだと知り、安心したように微笑む
「ボクこの季節が一番好きです…」
「何でだ?」
今日はグリーンの口数が多いことに少し嬉しくなったイエローはゆっくりと答えた
「だって…みんなが幸せそうだから…」


淡い桃色の可愛らしい花びらたちは4月の柔らかい風と遊び
茶色の温かい大地を美しく染めていく
妖精たちとダンスをしているかのように左右上下に
はらはらと揺れてこの世に生きる者を魅了する

その木の下で今男がまたひとつ女に恋をした


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