最終更新 : 2009/12/12
初めてダイダラボッチを見たのは、ぼくがまだとても小さいころだった。
ひょろひょろした長い長い足で、ゆらゆらと村はずれの丘のむこうから姿を現わしたそれは、まだ小さかったぼくの何十倍も大きく見えた。
ぼくはびっくりして、父さんに聞いた。
「父さん、父さん! あれはなに?」
「ああ、あれは、ダイダラボッチというものだよ、坊や。ときどき姿を見せるが、うろうろするだけで、別になにもしやしない。恐くないから、安心おし。」
その通り、回りのおとなたちも、いつもどおり平気な顔で立ち話なんかしていたし、なによりちゃんと、父さんがそばにいてくれる。ぼくはほっとして、ダイダラボッチをながめた。
体をまっすぐ立ててニ本足で歩く姿は、遠目で見れば村のだれかが歩いているようにも見えたけれど、顔は奇妙にのっぺりと平たくて、胴体にくらべて足がへんに長い。皮なんかしわだらけでごわごわして、なんだか生き物じゃないみたいで、おまけにその色!……なんて言ったらいいのか、とにかくぼくが今まで見たことのない、目に痛いような色合いをしていた。
本当にへんてこりんな生き物だなぁ、とぼくは思った。
そのあとも、ずっとダイダラボッチは村の近くに現れ続けた。
今日もダイダラボッチは、離れたところに腰をおろして、こっちを向いたまま、ただただずうっとそこにいる。
「ダイダラボッチって、どこからくるの?」
ぼくは母さんに聞いてみた。
「さあ、どこかしらね。きっと、ずうっとずうっと遠いところからね。」
「そんな遠くから、なにしにくるの?」
「・・・母さんもわからないわ。ずっとむかしに、ダイダラボッチが、村のものをいくたりもつれていってしまったことがあるそうだ、っていう話だけは聞いたことがあるけれど。」
ぼくはちょっと不安になって聞いた。
「ダイダラボッチは、漁に行ってる父さんをつれてっちゃったりしない?」
「父さんは強いから大丈夫。それに、それはもうずっと昔のお話よ。さあ、もう安心しておやすみなさい。」
ダイダラボッチって、なんなんだろう? どこから来るんだろう?
ぼくが大きくなって、ずっと遠くまで行けるようになったらわかるのかな。
そこまで考えて、眠くなったぼくは、あたたかな母さんの体の下にもぐりこむ前に、もう一度ダイダラボッチたちを見つめた。
「さて、今日はもう、これくらいにしようか。どうやらブリザードが来そうだ。」
「そうですね。いい絵も撮れたし。」
「もうずいぶん長いこといるから、すっかりわれわれがいるのに慣れてくれたからね。」
「ああ、またあの子こっちを見てる。可愛いですねぇ。連れて帰りたくなるなあ。」
「おいおい、捕鯨船がお土産に持って帰った、なんてのは昔の話、いまは彼らは厳重に保護されているんだからね。」
「彼らは、ぼくらのことをどう思っているんでしょうね。」
「さあね? 案外、でかくて変てこな仲間とでも思ってるんじゃないか? さ、帰ろう。」
そう言って、彼ら−コウテイペンギンの営巣地を撮影に来た観測隊−は、雪と氷の南極にはありえない色――真っ赤な防寒着から雪をはらい落とし、機材をまとめて、キャンプへの帰途についたのだった。
-END-
あとがきです。
ダンナと「皇帝ペンギン」を見ながら、ペンギンって、人間をどう思ってるのかねー、なんて話をしてたのがネタです。
……ハイ、それだけの話〜(^^;)