ちょっとしたコラム      
               
03.5.10付


阪神投手陣、開幕から9試合連続完投

 2002年の阪神はエース・井川慶の力投で12年ぶりに開幕戦に勝利すると、怒涛の開幕7連勝を達成。見事な開幕ダッシュぶりで球界の話題をさらった。開幕連勝記録では及ばないものの、その四半世紀前にも阪神タイガースは見事なスタートを見せた年がある。しかも今年4月にダイエー投手陣が4連続完投で話題となったが、それを大きく上回る開幕9連続完投という信じられないような内容だったのだ・・・。

 1977年の阪神は開幕から投手陣の好投が続いた。完投完投また完投。始まりは開幕戦での江本孟紀の完投である。前年、南海からトレードで阪神に入団するやチーム最多の15勝を挙げ、エースの座に着いた江本はこの年の開幕投手に指名されていた。阪神は初回にいきなり掛布雅之が満塁ホームランで援護。さらに2回、3回と追加点を挙げて3回までに6-0と大量リードを奪った。江本は4回裏に下位打線に連続タイムリーを浴びて3点を許すが、終わってみれば失点はこの回だけ。見事に完投勝ちして開幕投手を飾った。

<4月2日・対ヤクルト1回戦>
阪神 4 1 1 0 0 0 0 0 0   6
ヤクルト 0 0 0 3 0 0 0 0 0   3

 翌日の2回戦は前年10勝8敗の古沢憲司が先発した。同い年の江本の完投勝ちに古沢も奮起、大矢のシングルヒット1本に抑える見事な投球で完封勝利を達成した。打線も前日に続き11安打の8得点と好調をキープして古沢を援護した。

<4月3日・対ヤクルト2回戦>
阪神 0 2 0 0 1 4 0 1 0   8
ヤクルト 0 0 0 0 0 0 0 0 0   0

 続く中日との1回戦、前年12勝9敗の上田次郎が先発した。立ち上がり、2本のソロ本塁打で失点した上田だったが、以後は立ち直って6回までは1-2と星野仙一との投手戦になった。しかし、上田は7回にその星野に1号ソロを打たれ、8回には4番・マーチンに駄目押しの2ランを喫した。打順が回った後に打たれ出したため、上田は5失点ながら結果的には完投した。

<4月5日・対中日1回戦>
阪神 0 1 0 0 0 0 0 0 0   1
中日 1 1 0 0 0 0 1 2   5

 1日空いた7日の2回戦は前年12勝8敗の谷村智啓が4人目の先発投手としてマウンドに上がった。谷村は2回に井上の3ランなどで一挙に5点を失うが、打線が強力にパックアップした。5番のハル・ブリーデンが3打席連続ホームランで8打点の大活躍。開幕以来ノーヒットだった田淵幸一にもホームランが飛び出すなど大量12得点。谷村は結局2回以外はゼロに抑えて12安打を浴びながらも完投勝ちした。

<4月7日・対中日2回戦>
阪神 0 1 5 0 3 1 2 0 0   12
中日 0 5 0 0 0 0 0 0 0   5

 *      *      *      *      *      *      *

 続いては4月10日、広島とのダブルヘッダー。第1試合は最初の登板で完封勝ちの古沢がギャレットのソロ本塁打1本に抑えて無四球完投勝利。第2試合では江本が3安打散発の完封勝利。打線は2試合とも二桁安打で5点ずつ奪い、開幕6試合連続二桁安打とこれまた好調をキープしていた。

<4月10日・対広島第1試合1回戦>
広島 0 0 0 0 1 0 0 0 0   1
阪神 0 0 0 2 0 0 0 3   5
<同・対広島第2試合2回戦>
広島 0 0 0 0 0 0 0 0 0   0
阪神 0 0 0 0 1 2 2 0   5

 13日からの大洋戦は接戦となった。13日は中5日で谷村が2度目の先発。立ち上がり、2番・山下と3番・高木に連打されピンチを招くと4番・シピン、5番・田代に連続タイムリーを浴びて2点を先行された。しかし、この4連打で目が覚めたのか2回からは別人のような立ち直りを見せる。打線も大洋の先発・間柴を捉えあぐねていたが、5回にブリーデンの6号2ランで追い付き、6回には谷村が自ら決勝点を叩き出した。2回以降の谷村は大洋打線を3安打散発に抑え、終わってみれば無四球完投で2勝目を挙げていた。

<4月13日・対大洋1回戦>
大洋 2 0 0 0 0 0 0 0 0   2
阪神 0 0 0 0 2 1 0 0   3

 14日の2回戦も1点を争う展開となった。上田次と高橋の投手戦で0-0が続いた6回裏に、阪神が1点を先行して均衡を破った。阪神は8回裏にも1点を加え2点リードで9回を迎えた。ここまでチーム唯一の敗戦投手となっている上田次は雨で間隔が空き、中8日のマウンドだったが大洋打線を8回までピシャリと抑えていた。しかし、完封目前の9回表、3番・長崎に痛恨の同点2ランを喫してしまう。9回表を終了し大洋打線を3安打に抑えながら、上田次は悄然とベンチに戻った。だが、打線が好投の上田次を救った。9回裏の先頭打者として打席に入ったブリーデンが奥江の代わり端を叩いて7号サヨナラホームランを放ったのだ。結局上田次は完投勝ちでチームの連続完投は8に伸びた。

<4月14日・対大洋2回戦>
大洋 0 0 0 0 0 0 0 0 2   2
阪神 0 0 0 0 0 1 0 1 1x   3x

 *      *      *      *      *      *      *

 16日からは広島球場での広島戦であった。前回のこのカードで完封勝利の江本が先発した。阪神打線は2回に2点、4回に1点、5回に2点と前年の20勝投手・池谷を攻めて小刻みに得点を挙げ江本を援護。過去2試合で防御率1.50の江本は11安打を浴びる苦しい投球。2回に三村のタイムリー、5回には内田に2点タイムリーを許し、得点直後に失点する悪い展開だったが、それでもこの3失点に留めて完投した。その内容や点差から見てもリリーフを送っても良さそうな展開だったが、マスコミが騒ぐあまり吉田監督自身が連続完投を意識していた節が伺える。

<4月16日・対広島3回戦>
阪神 0 2 0 1 2 0 0 0 0   5
広島 0 1 0 0 2 0 0 0 0   3

 そして17日の対広島4回戦、ついに終わりの日がやって来た。9試合で21失点、1試合平均2.3失点の阪神投手陣が初回から崩壊する。相変わらず立ち上がりの悪い先発・谷村は初回に3点を失った。それまでの2度の登板でも早々に失点したが、終わってみれば失点したイニングはその回だけという谷村だった。2回にすかさず阪神が田淵のソロ、掛布の2ラン、池辺のソロと一発攻勢で4点を挙げて逆転した事もあり、吉田監督は谷村を続投させた。

 だが、谷村は立ち直りを見せず、2回先頭の水谷にホームランを打たれ、一死後衣笠にもヒットを打たれついに降板する。谷村は打者10人に6安打を許し、代わった池内が走者を返したため失点は5となった。結局この回の広島は3点を入れて逆転に成功、再びリードを奪った。その後も両チームの繰り出す投手が打たれ、6回まで両軍合わせて28安打、9本塁打が飛び交う大乱戦となった。6回終了時点で降雨のためコールドゲームが宣告され、試合は痛み分けに終った。

<4月17日・対広島4回戦>
阪神 0 4 0 3 0 3   10
広島 3 3 0 1 1 2   10

 開幕から完投続きの阪神投手陣だったが、ひとたび記録が途切れるとパタッと完投投手が出なくなった。それは5月12日の中日戦で谷村が4安打完投勝ちするまで続いた。結局5月以降の完投ペースはガタ落ちで、閉幕までに25完投と1ヶ月平均で5完投ほどの上積みに終った。それでも序盤の貯金が効いて年間34完投はリーグ最多だった。4本柱の年間完投数は江本10、古沢9、上田次7、谷村6でチーム完投数の94%を占めた。

<開幕9連続完投の足跡>
    投手 安打 三振 四死 自責
4月2日 ヤクルト○6-3 江本 9 8 3 2 3
4月3日 ヤクルト○8-0 古沢 9 1 7 1 0
4月5日 中日●1-5 上田次 8 6 4 5 5
4月7日 中日○12-5 谷村 9 12 9 5 5
4月10日 広島○5-1 古沢 9 5 7 0 1
4月10日 広島○5-0 江本 9 3 5 2 0
4月13日 大洋○3-2 谷村 9 7 1 0 1
4月14日 大洋○3-2 上田次 9 3 7 2 2
4月16日 広島○5-3 江本 9 11 4 4 3

 76年には合計49勝、77年にも37勝した4本柱だったが78年はわずか19勝に終った。その78年オフに古沢が西武へ、翌79年オフには谷村が阪急へ、上田が南海へトレードされた。一人残った江本も81年途中には舌禍事件が元でユニフォームを脱いだ。

 開幕10試合で8勝1敗1分けと好スタートを切ったチームも徐々に勢いを失い、終わってみれば55勝63敗12引き分けで勝率.466の4位だった。ちなみにこの勝率は当時の球団ワースト記録。4位でもワースト勝率となるほど強かったそれまでの阪神に陰りが見られ始めたのが皮肉な事にこの年だったのである。

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