夕顔(ゆふがほ)

【解題】

 源氏物語・夕顔の巻における光源氏と夕顔の宿の女との出会いから死別までを歌ったもの。歌詞は必ずしも、物語の内容を正確に再現したものではなく、雰囲気や情景を自由に再現した詩的なものになっている。

【解析】


          ┌─────────┐        ┌──────┐
○住む      |や|誰(たれ)   、訪(と)ひて|や|見| む ||たそがれに、
 住んでいるの|は| |誰   |だろうか、訪ね   て| |見|よう|かと、たそがれに|源氏の君が、

○              |  寄する |車の訪れも、   | 絶えて         |
 夕顔が垣根に咲くこの家に車を|  寄せると、
               |立ち寄る  |車の訪問も、近頃は|途絶えてしまっているらしく、

○     |ゆかしき  |中垣の、隙間 求めて垣間見  や。
      |由緒ありげな|                |この家の女主人がどういう人か|
 
源氏の君は|知りたく思い、中垣の、隙間を探して垣間見した!|

○  |かざす    |扇に焚きしめ   し、空薫(そらだ)き物の|ほのぼのと  、
 
女が|かざしたらしい|扇に焚き染めてあった 空薫     き物が|ほのぼのと薫り、この夕顔の宿の

○ 主(ぬし)は        | 白 露  、光を添へて、いとど|栄え ある |夕顔の、
 
女主人   は誰か、源氏の君は|知らないが、
                | 白 露 が|光を添えて、
一層 |美しく見えた|夕顔の、
 
○花   に|   結びし|仮寝の夢      も、
 花を機縁に|二人が結んだ|
仮寝の夢のような逢瀬も、女の死によって突然の破局が訪れ、

○           |覚めて    身に沁む      夜半(よわ)の風          。
 
アバンチュールの夢から|覚めた源氏に、身に沁みるように寒い夜半    の風が吹きつけたのだった。

【背景】

 参考に、歌詞の元になっている『源氏物語・夕顔の巻』の、源氏と夕顔の宿の女との出来事の概略を記す。


 源氏の君十七歳の夏、宮中から時々、六条の御息所の邸に御忍びで通っていらっしゃったころ、その途中、五条に住んでいた乳母の家を見舞ったことがあった。その隣家の、中流らしい風情のある家の垣根に、見知らぬ白い花が咲いているのに源氏は目を止めた。高貴な世界で育った源氏は、庶民の家に咲く夕顔を知らなかった。その白い花の名を夕顔と聞かされて、源氏はその花と、その家の女主人に興味を引かれ、随人(お付きの護衛官)に一房折ってくるように命じた。献上された夕顔の花は、白い扇の上に載せられていた。

○惟光に   紙燭 |召し  |て、ありつる|扇      |御覧ずれ ば、    |もてならしたる
 
惟光に命じて紙燭を|取り寄せ|て、さっきの|扇を源氏の君が|御覧になると、持ち主が|使い慣らした

○移り香 、 いと |しみ深う   |なつかしくて、   |をかしう|すさみ書き | た り 。
 
移り香が、たいそう|  深く染みて|なつかしくて、そこに|趣き深く|戯れ 書きし|てあった。

(女の歌)

○心あて  |に    |そ れ|か|とぞ   |見る        |白露の
  あて推量|に、あれが|その花|か|
            |その人|か|と!思って|見ています。夕暮れに|白露が降りて

○    |光| |そへ      | た る|  |夕   顔の花|
 
かすかな|光|を|添えて浮き立たせ|ている|あの|夕   顔の花|を。
                      |あの|夕   顔の花|のように美しいあなたの
                         |夕暮れの顔  |を

 
もしやあなたはあの有名な
     |光|の君ではございませんか。


(源氏の返歌)

○  | 寄りて|こそ|   |そ れ|かとも|見    |め
 花に|近寄って| ! |これが|その花|かと |確かめたら|どうですか。
 私に|近寄って| ! |これが|その人|かと |確かめたら|どうですか。

○    |たそかれに|ほのぼの 見つる|花  の      夕     顔  |
 あなたが|たそがれに|ぼんやりと見た |花、その      夕     顔の花|を。
                    |花  のように美しい夕暮れの私の顔  |を。


 源氏は謎のようなこの女に溺れこむ。その年の秋、八月十五夜、むさくるしい夕顔の宿に一夜を過ごした源氏は、翌日女を六条の広大な某院に誘い、睦言を交わす。その夜半、女は突然物の怪に取り付かれ、正気を失ってしまう。動転した源氏は必死で介抱するが、女は既に息絶えていた。

作詞:不詳
作曲:菊岡検校(1792〜1847)
筝手付:八重崎検校
(1776?〜1848)

【語注】




寄する車の訪れも、絶えて 頭の中将の車も、最近はこの女の家に訪ねて来なくなったことを言っている。実はこの夕顔の宿の女は、源氏の親友の頭の中将のかつての愛人で、子供までもうけた間だったが、中将の本妻の右大臣の四の君に脅迫され、ここに隠れ住んでいたのだった。
空薫き物 来客の為に、隠し置いた香炉や別室から香るようにしつらえた薫物。源氏物語には、「惟光に紙燭召して、ありつる扇御覧ずれば、もてならしたる移り香、いとしみ深うなつかしくて、をかしうすさみ書きたり」とある。
主は白露、光を添えて⇒背景







惟光 源氏の乳母子で、腹心の家来。
紙燭 紙の蝋燭




心あてに寄りてこそ
それかとぞ見るそれかとも見め
夕顔の花花の夕顔
 二首の歌が対比的に詠まれている点に注意。相手の言葉をそのまま、または少し変えて投げ返す男女のやりとりである。




寄りてこそそれかとも見め
 「め」は助動詞「む」の已然形。「こそ…め」で、勧誘を表す。

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