雪(ゆき)
【解題】 浪花南地の芸子のなにがしが男に捨てられて出家した情趣をうたった曲と言われる。渋い中に粋な風情を持った曲で、 この曲の合の手(中ほど歌のない部分)は、鐘の音にたとえられているが、通称雪の手として、雪の降る情景を暗示する ものとされ、他の曲にもとり入れられている。悲恋の末、出家した女の昔の追憶を唄ったものである。目を閉じて静かに 聞き入る程に情景の中に引き込まれるような味わいの深い名曲である。 【解析】 ○ |花も雪も、 払へ ば|清き | 袂 | |かな 。 |花も雪も、 払え ば|清らかな|たもと|になるように| 浮世への執着を生む|恋も愛も、捨てれば|清浄な | 心 |が生まれるの|だなあ。 ○ |ほんに|昔の、昔のことよ、我が 待つ 人も、 迷いの世界に苦しんだのは|本当に|昔の、昔のことよ、私が逢いたくて待っていた人も、私に逢いたくて| ○我を|待 ち |け ん。鴛鴦(おし)|の |雄鳥(をとり)|に 私を|待ってい|たのだろう。 おしどり |の雌(めす)が、雄(おす) |に捨てられて、 ○物思ひ 羽(は)の、凍る |衾(ふすま)に|なく音 も 物思いに沈んで、羽 も 凍るような冷たい|巣 の中で|鳴く声を聞いても、 ○さぞ な 。さ なき だに、心も|遠き| |よはの鐘 、 さぞつらいだろうなと想像される。そうでなくてさえ、心も|遠い|所にいるあの人を思い、 |遠い|空から響いてくる |夜半の鐘を、 ○聞くも淋しき独り寝の、枕 に|響く|霰(あられ)の音(おと)も、もしや と いっそ| 聞くも淋しい独り寝の|枕、その枕元に|響く|霰 の音 も、もしやあの人の足音ではと、いっそ| ○ |堰(せ)きかねて、落つる涙の|氷柱(つらゝ) |より <ツラ> 戸を開けようとするわが身を|止め かねて| 悲しみを|抑え かねて、落ちる涙が|氷柱になってしまう、 その|氷柱 |より ○ 辛(つら)き| |命は|惜しから|ね | ども、恋しき人は| <ツラ> 辛 い|忘れられた私の|命は|惜しく |ない|けれども、恋しい人は、私を捨てないという| @ |罪深く 、 |思は|ぬ |ことの |悲しさに、 神への誓いを破ったために|罪を受け、私は、辛いとは|思わ|ない|といっても、やはり|悲しくて、 A |罪深く 、思は| ん |ことの|悲しさに、 神への誓いを破ったために|罪深い身となると 思う|だろう、その|ことが|悲しくて、 ○捨てた浮き 、捨てた|憂き世の | |山 | かづら | 。 捨てた浮き世、捨てた|憂き世の | | 夜が|明けて、私の心は|山の端に掛かる|暁の横雲|のように澄みきっている。 【背景】 忘らるる身をば思はず ○ |忘ら| るる | 身をば| |思は| ず あなたに|忘れ|られる|わが身 は|少しも辛いとは|思い|ません。 ○ |誓ひ| て |し| それより神かけて私への愛を| |確かに| |誓っ| |た|あなたが、誓いを破ったために罪深い 身となり、神罰で命を失うと思うと、 ○ 人 |の命 の| 惜しくも | ある | かな あなた|の命の方が|気がかりに|思われる|ことですよ。 (拾遺集・恋・870・右近) 捨てた憂き世の山かづら ○山かづら明け行く雲にほととぎす出づる初音も峰別るなり(拾遺愚草) |
作曲:峰崎匂当(1780-1800年頃・大阪) 作詞:流石庵羽積 【語注】 氷柱より辛き命は 「つら」の同音反復 辛き命は惜しからねども⇒背景 思はぬこと 博信堂)のテキスト(宮城派)。忘らるる身をば思はず」の心を受ける。 思はんこと 「ん」は婉曲の助動詞・連体形 山かづら 山の端にかかる暁の横雲は、山が鬘(かつら)をかぶっているように見えるので、こう言う。 忘らるる 「忘ら」はラ行四段の未然形。「るる」は受身の助動詞「る」の連体形。「忘る」は四段と下二段の両方に活用する。 |