寿競(ことぶきくらべ)
【解題】 この曲は、日本書紀の雄略天皇の巻、丹後の国風土記逸文、万葉集などにある浦島伝説をもとにして、長寿の徳をたた えた曲である。現代でも敬老の催しがあるように、昔も「尚歯会」と言って、老人を招き、詩歌を作り、遊学を催す会合 があったという。この曲はそのような会の為に作られ、演奏されたものと思われる。 【解析】 ○ 寿は| |峻 山|にし て|千歳 |秀(ひい)で、また蒼海(さうかい)の |限りなき 、 長寿は|例えれば|高い山|であって|千年も|そびえ立ち 、また青海原 のように|無限に広がり、 ○南の星の影| |ひたす 。 |岩根 の波|の|名 に高き |天の橋立| 南極星の姿|を|映している。ここに|岩 に打ち寄せる 波|が| 高いように| |名声の高い |天の橋立|をまだ ○踏み も見ず、 | 水 の江と言ふ|みやび男 |あり 。月雪花の 折々に、 <ミズ> <ミズ> 踏んでも見ず、|ある海辺の村に、 水 の江という| 風流 男が|い た。月雪花の風情ある折々に、 ○都の手振り| |疎からず | |心もかろき |春風に 、 都の 風習 |に|精通して風流に暮らしていたが、ある時、心も 軽 く弾む|春風に誘われて、 ○釣竿 とって|青柳の| 糸 | 繰り出だす|一葉 舟 。 《青柳》 ≪糸≫ ≪繰り≫ 《葉》 釣竿を持って|青柳の|細い 枝のような | | 釣糸 を|竿から繰り出 す|一艘の小舟に乗って| |海に 漕ぎ出した。 ○鰹(かつを)釣り、鯛 釣り|誇り 、七日 まで|家 路 忘れて |住 の江| や、 鰹 を釣り、鯛を釣り|得意になって、七日間 も|家に帰ることを忘れて海の中に|住み 、 |住 の江|の!、 ○浦和 |はるか に|漕ぎ出で|ぬ。 入江から|はるか沖合いに|漕ぎ出し|た。 ○浦島「ああいぶかし や 、まさしく釣りし| は亀なる を、 いと |やんごとなき上臈| の、 「おや不思議だなあ、確かに 釣った|のは亀だったが、急にたいそう| 高貴な 女 性|に変身し、 ○ 折れ ば| |こぼるる笑みの 露 | 、 |初花 桜にうぐひすの 手を触れれば|花から露が|こぼれる笑顔の愛嬌|といったら、まるで|初花の咲きだした桜にうぐいすの ○初音| | 添へ |たる|ばかり| |なり。」 初音|を|付け加え|た | ほど |の愛らしさ|だ 。」 ○乙姫「われは|そも |竜(たつ)の都のもの| な る|が、 | 君 |を |伴ひ|申さ | ん、 「 私 は|そもそも|竜神 の都のもの|である|が、そこに|あなた|をお|連れ|申し上げ|よう、 ○いざ|もろともに| 。」と浦島は、 常世(とこよ)の国に至り|け り 。 さあ|いっしょに|行きましょう。」と浦島は、乙姫に誘われて、常世 の国に至っ|たそうだ。 ○わだつみの、わだつみの| 神の宮居の|内のべの|妙なる | |うちにいつまでも、 大海原 の、大海原 の|竜神の宮殿の|奥深くの|すばらしい|世界の| 中 でいつまでも、 ┌─────┐ ┌─────┐ ○ 思ひ |なぎさ |に |うち連れ て、貝| や|拾はむ||、 玉| や|拾はむ||。 |な(し)| | | 何の心配事も|ない | ↓ ↓ | 渚 |に乙姫と| 連れ立って、貝|を |拾おう|か、美しい石|を |拾おう|か。 ○ 君 が| えにし|は|紫|の | 深き色 貝、千種(ちぐさ)貝| 。 あなたとの|ご 縁 |は|紫|のように| 深い 、 |その深い色の貝、様々な種類の 貝|の美しさ! ○たまの逢ふ瀬 は|七わだに 、 |思ひ通した |をんな気|は、 たまの逢 瀬の時までは|七曲りにも悩みに悩んだ末に、あなたを|愛し通した私の| 女 心|は、 ○風に|乱れぬ |玉 簾| 、すだれ貝との |隔て は|憂し|と、 風に|乱れない|玉で作った簾|のように誠実なのに、すだれ のようにあなたが私を|隔てるのは|辛い|と、 ○くねる目元の|しほ貝 は、撫子貝|の |しどけなく、 |物思ふ |とは| すねる目元の|しおらしさは、撫子貝|のように|可愛く乱れ、こんなに私が| 悩んでいる|とは| ○ 白 玉 か、何 |ぞ と 露の | あだ 言葉 、つい口玉に|かけられて、 知らないのですか。 「 真 珠 ですか、何です|か」と尋ねたあなたの露のように|実意のない言葉に、つい口車に|乗せられて、 ○ |手枕(たまくら)|触れし| 朝 |寝 髪| 。 あなたの|腕枕 が|触れた|翌朝の|寝乱れ髪|も直さない深い仲になりました。 ○ |楽しき 中に|ふるさとを、 かつ |偲ば れ て |立ち返り、 一方では|楽しい生活の中に| |もう一方では| | 故 郷 を、 |思い出してしまって故郷に| 帰り、 ○少女(をとめ)が与へ |し|玉篋(たまくしげ) 、 |あけて |のどけき|如月(きさらぎ)の、 乙女 が与えてくれ|た|玉手箱 を、 |開けると| |年も|明けて |のどかな|如月がやって来た 、 その|如月 の、 ○ 花 の|むしろに|まどゐして、 寿くらべ|千代くらべ、 お花見の|むしろに|円く座って、長寿くらべ|高齢くらべ、 ○山に|くらべて|この 君 の、高き|よはひを| 祝し | けり 。 山に| 比 べて|このお方の、高い| 年齢 を|お祝いする|ことだなあ。 【背景】 天の橋立ふみも見ず 「大江山生野の道の遠ければまだふみも見ず天の橋立」の歌(金葉集・小式部の内侍)を引き、「水の江」の序とした。 小式部内侍の母の和泉式部が夫とともに丹後に下った留守に京で歌合せがあり、小式部内侍が歌詠みに選ばれたが、藤原定頼がからかって、「歌はどうなさいましたか。もう丹後の母上のもとへ使いは出しましたか」と話し掛けたところ、内侍は即座にこの歌を返したという。当時、内侍の歌は、母が代作したという噂があったので、定頼はこうからかったのだが、内侍は絶妙の機知で反駁したのである。 ○大江山 |生野|の道の遠ければ| まだ|踏みも|見 ず|天の橋立 |行く| | 文 | 大江山を越えて|行く| |生野|の道が遠いので、私はまだ| |天の橋立を |踏んで|みたこともありません。 もちろん、母の|手紙も|見たことはありません。 (巻第九・雑上・550) 水の江と言ふみやび男 「水の江」は浦島太郎のこと。浦島伝説は、日本書紀、丹後の国風土記、万葉集などにあり、「寿競」はそれらをもとにして、長寿の徳をたたえた曲。ここは参考に、万葉集の高橋の虫麻呂の長歌を紹介する。 ○ 水江(みずのえ)の浦島の子を詠む一首 短歌を併せたり ○春の日の 霞め| る |時に 墨吉(すみのえ)の 岸に|出で ゐ て 釣り舟の とをらふ |見れば 春の日の 霞ん|でいる|時に、住吉 の 岸に|出て座って、釣り舟の ゆれているのを|見ると、 ○古(いにしへ)の事 そ|思ほゆる 水江(みずのえ)の 浦島 の 子 |が 堅魚(かつを)釣り 昔 の事が!|思われる。水江 の 浦島という若者|が、 鰹 を釣り、 ○鯛 釣り|矜(ほこ)り 七日 まで 家にも来 ず て 海 境(うなさか) を過ぎて|漕ぎ行くに 鯛を釣り|得意になって 七日間も 、家にも戻らないで、 海の境 を越えて|漕ぎ行くと、 ○海若(わたつみ)の 神の女(をとめ)に たまさかに い漕ぎ 向ひ 相誂(あひあとら)ひ 大海原 の 神の娘 に たまたま 漕いで出会い、声をかけあって、 ○ |こと| |成り |しか| ば |かき結び 常世 に至り 海若の 神の宮 の 結婚の| 話 |が|まとまっ| た |ので、契りを| 結び、常世の国に行き、大海原の 神の宮殿の ○内の重(へ)の 妙(たへ)なる| 殿に 携(たづさ)はり 二人 |入り | 居 |て 奥深く の すばらしい |宮殿に、手をとりあい 、二人で|入って|住ん|で、 ○老いもせず 死にも|せ| ず |して 永き世に あり | ける|ものを 世の中の 愚人(おろかひと)の 老いもせず、死にも|し|ない| で 、長い間 暮らし|ていた| のに 、世にも 愚かな この人 が、 ○吾妹子(わぎもこ)に 告げて語ら く 須叟(しましく)は 家に帰りて 自分の妻 に 告げて語ることには、「 しばらく は、家に帰って、 ○父母に 事 も|告(かた)らひ 明日のごと 我は| 来(き) |な | む |と 父母に 事情も|話し 、 明日にでも 私は| |必ず| |帰って来る | |つもりだ」と、 ○言ひ|けれ|ば 妹(いも)が|言へ|ら| く | 常世 辺 に また帰り 来て|今の|ごと 言っ| た |所、妻 が|言っ|た|こと|には、「常世の国に、また帰って来て、今の|ように ○ | 逢は | む |と ならば この篋(くしげ)|開く な | ゆめ |と そこらくに 私と|夫婦でい|たい|と思うならば、この箱 を| |決して| |開けてはいけませんよ」 |と、何度も何度も、 ○堅 め|し| 言 | を 墨吉(すみのえ)に 還り 来(きた)りて 家 見れ ど 家も見かねて 約束し|た|こと|なのに、住吉 に 帰って来 て、家を捜したが 家も見つからず、 ○里 見れ ど 里も見かねて 恠(あや)し と そこに思は | く 里を捜したが、里も見つからず、不思議だ と、そこで思った|ことには、 ○ 家ゆ出でて 三歳(みとせ)の間(ほど)に 垣 もなく 家 失せ | め|や と 「家を出 て 三年 の間 に、垣根もなくなり、家も消え失せる|だろう|か、と、 ○この箱を|開きて|見| て | ば もとの如(ごと) 家は|あ ら| む |と この箱を、 |思い切って| |開けて|み| た |ならば、もとのように 家は|現れる|だろう。」と、 ○玉 篋 少し開くに 白雲の 箱より出で て 常世 辺に たなびき|ぬれ| ば 玉手箱を 少し開くと、白雲が 箱から出てきて、常世の国の方に たなびい| た |ので、 ○ 立ち走り 叫び 袖 振り 反側(こいまろ)び 足ずりしつつ たちまちに 心消(け)失せぬ 浦島は、立ち走り、叫び、袖を振り、倒れころげ 、足ずりしながら、たちまちに 気を失ってしまった。 ○若かり|し|肌も皺(しわ)み |ぬ 黒かり|し 髪も白け | ぬ 若かっ|た|肌も皺だらけになっ|た、黒かっ|た 髪も白くなっ|てしまった。 ○ゆなゆなは|息| さへ |絶えて 後(のち)|つひに 命 死に| ける 後 々 は| |その上| |息|までも|絶えて、その後 |ついに、命を失っ|たそうだ。 ○ |水江の 浦島の子が 家地(いへどころ)見ゆ その|水江の 浦島の子の 家のあった所 が見える。 ○ 反歌 ○常世辺(とこよへ)に|住む | べき |ものを|剣刀(つるぎたち) 常世の国 に|住んでいれば|よかった| のに 、 ○己(な)が| 心 から |鈍(おそ)| や この君 自分 の|意志からこんな悲しい結末を招くなんて、愚か |だなあ、この人は (万葉集・巻第九・雑・1740) 青柳の糸繰り出だす ○ 繰りかへす年| 経て見れ ど |青柳の糸は| 旧りせぬ|緑 |なり |けり 《繰り》 《糸》 何度も春を繰り 返 す年、その年を経て見ていても、青柳の枝は|いつも新鮮な |緑色|である|ことだなあ。 (中務(なかつかさ)集) 白玉か、何ぞと露のあだ言葉(伊勢物語第六段『芥川』) ○昔、男 あり|けり。 女|の| え |得(う)|まじかり |ける| を、年を経て|よばひわたり|ける| 昔、男が い | た 。高貴な女|で| |なかなか | |手に入れ| |られ| |そうもなかっ| た |人を、長い年月|求愛し続けて|いた| ○を、からうじ て|盗みいでて、 いと |暗き に| 来|けり。芥川といふ川 を |率(ゐ)て| が、やっとの事で|盗み出して、たいそう|暗い夜に|逃げて来| た 。芥川という川のそばを女を|連れ て| ○いき ければ、草の上に置きたりける露を 、 「かれは何ぞ」となむ男に問ひける。 ゆくさき 多く、 逃げていた時、草の上に置いてい た 露を見て、女は「あれは何!」とネッ男に聞い た 。逃げてゆく 先 は遠く、 ○夜も更けに ければ、鬼 ある所とも知らで、神| さへ |いと いみじう鳴り、雨もいたう降りけれ ば 、 夜も更けてしまったので、鬼がいる所とも知らず、 |その上| |雷| まで |たいそうひどく 鳴り、雨もひどく降ってきたので、 ○あばらなる蔵に、女をば|奥に押し入れて、男、弓・やなぐひを| 負ひて|戸口に| をり。 荒れ果てた蔵に、女を!|奥に押し込んで、男は弓・やなぐいを|背負って|戸口で|警戒していた。 ○はや夜も|明け| なむ と|思ひつつ | ゐたりける に、鬼 |はや |一口に|食ひて けり。 早く夜も|明け|てほしいと|思いながら|守っていた 間に、鬼が|もう女を|一口に|食ってしまっ た 。 ○ 「あなや」と言ひけれど、神 鳴るさわぎに、 | え |聞か |ざり |けり。やうやう|夜も| 女は「ああっ」と叫ん だ が、雷の鳴る 音 で、男は| 聞くことが| |でき| |なかっ| た 。だんだん|夜も| ○明け ゆく に、見れば、率 て|来(こ)し|女も なし。足ずり をし て|泣けども、かひ なし。 明けてゆく頃に、見ると、連れて|き た|女もいない。地だんだを踏んで|泣いても、どうにもならない。 ○(男の歌) |白玉 か 何 ぞ と| 人|の 問ひ|し|とき| 「あれは|真珠ですか、何ですか」と|あの人|が私に尋ね|た|とき| ○ 露 と答へて| |消え | な | まし |ものを 《露》 《消え》 「あれは草に置く露ですよ」と答えて、 その露が | |消えるように| |私も|その時|死ん |でしまえ|ばよかったのに| なあ 。 <以下、後人の書き添え> ○これ は、 二条の后 の|いとこの|女御 の| 御もとに| 仕うまつる| この話は、後に二条の后と呼ばれた藤原高子が|いとこの|藤原明子の|染殿のお屋敷に|女房としてお仕えする| ○やう にて| ゐ たまへ|り |ける| を、|かたちの| いと めでたく|おはし ければ、 ような形 で |一緒に住んでいらっしゃっ| た |時に、| 容貌 が|たいそう美しく |いらっしゃったので、 ○ |盗みて| 負ひて| |出でたりける を、御せうと 堀川の大臣 、太郎 国経の大納言 、 業平が|盗んで、背負って|外に|出て来た のを|お兄さんの藤原基経 と、長男の藤原国経の大納言が、 ○まだ|下らう に て| 内(うち)へ|参りたまふ に、いみじう|泣く人 ある を聞きつけて、 まだ|下級の者であって|宮中 に|参内なさった途中で、 ひどく |泣く人があるのを聞きつけて、 ○ とどめて|取り返したまう|て けり。それを、かく 鬼とは言ふ |なり|けり。 車を 止 めて|取り返しなさっ|てしまっ た 。それを、このように鬼と!言っているの|だっ| た 。 ○まだいと 若うて、 后の|ただ に|おはし ける時 | とや| 。 |二条の后が| まだたいそう若くて、 |普通の身分の人で|いらっしゃっ た 時の|こととか|いうことです。 ◎ ラーメン屋「芥川」(伊勢物語の解説)2010/05/08 山戸朋盟 昔、高校生の男子がいた。同級生の女子で、なかなか自分の彼女にできそうもなかった子を、長い間ナンパしようと努力していたが、やっとのことでデートに誘い出して、たいそう暗い夜、町に連れて来た。芥川というラーメン屋の前を一緒に歩いていると、女は、ショーケースの中に置いてある油そばを、「あれは何」と男に尋ねた。「君、油そばも知らないの。あれはスープのないラーメンで、卵を入れたりお酢を掛けたりして食べるとおいしいんだよ」「まあそう、汁のないラーメンなんて、初めて見たわ。私、親が厳しいから、ラーメン屋さんに入って食べたことがないの」「えっ、そんな親が今時いるのか。ラーメンは学校の食堂で食べられるじゃないか」「いいえ、学校の食堂も禁止なの。だから私、お弁当しか食べたことがないわ」「これは驚いた。君ってすごい箱入り娘なんだね」「私の家は昔は名門の貴族で、親は私をイギリスとかモナコとか、ヨーロッパの王族や貴族と結婚させたいらしいの。兄が二人いて、二人とも私を利用してセレブになろうとしているから、今、私たちのことを捜索しているかも知れないわ。でも、汁のないラーメンって、汁のない味噌汁みたいで、面白そう。私、一度食べてみたいわ」「こんど連れて行ってあげるよ。ラーメンの場合は味噌汁と違って、汁じゃなくてスープと言うんだよ。」目的地は遠く、夜も更けてしまったので、兄たちが通りかかる場所とも知らず、雷までものすごく鳴り、雨もひどく降ってきたので、公園の荒れ果てた茶店の中に女を避難させて、男は店の戸口で見張っていた。早く夜も明けてほしいと思いながら座っている間に、兄たちはあっという間に女を捕まえ、家に連れ帰ってしまった。女は「きゃあ、助けて」と叫んだが、雷の音で、男には聞こえなかった。ようやく夜が明けるころ、店の中を見ると、連れてきた女もいない。まるで鬼が一口に食ってしまったように、何の手がかりも残されていなかった。男は地団太を踏んで泣いたが、今さらどうにもならない。 汁のないラーメンと彼女が言うので、馬鹿だなあ、スープと言うんだよと私は答えたが、彼女とあんな話をしていたとき、私は、最高に幸せだった。今、彼女はいない。あの時、スープではなくて、ツユと言うんだよと答えればよかった。そして、その露が消えるように、あの時、死んでしまえばよかった。もし時間があそこで止まっていたならば、こんな深い喪失の思いに沈むこともなかっただろうに。 朝寝髪 ○朝 寝 髪 |吾は| けづら | じ 朝の寝乱れ髪を|私は|櫛で梳(と)かし|たくない。 ○うるはしき| 君 |が|手枕| |触れ| て |し|ものを いとしい |あなた|の|腕枕|が| |確かに| |触れ| |た|ものだから (万葉集・巻十一・2578・作者不詳) |
作詞:不詳 作曲:二代山木太賀 【語注】 南の星 西洋名をカノープスと 言う。竜骨座の首星。大犬座の シリウスに次いで全天で2番目 に明るい恒星だが、日本からは 南の水平線上すれすれにしか見 えない。めったに見られないの で、これを見た人は長生きする という伝説がある。南極星・老 人星・寿老人などの名もある。 天橋立ふみも見ず⇒背景 水の江と言ふみやび男 見ず と水は同音反復。⇒背景 青柳の糸繰り出だす 青柳と葉 、糸と繰りは縁語。⇒背景 まさしく釣りしは亀なるを 万 葉集の高橋虫麻呂の長歌は触れ ていないが、丹後の国風土記の 浦島の記事では、浦島が亀を釣 ったところ、忽ち高貴な婦人に 変わったとある。ここはそれに 拠る。 常世の国 海の彼方にある不老 不死の国。 君がえにしは紫の 以下、下線 部の貝の名前を織り込みながら 、乙姫にことつけて乙女の恋心 をつづる「貝尽くし」。 千種貝 「千草貝」という貝名 もある。 白玉か、何ぞと露の⇒背景 朝寝髪⇒背景 偲ばれて れは自発。 篋 語源は「櫛(くし)笥(げ )」つまり「櫛を入れる箱」。 「笥(け)」は「器・箱」。 墨吉 大阪の住吉のことか。諸 説がある。 浦島の子 「子」は若い人を親 しんで呼ぶ言葉。現代では特に 若い女性に対して使われる。 見てば ては完了・強意の助動 詞「つ」の未然形。 剣刀 「刀(な)」と同音なの で、「己(な)」に掛かる枕詞 。 繰り・糸は縁語。 旧りせぬ 「旧り」は「旧る」 (古くなる)の連用形、「せ」 はサ変「す」の未然形、「ぬ」 は打消「ず」の連体形。「古く ならない」の意。 中務 平安中期の女流歌人。三 十六歌仙の一人。古今集の歌人 伊勢の娘。 男 在原業平(825〜880) なむ 語り手が聞き手に呼びかける言葉。 やなぐひ 矢を入れて背に負う籠。 明けなむ 「明け」は「明く」の未然形。「なむ」は他に対する願望を表す助動詞。 女をば 「ば」は係助詞「は」。 露と答へて消えなましものを 露と消えは縁語。なは完了の 助動詞「ぬ」の未然形。ましは 反実仮想の助動詞。ものをは詠 嘆の終助詞。 二条の后 藤原高子(842〜910)。清和天皇の皇后。866年、女御となる(24歳)。藤原長良の娘。業平より17歳年下。 いとこの女御 藤原明子(829〜900)。藤原高子の父長良の弟良房の娘。高子より13歳年上。文徳天皇(850年即位)の女御。染殿(良房邸)を里邸としたため、染殿の后と呼ばれた。 せうと 背人(せひと)の転。「背」はここでは「兄」。 堀川の大臣(おとど) 藤原基経。高子の同母兄(836〜891)。 太郎国経 高子の長兄(828〜908)。 参考:仮にこの事件が858年の出来事とすると、 藤原高子は16歳、 在原業平は33歳、 藤原明子は29歳、 高子の兄の基経は22歳、 国経は30歳となる。 触れてしものを ては完了・強 意の助動詞「つ」の連用形。 |