Home戻る


平成8年、熊本市内から久木野村(現在の南阿蘇村)へと、永住の地を探しました。
村内でも別荘分譲地はあるのですが、周りを家で囲まれた街の新興住宅地と一緒です。
条件は根子岳が望めるゆとりの場所。となると、南阿蘇村でも東側の久石地区です。
クヌギ林の中に川が流れる地を求めて3年通いました。
  私にとって「自然との優しい共存」
 
昔は、手に持てる非力な鍬やスコップが何よりの
道具でした。そんな時代に家が建ち、道路ができ、
畑が耕され、手作りの生活がそこにありました。
今では昔ながらの風景を「日本の原風景」と
呼ぶようになりました。
 手作りの作品は暖かみが感じられるのと同じ
「日本の原風景」は今でも人々の心を癒してくれます。
 生活の知恵が加わり、いつしか機械化が進み
日本列島は改造され、人々は前ばかり向いて構築物が
氾濫しました。人工的な環境があたりまえになり、
子供達の元気な遊び声が聞こえなくなりました。
まさにふるさと喪失です。 

平成11年3月
 
朽ち果てかけた一軒の廃屋を
見つけました。

家の中には家財道具が少し残っていましたが、
10年前まではここで生活されていたのでしょうか、
子供部屋の壁に貼られいた
平成元年のカレンダーが印象に残りました。

スローライフの一時を皆さんと一緒に
分かちあえる一握りの空間を
仲間の応援と一緒に作りました。

また地元の方々の
陰ながらの応援は貴重な財産になっています。

ロッジを造りました。
ちらをご覧ください。