アレキサンダー大王

英雄と言ったらアレキサンダー大王。アレキサンダー大王と言ったら英雄。
だってね、紀元前の時代に、わずか10年足らずで、空前の大帝国、ほとんど世界統一(!)を成し遂げた、なんて、英雄と言わずしてなんと言おうか。すっごいよ。


アレクサンダーが、王位についたのがわずか19か20歳の時。20代で、地中海沿岸からペルシア、インダス川迄の広大な領土を築き上げる偉業をやるなんて。
彼によって滅ぼされた国々はあまたあるが、アレキサンダー大王の東方遠征を実行できたその力は、どこから来たのだろう、と思う。


周りの臣下達もよく、20歳の若造の下で東方遠征等という、考えようによっては(よらなくても)無謀で、迷惑な話によく付いてきたなーって思ってしまう。中には、王位を狙っている、家臣や王族が居ただろうし、勿論、忠誠を誓っている臣下だって居ただろうが、そういう人達に囲まれて、本国を留守にして、遠征に出るなんて、度胸がいいのか、何なのか。
ロマンを感じてしまう。20代で、そんなことが出来る彼に。(今の時代だったら、完全に危ない人だもんね)ロマンよねー。


想像すればする程、アレクサンダー大王ってどんな人だったんだろうか、とか、好きな食べ物は何だろとか、ペルシアのダレイオス3世の娘と結婚したけど、相手の姫はどんな娘だったんだ、とか余計な事まで、考えちゃう。
彼一人でペルシア軍を破ったりエジプトに侵攻した訳ではないだろうから、きっととても優秀な部下や軍師が居たんだろうし。そんな彼らに造反されずに、見限られずに、兵士の士気を保ちながら遠征をやったアレキサンダー大王って・・・やっぱりすっげえ格好いいんじゃないか?大王の周りの思惑がいろいろあったにしても。魅力的だなー。


アレキサンダー大王が何を考えて、戦で負かした国の娘を娶ったのか。
言われているところでは、アレキサンダー大王の国マケドニア、ギリシア西方世界と、征服した東方世界の文化、人種の融合を望んだ為だ、と言われているけど、そうか、本当に?って思ってしまう。(東方国家の娘なんてのは五万といるだろう、ってツッコミたくなるけど)
まだ、ペルシア人の反感を削ぐためとか言われた方が、由華穂的にはしっくりくるんだけど。ああ、直接アレキサンダーに訊けないのが悔しいな。


紀元前300年の時代、オリエント世界を駆け抜けた彼にとって興味があるんです。
しかも、多分順調にいっていた遠征の途中で(とはいってもバビロン迄は戻って来ていたが)アレキサンダー大王は、32歳という若さで急逝してしまう!何、何、何があったの?暗殺か。
突然の高熱で死んでしまったっていうけど、いったい何で、「突然」の高熱なわけ。高熱で、なんていう理由、すんなり信じられないよ。
アレクの父ちゃん、フィリッポス2世は、東方遠征するぞーって決めたら、暗殺されちゃったんだぞ。アレキサンダー大王だって、多分、いやきっと暗殺されたのよ。最後の最後まで、ドラマチィックと言おうか、すげーと言おうか。


やっぱり、アレキサンダー大王を考えると、英雄だし、英雄としての要素を兼ねていると思う。(と常々、よっちゃんと語り合うんだけど)要素って言うのは、顔がよくて(ミーハーですまん)、なかなか出来ないことをやり遂げてて、早死にする。事。
この最後の要素で、英雄になるか、すごいことをやった人、で終わるかだと思う。(また極端な ^^;)アレキサンダー大王がもっと長生きしてて、もっともっといろんな事をやっていたら、もっと世界も変わっていたんだろうけど、それは分からない未知の事で、だからこそ、彼の早すぎる死を悼むし、彼がもっと生きていればと、より心の中に残るのではないだろうか。
とにかく由華穂にとって、アレキサンダー大王は何とも想像をかき立てられる、オリエント世界に華を持たせる色鮮やかな英雄なのです。

よっちゃんに、「よっちゃん的英雄は誰?」と聞くと、嬉しいことに、”アレキサンダー大王”と答えが返って来ます。(私と同じや〜)
結婚するんなら、彼が良かった・・・としみじみ語ってくれます。

 


 

時代背景

マケドニア 紀元前336年 アレキサンダー(アレクサンドロス)大王 即位
東アジア 紀元前3〜4世紀 戦国七雄時代
日 本 紀元前3〜4世紀 縄文文化