『vs.』 




「ひーちゃんは、俺と一緒に行くんだよっ!」
「ちゃうちゃう。アニキはわいと一緒に帰るんやっ!な?アニキ」
「あの・・・・なんでもいいけど――」
 おずおずと会話に割り込んだ龍麻に、京一と劉が速攻で言い返す。
「よくねーよっ!」「よーないわっ!」
「僕だって良くないっ!いいかげん、この縄をほどけっっっ!!」


 ある日の夜。
 部屋でのんびりと食後のお茶など楽しんでいた龍麻のところへ、京一と劉がものすごい勢い――それこそ取って食われるかと思うほど――で乗り込んできた。で、気がつくと、どちらが持ってきたのか、縄でぐるぐる巻きにされてベッドに座らされていた。
「で?いったい何なんだ、二人とも」
 龍麻の質問に京一の目がぱっと輝いた。
「よくぞ聞いてくれたぜ、ひーちゃんっ」
「聞いてくれたも何も、聞く間も与えずに縛り上げたのは、お前だろうがっ!」
「ほんまや、アニキをこないな酷い目ぇにあわせよって」
「お前も手伝ってたろうがっ、弦月」
 龍麻のツッコミに、劉は「せやったかいな?」とへらへら笑って誤魔化した。

 一呼吸置いて、京一は龍麻と並んでベッドに腰掛けた。劉も龍麻を挟むようにして京一の反対側へと腰を下ろした。
「劉のヤツが『アニキはわいと一緒に中国へ帰るんや』とか云ってやがるからさ。ったく、ひーちゃんは俺と中国に行くっての!」
「なんでやねんっ。わいとアニキはなぁ、云うてみたら兄弟みたいなもんなんやで?一緒に帰るんがスジっちゅうもんやろ」
「お前が兄弟だってんなら、俺はひーちゃんの恋人なんだよっ!どっちが大事かって云ったら、決まってんだろ」
「わいかて・・わいかてなぁ、アニキのこと、ほんまに好きなんやっ!」
「俺だってひーちゃんのこと、愛してんだよっ!」
「・・・・お前ら、いい加減にしろっっっ!!!」
 龍麻の『鶴の一声』で、とりあえず騒ぎはおさまった。
「それで、僕はどうしたらいいんだ?」
「だからさ、俺と劉のどっちと行くか、決めてくれよ」
「そんなん決まってるやん。わいと一緒やんな〜」
「俺だよな?ひーちゃん」
「わいとやっ!」
「俺とだっ!」
「わいったら、わいっ!」
「俺だったら、俺っ!」
「ええい、やかましいっっっ!!!」
 たまりかねて、再び龍麻が大声を上げた。ステレオでもあるまいし、左右からギャアギャア云われてもうるさいだけだ。これ以上、痴話喧嘩まがいの言い争いはご免被りたい。
 静かになったところで、龍麻は二人を交互に見まわした。
「だいたい、どっちかに決めろって云われても・・・・京一は相棒だし、弦月のことは本当の弟みたいに思ってるし・・・・そんなの決められないよ」
「ひーちゃんのことだから、そう言うとは思ったけどよ」
 京一が顔を曇らせる。龍麻が優しいのは知っているのだが、こういう時はやはり恋人である自分を優先してほしいと思ってしまう。
「せやけど、このままやったらアニキかて困るやろし」
「もう充分困ってるよ・・・・」
 はぁ〜っ、と3人が同時に溜息をつく。
「だったらどっちがひーちゃんに相応しいか・・・・勝負するしかねぇよな」
「そういうこっちゃな」
 二人ともそう簡単には決着が付くとは考えていなかったようだ。京一の挑発に劉も真顔になって応える。
 京一が木刀袋を縛る組み紐をほどき、劉が背中の青龍刀の包みに手をかけた。と、二人の間に火花が飛び散る。一触即発というやつだ。
「ちょっと、勝負って・・・・まさか部屋の中で暴れるつもりじゃないだろうな?」
 冗談ではない。ワンルームの狭い部屋で木刀と青龍刀を振り回されでもしたら、卒業を待たずにこの部屋を退去させられてしまう。
「でも、それ以外に何で――そうだっ!」
 ひらめいたっ、とばかりに表情を明るくすると、京一は劉と龍麻ににやりと嗤ってみせた。
「どっちがよりひーちゃんに相応しいか、つまりひーちゃんを満足させられるかってのは、どうだ?たとえば、俺たち二人のどちらがキスが巧いかとか」
「なるほど・・・・それやったら部屋壊さへんし、公平にアニキに決めてもらえるし」
「んじゃ、そういうことで。これだったらいいだろ?ひーちゃん」
「いい訳あるかっっっ!!!なんで僕が、その・・二人とキスしなきゃならないんだっ?」
 たとえキスは抵抗なくても、勝手に話を進められて「はい、そうですか」と納得できるものではない。
「なら、何か他の方法考えてくれよ」
「う・・・・」
 勝負事なら村雨にでも聞いてくれっ、などと思ったが、本当に村雨あたりが参加するとマジで洒落にならないことになるのは目に見えていたので、龍麻は黙り込んだ。
「よし、決まりな。じゃあ順番だけど――」
「わいが先や」
 劉が手を挙げる。
「京一はんは慣れてるやろけど、わいはアニキとキスするの、初めてやねんで?」
 自分のほうが不利なのだからハンデをつけろ、というわけである。京一がしぶしぶ頷く。
「――わぁったよ。・・・・さっさと終われよな」
 捨てぜりふと共に、二人から顔を反らした。
「なんで、はよ終わらなあかんねん、ほんまに・・・・。ほなアニキ、いくで?」
「・・・・はいはい」
 抵抗したくても、未だに身体は縄で縛られている状態だ。龍麻は情けなさで泣きたい気持ちを抑えて、静かに目を閉じた。
 劉は龍麻の両肩に手を軽く乗せ、これから口づけしようとする相手をじっと覗き込んだ。

 あ・・・・アニキの睫毛って長くて綺麗やなぁ・・・・。肌も女の人みたいに白いし、ほんまにおんなじ男なんかいな?っちゅう気ぃするわ。なんや香水みたいなええ香りもするし・・・・なんぞ付けてるんやろか。それか石鹸の匂いとか・・・・。それにこの唇の柔らかそうな感じ・・・・アカン。なんや、わい、めっちゃどきどきしてきたわ。ど、どないしよ〜〜〜っ――

「あの・・・・弦月?嫌だったら無理すること、ないよ?」
 呼びかけられてふと劉が我に返ると、いつの間にか瞼を見開いていた龍麻と目が合った。劉が一向に来ないので、龍麻は「躊躇っている」と勘違いしていた。
「ちがうねん。アニキの顔見てたら、なんやこう、胸がキュゥ〜って締め付けられるみたいに切ななって、思わず見蕩れてしもうてん。せやから、嫌やないで」
「・・・・そう?」
「せや。わい、アニキのこと、ほんまに好きや・・・・」
「ありがとう、弦月――」
 言い終える前に、劉の唇が龍麻の言葉を止めた。壊れものにでも触れるように、慎重に慎重に重ね合わせる。緊張からか、龍麻の唇が微かに震えているのが伝わる。
 ・・・・アニキ、何も怖いことあらへんから、わいにまかしといてや。
 想いを込めて、劉は何度も触れるだけのキスを繰り返した。
 やがて緊張がとけ龍麻が薄く口を開くと、劉はそこからスルリと舌を忍び込ませた。出会いがしらに触れ合い、驚いて龍麻は引いたが、劉はあえて追いかけようとはしない。丹念に歯列をなぞり、上顎にも丁寧に這わしてその感触を確かめた。そして時折思い出したかのように縮こまっている龍麻の舌に触れ、またすぐ口腔をくまなく探り出す。
 そんな仕草に次第にじれったくなったのか今度は龍麻から舌を差し出し、劉も応える。絡めるというより、舌先だけで触れて舐め合う感じのキス。
「・・・・ぁ、ふ・・んっ」
 その合間に零れる龍麻の息づかいが愛おしくて、劉は唇を離して名前を呼んだ。
「龍麻」
「ん・・・・弦・・月」
 少し舌足らずな龍麻の声。聞き慣れている自分の名前でさえ、そんな吐息のような声で彩られると甘い誘惑の言葉に聞こえてくる。強い意志を示す瞳が、今はうっとりと劉を待ち望んでいる。
 求めるままに、龍麻の腰に手を回そうとして――
「はーい、そこまでっ!」
 龍麻を抱きしめる半歩手前で、劉は京一に首根っこを掴まれた。
「ええーっ?これからっちゅうとこやのにー」
「お前、これ以上何するつもりなんだよっ?ったく、油断も隙もありゃしねぇ。おら、さっさとどけって」
 なんや、えらい短ないか?、とブツブツ文句を垂れる劉を押しのけると、京一は龍麻の頬を両手で包み込んだ。
「ひーちゃん――龍麻。好きだぜ」
 いつもなら龍麻も「好きだ」の一言くらい返して京一の首に腕を回すのだが、相変わらず後ろ手に縛られているのではどうしようもない。
「俺がとびっきりのキス、してやるからな」
 劉とのキスで未だにぼんやりとしているところへ、強引に唇を奪い舌を絡める。逃げ惑う龍麻を追い、捕らえたところでさらにきつく吸い上げた。
「・・・・んっ、んんん――っ」
 龍麻が息苦しさに顔を背けようとするのを許さず、京一は角度を変えてより深く貪った。痛いくらいの噛みつくようなキス。けれどこのキスが何より龍麻の理性をとろけさせてしまう。息をつぐ度に唇が濡れた音をたてて、龍麻を追いつめてゆく。
「・・・・んっ・・きょお、・・・・ふぅ」
 京一から与えられる快感に追いつけなくて、ふっと龍麻の身体から力が抜けた。腕の中に倒れ込むのを、京一は唇を重ねたまま抱きしめた。――身体で直に感じる鼓動の早さが京一の熱を煽る。

 唇だけじゃ我慢できねぇよ、ひーちゃん・・・・。吐息も何もかも奪い尽くしてしまいたい。全てを知ってても、それでもまだ足りねぇ――っ!

 京一は龍麻が苦しくならない程度に体重をかけ、そのままベッドに押し倒し・・・・
「あー、もうしまいや、しまいっ。長すぎるで、京一はんっ!」
 さっきの仕返しとばかりに、劉が京一を引き剥がしにかかった。
「なんだよ、今いいトコなんだから邪魔すんなよっ」
「何云うてんねんっ。あんさん、肝心なこと忘れてるんとちゃうか?」
「肝心――って、そうか。キス勝負してるんだったよな」
 チクショー、せっかくだったのにと内心思いつつ、京一は龍麻を優しく抱き起こした。
 二人は龍麻が落ち着くのを待って、この勝負の判定を促した。
「で。どっちのが良かった?ひーちゃん」
「当然、わいのほうやろ?」
「俺だよな?」
 ずいっと二人が迫ってくる。どちらも「自分こそっ」と自信満々だったが、龍麻の答えは、
「う・・・・ん。実は・・・・よくわからないんだけど・・・・」
と思いもよらないものだった。
「「ええっーーー?!」」
 京一と劉が同時に声を上げると、
「なんだかボーっとしちゃって、その・・どっちがどうとか比べられなかったんだ」
 龍麻は顔を赤らめながら、消え入りそうな声で説明した。
「・・・・こうなったら、最後の手段だ」
「?」
「これだけは避けたかったが仕方ねぇ。ひーちゃんを満足させるまで、勝負は続けるぜ。今度はエッチで勝負だっ!」
「よっしゃあ、絶対アニキを落として見せたるっ!」
 身の危険を察知した龍麻はあわてて後ずさったが、無情にもすぐ後ろは壁だった。
「ちょっ、ちょっと待って、二人とも、落ち着け。な?他にも方法はある・・・・って――あっ、やだ、離せって京一、そこは――っん、ダメ・・だっていつも、うわっどこ触ってるんだよ弦月っ、ベルト外す前に縄ほどけっっ!!んんっ?・・・・っぁ・・・・や、やめ・・・・ぁん・・お願い、だから・・それは、ダメってほんとに――はあっ、いやぁ・・・・こ、こんなの、ああんっ、やだぁぁぁぁぁぁ――っ」


 翌朝。
 テーブルにはトーストとハムエッグとサラダにコーヒーと、3人分の朝食が綺麗に並んでいる。そのテーブルを囲むように、龍麻と京一、そして劉の3人は座っていた。
 龍麻がいたって平静なのに比べると、京一も劉も心なしか疲れている樣子で目の下には隈がはっきりと浮かんでいる。
「どうしたの?二人とも。早く食べないと、冷めるよ?」
「え・・・・?あ、ああ」
「せ、せやな。ほな、いただきまーす」
 そこは、まだまだ食べ盛りの少年達。やはり食欲にはかなわない。何事もなかったかのように振る舞う龍麻に不審を抱きつつも、ありがたく目の前の食事を頂戴することにした。

「ところで――ひーちゃん。どっちにするか、決まったか?」
 ほとんど食べ終わったところで、京一が切り出した。劉も食べる手を止めて、龍麻をじっと見入っている。
「ああ。決まったよ」
「ほんで、どっちとや?アニキ」
「3人一緒に行く。それが嫌なら、僕は一人で行くから。――なんか文句ある?」
 やばい・・・・怒ってるよ、これは。
 とても反論できるような余地のない龍麻の表情に、京一も劉も気色ばんだ。
「い、いえ。ありません・・・・」
「さ、3人一緒っちゅうのも、わ、悪ないかなー・・・・」
「じゃあ、これで決まりだね。これからもよろしく。それから、昨日みたいなのは、金輪際無しだからね」
 龍麻がぴしゃりと言い放つ。
「そんなぁ。殺生やわぁ〜〜〜」
 ガーンと打ちひしがれている劉をよそに、京一は顔を引きつらせながら龍麻に問いかけた。
「ちょっと待てよ。俺はいいよな?なんたって、最愛の恋人なんだし――」
 龍麻は自称「最愛の恋人」に向かって極上の笑みを向けた。ただし、目は笑ってなかったが。
「当然――お前もだよ、京一。昨日あれだけ好き放題ヤってくれたんだからね。もうキスはなし。もちろんエッチもなしなのは、云うまでもないよな?きょ・お・い・ち」
「・・・・ハイ」
 京一もがっくりとうなだれてしまった。自業自得である。
 龍麻は幾分冷めたコーヒーを一息に飲み干して立ち上がった。
「ほら、二人ともさっさと食べないと、遅刻するよ?」
「え・・・・あー、ひーちゃん、俺今日はちょっと・・・・」
「実はわいも、なんや眩暈がして・・・・風邪かいなーって」
「何云ってんの?たかが寝不足くらいで学校休むようじゃ、とても鍛錬なんて出来ないよ?それに京一には休んでる余裕なんかないはずだよな、特に生物の単位が」
 ぐうの音も出ないとは、正にこのことだろう。
 龍麻が自分の食器を片づけに台所へと消えると、後に残された二人は呆然とへたり込んだ。
「・・・・そんな・・・・アホなぁ・・・・」
「ひでぇよ、ひーちゃん・・・・鬼だ・・・・」


 ま、これだけ云っておけば、二人ともしばらくは大人しくしてるだろ。まったく、あいつら限度ってものを知らないんだから。・・・・結局、みんなほとんど寝てないんだよな。二人に気づかれないように太清神丹飲んだから、僕は何ともないけど。そうだなぁ、たまには3Pってのも、いいかもね。結構ヨかったし・・・・あの二人には内緒だけどさ。

 はめられたとも知らず、台所でこっそり舌を出している龍麻とは対照的に、居間の床で屍をさらしている京一と劉だった・・・・合掌。


 ――おわり――


 裏HP・3000HITのSSでございます。
 京一&劉×主の3Pってことだったんですが、頭の中には浮かんでるんですけど(笑)、書けるだけの文章力がなかったです・・・・。
 ってことで、キスだけで逃げてしまいました〜。
 ひーちゃんが縛られてるのは、他意はありません。単なる趣味です(爆)。
 こんなのでよろしければ、お納め下さいませっ。

 1999.11.01 じーな

じーなさまに戴いた、「京一&劉×主」SSです。(^^)
いやんもうっ、素敵。
じーなさま、ありがとうございました。
蒼一郎、本望でございます(^-^)