甘い生活


「ひーちゃん、頼みあんだけど」
 夕食の後、京一がいきなり切り出した。
 なんだろう、珍しく改まって。
「ん?」
「これ、着てくんねーか」
 おもむろに僕の目の前に差し出されたのは・・・・。
「・・・・エプロン?」
 フリルっていうの?なんか布をふんだんに使った、可愛らしいエプロンだ。色は薄いピンク。どう見ても少女趣味な代物だ。
 京一って、こういうのが趣味だったのか?
 まあ、服が汚れなくて済むしなぁ。結構気が利くんだ。
 差し出されたエプロンをつけようとして、京一に止められた。
「ああ、違うって。そのまま着けるんじゃねーよ。服、脱いで」
「は?なんで?」
「だって、裸エプロンってそういうもんじゃん」
「はぁ?」
 なななな、なんで僕が「裸エプロン」なんてやらなきゃならないんだっ!
「新婚さんのお楽しみといえば、やっぱ裸エプロンだろ」
 僕の心を見透かしたように京一は云った。
「・・・・ちょっと待て。誰が新婚さんだって?」
「俺とひーちゃん」
 そういうと、京一のヤツ、子供みたいに「にこっ」って笑った。
「って、僕等がいつ結婚したんだよ」
「何云ってんだよ、ひーちゃん。この前俺がプロポーズして、OKしてくれたろ?で、その後二人で指輪買いに行って――ほら、今もひーちゃんだって填めてんじゃん」
 云われて左手の薬指を見ると――確かに、指輪があった。
 銀色のとりたてて装飾のないシンプルな形で、太くもなく、かといって細すぎもしない。それはまるで僕のためにあつらえたみたいにぴったりと指に納まっていた。
 不審に思いつつも、ちょっと力をいれて指輪を外した。内側には日付と「allways with you. K to T」なんて言葉が刻まれている。
 K to T ――京一から龍麻へ。
 こんなのいつ買ったっけ?でもここにあるってことは、買ったってことだよな・・・・。
 どうも腑に落ちないまま考え込んでいると、京一が顔を近づけてきた。
「大丈夫か?どこか具合悪いのか?」
 心配そうに僕を覗き込む京一は、真剣そのものって顔で。
 なんか変な感じはするけど、うそを言ってるようにも見えない。
 それにしたって・・・・、と引き続き考えていたら、京一が妥協案を言い出した。
「わかった。だったらさ、勝負しようぜ」
「勝負?」
「ああ。ジャンケンで俺が勝ったら裸エプロン。ひーちゃんが勝ったらチャラってことでどうだ?」
 だーかーら、何度もその恥ずかしい単語、連発するなよ。
「なんかそれって違うような気がするけど・・・・。じゃあ3回勝負ってことで」
 京一は賭事好きなくせに勝負運は無いに等しい。村雨達と賭麻雀をしては、とことん搾り取られている。今までそれで何度泣きつかれたことか。家計をやりくりするのにどれだけ苦労してると思ってるんだ。
 ま、そんなことはいい。今は目の前の勝負に集中しよう。
「よっしゃぁ、燃えるぜっ」
 京一は手を組んでジャンケンに勝つおまじない、みたいなことをやっている。
 こんなことで燃えてほしくないぞ、僕としては。
「最初はグー、ジャンケン、ホイッ!」

 結果。
 ・・・・信じられないことに、京一のストレート勝ち。
 嘘だろう?僕の運って京一以下かっ?
 あまりのことに呆然としている僕に、京一が我が世の春とでも言わんばかりの満面の笑みで近寄る。
「へへへっ。俺の勝ちだな」
「・・・・わかったよ。だからその変な笑いはやめてくれ」
 情けなさでため息しか出ない。
 説明しておくと、僕の身長は175センチある。横幅はないけど、高さだけなら京一とほぼ同じだ。だいたい、エプロンなんてのは服が汚れないようにするためなんだから、どうしたって裾の位置は膝上20センチくらいになる。女性ならそれでいいかも知れないけど、男の僕としては・・・・あの〜、ま、前が非常に気になるんですけど・・・・?
「京一、あのさ――」
「いくらひーちゃんのお願いでも、ダ・メ。だって勝負は勝負だかんな」
 そう言われてしまうと二の句がつげない。
 こいつ、サドっ気あるんじゃないのか?
 確かに勝負は勝負だ。仕方ないので服を脱いでエプロンだけ身につけることにした。もちろん、京一には後ろを向かせて、だ。
「おーい、ひーちゃん。まだかよ?」
「まだだよ・・・・ああっ、莫迦、こっち向くなっ!」
「いーじゃん、減るもんじゃなし」
「お前が見たら、減るっ」
 まったく。暴力は嫌いなんだけど、一度秘拳・黄龍ぶちかましといた方がいいか?こいつだけは。
 どうにか着替え終わった。
 人間なんていい加減なもので、こういうもんだって思うと案外慣れてしまうものらしい。それとも、僕がみんなから云われてるように「自分のことはひどく間が抜けてる」からなんだろうか。
 この布きれのなんとも頼りない感触には抵抗あるものの、どうせ部屋の中だし、僕以外の人間といえば居るのは京一くらいだ。誰か来たらあいつに応対してもらえばいい。
 それに。
 実をいうと、何かをするにつけ微かに感じる左の薬指の違和感が――心地いい。たかが指輪なんだけどね。
「うーん、やっぱ、そそるよなぁ」
 京一はといえば、なにやら満足げに僕を見てはにやにやと笑っている。
 ・・・・そんなもん、そそってほしくない。

 いつまでもこうしてられないので、食事の後片づけを始めた。
 二人分の食器を持って、台所へと向かう。
 と、程なく京一がすっと後ろに忍び寄ってきた。本当はこっちに近づく気配は感じてたけど。
「ひーちゃん。俺、腹減った」
 腹減ったって・・・・そんなにご飯の量、少なかったかな?こいつ、3人前くらい食べかねないもんなぁ。
 洗い物の最中なので振り向かずに返事をした。
「え?だって今食べたばかりだろ」
「でも腹減った。・・・・ひーちゃんを食べたい」
 と言い終わる前に、露わになったままの首筋にフッと生暖かい息がかかった。
「うひゃぁっ」
 我ながら情けない声が出る。だって、そこは、その――弱いんだってばっ!
「何?感じた?」
 悪びれる様子もなく、京一は更に舌で首筋をぺろっと舐める。耳に吹き込まれる低い声が官能的で、体中に鳥肌が立ってしまう。
「さっき言わなかったか?新婚さんの醍醐味って言えば、裸エプロンで台所えっちだって」
 聞いてないよ、そんなことはっ!
 慌てて押しのけようとしたが、その前に両腕ごと背中から抱きすくめられていた。
「ちょっと京一っ、ダメだって。今、用事してる――」
「ひーちゃんは俺と皿のどっちが大事なわけ?」
 滅茶苦茶なこと訊いてくるな、こいつは。皿って言ったらどうするつもりだよ?
「今、皿って言おうとか考えただろ?」
 ・・・・ギクッ。何でわかるんだよ。
「こんなに近くにいたら、お前の考えてることなんかわかるって。・・・・よし。だったら俺がひーちゃんを料理する」
 ま、まずい。
 妙に自信と確信を持った京一の言葉に、僕は身が竦む思いがした。
「そ、そんなの・・・・やだぁ・・・・っ」
 今更かと思いながらも、泣き落としで対抗する。
「大丈夫だって。俺がひーちゃんに酷いことするわけないだろ?」
 だから困るんだって!
「それはわかってるけど、何もこんなところで・・・・しなくったって」
「するって・・・・なにするって思ってるんだ?」
 うわぁぁぁ、墓穴掘ったのか、もしかしてっ?
 後ろを振り返らなくても、京一がどんな顔してるのか想像がつく。思いっきり、にやけてるに決まっている。
「んじゃ、ご希望通り料理してやるよ。まずは――」
 と、背中を何かが下から上へと這ってゆく。
「ひゃあ、何?くすぐったいじゃないか」
「やっぱり?前からやってみたかったんだよなー」
 そう言って京一が見せつけたのは――刷毛?ソースなんかを塗る、あれだ。その辺に置いてあったのを使ったんだな。
「そ、そんなの、やめろ・・って、ぁんっ」
「ホント、ひーちゃんって可愛いよな」
 京一は人の言うことなんか気にせずに刷毛で体中を撫で回す。さらさらした毛が動くたびにくすぐったい。いや、くすぐったいだけじゃなくて・・・・微妙な処に入って、ゾクゾクしてしまう。京一はそれだけじゃ足りないのか、項や肩にキスを落とす。
「・・・・誰が、可愛い――ぁっ」
「この期に及んで抵抗しようってトコが、だよ。・・・・もう立ってらんないだろ?」
 指摘通り、膝がガクガクして力が入らない。流し台の端を持ってかろうじて立ってる状態だ。
 黙っていると、後ろから京一が高ぶったものを腰に押しつけてきた。
「・・・・あっ・・」
 布1枚隔ててるのに、それはすごく熱く感じた。これから身体を貫くであろう快感を思うと身体が震えてしまう。
 まだ触れられてないはずの僕自身が、その熱につられるように熱く主張し始める。・・・・エプロンの前が膨らんでるがわかった。
 それを見て取ったのか、京一は中に手を入れ、前から溢れ出した雫を慣れた手つきで絡め取ると、ゆっくりと後ろを解してゆく。

 ダメだ・・・・躯の奥が・・・・疼く

「ここで、していい?」
 囁きに、にべもなく頷いた。この状態で放って置かれるのはたまらない。
 聞き慣れた金具を外す金属音を耳にする。
 ふいに、くるりと身体を反対側――つまり京一の方へと向けさせられた。・・・・てっきり後ろからされるんだと思っていたのでちょっと驚いていると、ちゅっ、という音を立てて口付けてきた。
「ちゃんとひーちゃんの顔、見たいからな」
 と、お世辞にもキスほど巧いとは言えないウインク付きで笑う。
 たかが「顔が見たい」って言われただけのこと。けれどそんなことで心がどうしようもなく沸き立ってしまうのは、やっぱり「京一が好き」だからなんだろうな・・・・。
「僕も・・・・お前を見ていたい」
 本当はそんな余裕なんてなくなるけど、せめて京一を抱きしめたい。
 京一の首に腕を回して、今度は僕の方から口づける。
 唇と舌で互いの熱を交換しながら、京一は僕の脚を抱えて広げさせた。
「・・・・俺が支えてるから」
 言われた通り、回した腕に力を込める。
 次の瞬間――――
「・・・・っぁあああっ!」
 熱い塊が――――躯を引き裂く。痛みに涙が勝手に溢れてくる。
 捌け口が欲しくて、京一の広い背中にしがみついた。
「痛いか?・・・・ごめんな」
 そりゃあ痛いけど、謝ってほしくなんかなくて、首を横に振る。
 どうせ痛い思いするんだったら、二人で気持ちよくなった方がイイに決まってるから。
「・・・・やぁっ、京一っ、きょう、いちっ・・・・っ!」
 二人で同じリズムを刻みながら僕は子供みたいに泣きじゃくった。
 怖い。怖い。怖い。
 津波のように押し寄せる快感に、何もかもさらわれてしまいそうで。抱きしめる腕と、ひとつに繋がったところしか、なくなってしまうみたい――――
「ーーーーーーーーーーっ!」
 強烈なまでの絶頂に声を上げたつもりだったけど、もう喉が枯れて自分でも聞こえない。
「・・・・続きはベッドで、な?龍麻」
 なんて言葉を遠くに聞きながら、僕は最後の意識も飛ばした・・・・・・・・。




 寝苦しさで目が覚めた。
 なんか重いと思ったら、京一の腕が抱きつくように僕の胸の上にのっかっている。よく鍛えられてるのは判るが、お前の腕は結構重いんだぞ。
 押しのけようとして、改めて京一の手をとった。
 あの指輪は――ない。
 そして僕の左手にも、それは無かった。

 なんだ、やっぱり夢だったんだ。

 安堵しつつも幾ばくかの寂しさを感じたのは、気のせいにしておく。
 そうだよな、いくらなんでもあれはないよな。だいたい、僕らはまだ学生なんだし、何より京一もあそこまで性欲魔人じゃないだろうし。ん?じゃあ、あんな夢を見た僕は・・・・欲求不満って事か?!
 なんて莫迦なことを考えながら、京一を起こさないようにベッドを抜け出そうとして、がっしりした手に腕を取られた。
「なんだよ、もう起きんのか?もうちょっと寝てようぜ。どうせ今日は日曜なんだし」
 京一の場合、寝るっていうのは――非常に疲れるほうな訳で。せっかくの日曜の朝なんだ、たまにはゆっくりさせてほしい。
「ん〜、今から2度寝すると起きるの昼前になるからね。朝飯用意したら散歩でも行って来るよ」
「あ、飯作んの?だったら、頼みあんだけど」
「いいけど、何か食べたいものでもあるのか?」
「いや、そうじゃなくて」
 と云うが早いか京一はベッドから飛び起きると、自分の鞄を何やらごそごそと漁りだした。

 なにか・・・・いやな予感がする。

「へへへっ、ひーちゃんにぜひ着てもらいたくってさ、昨日新宿じゅう探し回ったんだぜ?」
 じゃーん、とか云いながら僕の目の前に突き出したのは、またとんでもなく可愛らしいフリルの付いたあのエプロンだった。
 まさか・・・・。
「やっぱ、裸でエプロンだけつけてもらうってのは、男の夢だからな〜」
 放って置いたらそこら中で踊り出しそうなほど、浮かれている。
 ・・・・こ、こいつ何考えてんだよぉぉぉぉ。人の夢の中だけじゃ足りないってか?!

 その後どうなったかは、ご想像にお任せする。
 ただ、僕が朝の散歩なんてとても出られる状態じゃなくなったのは、云うまでもない・・・・。


 おわり


 蒼一郎さま、大変遅くなりました。裏HP・2222hitのSSです。
 ああでもないこうでもないと考えてる内に、当初の目的はどこへやら、よくわからないオチになってしまいました。
 一応、ちょっと可愛い新婚さん(笑)を目指してみたんですが・・・如何でしょうか。(←どこがやねんっ)
 こんなの送りつけてすみませんです m(__)m。よろしければ、お受け取りくださいませ〜っ。


 じーな様の裏HPの2222を踏んで書いて頂いた
「京×主」SS。
めちゃくちゃラブラブで、えっちっちで、蒼一郎嬉しくて泣いちゃいますう(YvY)
もう、じーな様の書く京主は、愛がたっぷり詰まってて、
オイラが京×主を書くときのお手本だったりします。
本当にこんな素晴らしいSSをありがとうございました。
お礼は頑張って「拘束」してみますね。(笑)


じーな様のHPへ行くよね。