"スパークNo208" (2000.1)
八田ひろ子参議院議員
参院の労働・社会政策委員になりました。
デンソーの皆さんの声、お待ちしています。
スパーク編集部、八田ひろ子参院議員に直撃インタビュー
八田ひろ子参議院議員
岡崎市議、愛知県議、衆院候補(旧愛知4区)を経て、昨年見事に現職の自民党の大臣を破って、愛知県選出の参院議員に当選。高校時代アナウンサー部でならしたうぐいすのような声、にこやかな八田スマイル、さわやかな弁舌、鋭く、はぎれのよい議会や交渉での発言、小柄な身体から飛びはねるパワーにファンが多い。今までしばしばスパーク紙上に登場して、デンソーの皆さんにもおなじみです。
十一月七日、大高緑地公園で開かれた愛知赤旗まつりの会場でスパーク編集部は、八田ひろ子参院議員に単独インタビューしました。八田議員は、県議、衆院候補(旧愛知4区)時代からデンソーのタダ働き根絶などのために尽力し、スパーク読者にはおなじみです。
問1.最近、外国から帰られましたが何の仕事でしたか?
答.ええ、女性問題の研究でイタリア、イギリス、ノルウェーへ行って来ました。私は参院の「共生社会に関する調査会」の委員なので、それで行って来ました。女性に対する身近な人間からの暴力、社会進出をすすめる課題などについて、その国の政治家、行政、NGOの活動家の方々から意見を聞きました。この問題については来年に国連の会議があるので、それに向けての準備の意味もあります。
問2.昨年、自民党の現職の大臣にせり勝って、史上初の愛知県選出の共産党の参院議員に当選したわけなんですが、どんなところで幅広い支持を実感されましたか。
答.当選した直後は若い力で当選させて頂いたと感じていました。しかし、その後、共産党とはつながりのなかったいろんな層の人が口こみで支持を広げて頂いていたことがわかりました。先日も集会で行った県の会館のガードマンの方が、「私も八田さんに投票したよ」と言ってくださいましたね。
問3.八田さんは女性で岡崎市議、県会議員など地方議員も経験されて、国会議員になられたわけですが、国会と地方議員の一番違う点は何ですか。
答.時間の流れるのが速い、法律をつくる、論戦の重要性ですね。空港、万博、藤前干潟の問題でも大臣や他党の委員も納得せざるを得ない論戦が大切です。そうすればものごとが動きます。これは立法府だからでしょうか。
問4.今、一番やりたいことはなんですか。
答.勉強がしたいですね。(ええっ、勉強!学生に戻るんですか:スパーク発行責任者)特に労働法です。私は国会内の常任委員会は「労働・社会政策委員会」に属することになったので、その関係の勉強です。
問5.空港、万博も大切ですけれど、タダ働き、リストラなどトヨタ系のこともぜひ国会で取り上げて下さい。
答.さっそく、11月18日にリストラ、「合理化」問題を国会で取り上げます。日産系の愛知機械のリストラ問題を取り上げる予定です。
問6.どんな時に日本共産党の議席の重さを感じられますか。
答.本会議場で、日本共産党の議員が討論に立つと、議場の空気が本当に変わるんです。拍手も大きいです。
問7.主婦、妻、母と、国会議員を両立させるための努力はどうされていますか。
答.主婦、妻はあまりできないです。当然やるべきことはやっていますが、それ以上のことはなかなか時間的に無理です。東京にいる日の方が多いですし、愛知に帰ってきても、名古屋までで、岡崎の自宅にもなかなか帰れないです。
問8.最後にスパーク読者とデンソーの皆さんに一言。
答.斗えば道が開ける。変革の21世紀にしたいですね。私が決算委員会で空港、万博などの問題を取り上げると必ず知事が上京して来て対策を練るんですよ。共産党の国会質問は政治を動かしています。さきほど言いましたように今回から労働問題に関する委員会に属するようになりましたので、ぜひ声をお寄せ下さい。この委員会は委員長がもう一人の共産党の同僚議員なので私一人で質問しなければいけません。私どもの国会の運動と、皆さんの知恵、力、実際の斗いが結びつくと非常に大きな力になると思います。
納得できません、この無償残業の実体、
ホームページを見たデンソーの仲間からメール届く
無償残業について
偶然このホームページを見つけました。匿名で失礼します。
私は、本社勤務の技術系中堅社員です。
先日、他部署の友人との飲み会の席で残業について話題となり、同じデンソーでもこんなに違うのかと驚きました。
近年の不況の中、私の属する某技術部でも経費削減の一環(これも納得いきませんが)として、極く当たり前の様に無償残業が行われています。
1人当りの残業の実態は、平均的な実務担当者なら大半は40時間以上の残業はしているでしょう。
ところが、実際に計上出来るのは10時間/月程度。残りはタダ働きです。
毎月、月の半ば頃になると各課の課長クラスから『今月の残業は○時間/1人で調整する様に』との通達があるので、月の後半は退社時のスリットはせず、後で書記さんに頼んで修正したりしています。
こんな状態がもう何年も続いています。
他の部署も同じなんだろうなと思っていたんですが、どうもそうではないらしい。
電子をはじめとする、友人の部署ではちゃんと残業が付くと言うではありませんか!
同じデンソーの社員でありながらこの差は何だろうと思いますよ。
これはどうも事業部独立採算制のしわ寄せが、こうした格差となって現れているのでしょう。
売り上げが落ち込む中で、管理・間接部門の経費削減は判りますし、やむを得ない事でしょう。ただ、残業を各事業部の経費として勘定する様なシステムの弊害がこの様な部署による格差を生んでいるのだと思います。
つまり、私の事業部では残業を全て計上してしまうと事業部としての利益が目標値に達しない為、具体的な施策はなしに、一方的に残業時間を制限しているのです。
では残業せずに帰ればいいと言う話になりますが、真面目なデンソーマンの事、なかなかそうはいきませんよね。
お客様に迷惑を掛ける訳にもいきませんし、またその責任は残業をカットしている上司ではなく自分に『査定』という形で返ってきてしまうのですから・・・。
数年前から拡販、拡販と仕事は増える一方、利益の伸びないメーカ業務は軽視されがちでどんどん人は減っています。
私の課でも年々人数が減らされ、1人当りの仕事は増える一方です。ところが、残業は減る一方。やってられませんよね。
会社を辞めてしまう人や、体調を崩す人も次々に出てきていますし、もっと真剣に考えてもらいたいものです。
私の家では共稼ぎで、家内も大手企業で働いているのですが、こんな話は全然理解出来ない様です。毎日帰りが遅くて、家事に協力することも出来ないどころか、残業時間も家内より少ないんですから、頭にきますよね。
デンソーと言えばもはや世界を目指す企業。
こんなやり方が世界で通用するとは思えませんし、社員の犠牲的精神の上にしか成り立たないような企業とも思えません。
会社にはこの実態を把握してもらい、何らかの施策を取って欲しいものです。
長くなりましたが、以上が私の偽らざる気持ちです。
日本共産党、異常なリストラ、解雇の横行をおさえる三新法の制定をよびかけ
日産をはじめとしたリストラの嵐が、今吹き荒れています。「経営者よ、クビ切りするなら切腹せよ」(『文藝春秋』十月号)奥田硯日経連会長、トヨタ自動車会長さえ、こう言います。この雇用危機打開のために日本共産党は十一月八日、三つの新法の制定を含む緊急提案を発表しました。その内容は次のとおりです。
解雇規制法案
@ 判例でうちたてられた「整理解雇四要件」を法律で明文化する。
A いじめや嫌がらせを禁止し、人権侵害を厳しく取り締まる。
B 労働基準監督署が退職強要などを日常的に監視し、取り締まる。
企業組織再編に伴う労働者保護法
@ 企業組織の改編を理由とする解雇は禁止する。分社化・営業譲渡による抜け道を厳しく規制する。
A 移動は本人同意を原則とし、労働条件も従来どおり移転することとする。
B 五十五才一律転籍など年令による雇用契約の更新や採用制限を禁止する。
C 事業所の閉鎖、移転、縮小の際は、自治体との協議と届出を義務づける。
サービス残業根絶特別措置法(仮称)
@ 悪質な企業には労基法上の割増金や罰金のほか、「賠償金」を労働者に支払わせるなど企業にとってサービス残業は割に合わない「高価」なものにする。
A サービス残業の根絶、残業の削減、労働時間の短縮によって、大巾な雇用拡大をはかる。
日本共産党はどのような日本をめざすのか 綱領の話 連載L
マルクスは「宗教はアヘン」と言ったそうですが、そうすると共産主義と宗教は相いれないのでは?
「宗教はアヘン」という言葉は、マルクスが二十代半ばに書いた論文「ヘーゲル法哲学批判序説」(一八四三年、全集@)に一回だけ出てきます。
「宗教上の不幸は、一つには現世の不幸の表現であり、一つには現実の不幸に対する抗議である。宗教は、悩めるもののため息であり、心なき世界の心情であるとともに精神なき状態の精神である。それは民衆の阿片である。」というものです。
この論文が書かれる三年前に、英国と中国の間に「阿片戦争」がはじまっており、宗教を当時鎮痛剤としても使われ、流行語であった「阿片(アヘン)」にたとえたものです。この言葉について、マルクスが宗教の撲滅をめざしたかのように誤解する人もいますが、そうではありません。当時のドイツではキリスト教が国家と癒着して国教とされ、特権を与えられていること、そして、その反動的支配を助けていることを鋭く批判したのです。
そしてこの「宗教はアヘン」という言葉が共産党の考えだと大きく誤解されるようになった背景にはレーニンの言葉もあると思います。「宗教は民衆の阿片である。ーこのマルクスの格言は、宗教の問題におけるマルクス主義の世界観全体のかなめ石である。マルクス主義は、現代のすべての宗教と教会、ありとあらゆる宗教団体は、労働者階級の搾取を擁護し、彼らを麻酔させる役をする、ブルジョア反動の機関であると、つねに考えている。」(宗教にたいする労働者党の態度について、一九〇九年、全集N)今日の時点でみるとすこし不正確で言いすぎと思われる、この言葉に続けて、レーニンは科学的社会主義の政党と宗教との関係について次のように正確に位置付けています。宗教との斗いを自分らの政治的任務と宣言してはならないこと、社会主義社会では宗教は禁止されるという考えは誤りであること、聖識者も党綱領を承認するなら党員になれること、神を信じている労働者、国民に対しても入党をよびかけることなどです。
日本共産党は一九七五年に「宗教についての日本共産党の見解と態度」を発表しました。そして一九九四年の第二〇回党大会で「党は信教の自由を擁護し、政教分離の原則の徹底をめざす」と綱領に明文化され、二十一回党大会では「宗教者との対話と共同の発展をはかる」と、活動方針化されました。
日本共産党は、哲学の問題としては、科学的世界観と宗教的世界観が異なることをあいまいにはしていませんが、世界観のすべての一致を条件にするのではなく、綱領と規約の承認という政治的一致にもとづいて活動の意志のある人は、宗教者であっても入党できるようになっています。