ウォーター


佐川 亜紀 の 詩 U

1999年

12月の詩のプレゼントをどうぞ。(1999.12.5)





12月の贈物

きっと くるよ
待ってて 何かがきっと
心に夢を入れる靴下をつるそう
地球を一生懸命歩いたボロ靴下を
曲がり角で恋にリンク
Eメールで届くとびきりホットな言葉
雪がめくる思い出の一ページ
願いはゆっくりふくらむ
モミの木が大きな時のゆりかごで
ゆったり伸びるように
チキンの骨をかんじゃって
骨と皮の細い足の子が
こごえるクリスマスを迎えてること
なくしてしまったたくさんの鳥たちが
歯にしみる
あの子にも あの鳥にも 言えたなら!
きっと くるよ
待ってて
厳しい寒さの月の贈物
命そのものがプレゼント
悪意がクラッカーみたいにはじけても
世界がパンドラの箱だとしても
世界は
あなたを待っている
あなたが金色のリボンをときはなち
海色の包装紙をひらくのを



季節の点線

猫が
ぷっくりしたおなかに
秋と冬の境目の
季節の点線を
つけて帰ってくる

いのちの輪郭は点線
一つのいのちを作っている
無数の点
秋の種のなかの春
雪のように溶けやすいいのち

・・・・・・・黙っているのは
何かの声の種
点字のように
思いのふくらみだけを
指に感じる

知らないうちに
言葉のぷっくりしたおなかに
だれかの願いの種を
つけて
生死の点線の間を
行き来してみたい

*ご近所の猫フェネックがいなくなって1ヶ月。
電信柱の貼り紙もぼやけてきて。紫がかった
不思議な毛色の人なつっこい猫でした。フェ
ネックがいつもスリスリしてた道路の一ヶ所
はまだ温かみが残っているように感じます。
うちの猫は元気で、今もPCにじゃれつこうと
じゃましてます。わ・わ・わ壊さないで!ミュウ!


祖父の捜し物

乾いた冷気が頬をなでていく冬の朝には、
夢の中から遠い日の祖父の声が聞こえる。
「アキ、あれ、あれを捜しておくれ。」
小学生だった私は、脳を病んだ祖父の捜し物係だった。
祖父は、時々不自由な言葉と手まねで何かを持ってくる
ように要求したが、それが何かすら家族に分からないので
いらだち怒り涙さえうかべた。私は捜し物のカンが良かった。

捜し物が実用とは関係ないことをおぼろげに知った。つまり、
一点の雲無く晴れた日にボロ傘を捜させたり、どこにも行かない
のにソフト帽、食事のときにドーナツかと思ったらすりきれた
レコードだったりした。実用から離れた物たちは、祖父の寝床の
かたわらで、全く別の顔形を持ち、息をし、ひそかに対話する
声さえ聞こえた。祖父が傘型のタイムマシンに乗って私の知らな
い時の世界に入っていくようだった。

大きな茶色の皮のトランクも忘れ難い。そのトランクは、生糸の
売り込みの仕事をしていた祖父につきあって、革命最中のソ連に
まで行った。ホテルに閉じ込められ、商売は成立しなかったけれ
ども、すばらしい旅だったとよく話したらしい。しかし、革命の
熱気をトランクにつめこんでくる代りに、満州鉄道の株券などを
ごっそりつめこんでいたのが賢明だったかどうか分からない。株
券も敗戦後一夜明ければ紙切れだった。一人の息子は戦死、もう
一人は栄養失調で死んだ。不在地主として没収された土地を見に
出かけ、あまりの変貌に驚いたのかそれから寝ついたのだ。祖父
が何を見たのか誰にもわからなかった。

夢に現れる祖父はソフト帽をかぶり、あのトランクを持っている。
トランクは空だ
「どこへ行くの?」
「捜し物の旅だよ。人はいつも捜し物をしているからね。探しあて
たと思っても、影や幻にすぎなかったり。人は塵みたいな光でも
捜すものさ。全くの徒労の旅だったとしても、何が徒労か誰にも分
かりやしないものだよ」
そして、傘型のタイムマシンに乗ると、まだ明けぬ紫色の空に
消えて行くのだ。
(既刊詩集から)
(1999.12月)


夜の町

アトムはギリシャ語で
もうこれ以上分けられないものの意味

私たちは分けてきた
分けられないものたちを

人と魚
このあたたかいココアと
あの冷たく裂ける皿
緑の音節と道の五線譜
こちらから見る自分と
あちらから見る自分
ヒロシマと南京
燃える花と凍った耳
原爆と原発
昨日と明日
あなたとわたし

自分も分けて分けて
孤独な半身
わかる言葉がなくなる

静かにくずれてゆく町で
孤独なエネルギーが
蛍の最後の瞬間のように
青白く光る




女文字

一つの世界で
発せられない声が
新しい文字を産んだ
「宇」宙を崩し
光を虹のようにたわめ
天の家の大屋根を
吹き飛ばして微塵の点にしても
言いたかった密かなうめき
どうしても聞いてもらいたくて
耳の形になった「う」よ

川が土地を開いていく
いのちを伝え続ける
源からの流れのような
草と風のにおいの
日本のかな

中国にもあった女文字
千年伝えられ
伝承者は一人

文字をたき木のようにたばね
心をざわめかす不穏な枝先
名も無い鳥のさえずり
土と水と涙に荒れた手で
詩の籠にあみ
感情の火をつけた
意味がはじけて
もどかしく腕を伸ばしあい
火の舌が文字を空まで舞い上げた
火はめぐり
女たちの心はほのかに暖められた

女が死ぬと
文字も埋葬された
おびただしい文字が
世界の地の底で
見知らぬ詩の形で横たわっている





りんご人

私の筆名のサガワは
韓国語でりんごの意味の
サグアに似ている
たまに
「あ りんごさん」
と 思われるかもしれないが
りんご人だったら
いいな とまで想いはふくらむ
父の出身地は山形で
さくらんぼうの名産地
ご近所の青森は
りんごの名産地
まんざらでもない

一日一個食べれば長生きするりんご
ビートルズのレコードのりんご
女に知恵を与えたりんご
少しすっぱい人生の味も
サクリガブリ
果汁を波しぶきのように
飛ばしながらりんご海に漕ぎ出せば
少々噛み付く歯も丈夫になるってもの

りんごの旗にりんごの歌
いや りんごには旗が無く
人間のように旗の威も借りず
歌に我を失うこともなく
自分のままで白い花弁を揺らすだけ

日の丸と君が代が
かりたてたものはむごい
りんごの切り口に血がにじむように
変色したままに さらして置く
りんご人にもなれず
赤い丸の中の日本人の私




刀みたいに生死がせめぎあっているので
おなかに虹を輝かせているサンマ
命の魅力いま最高! 一つの命 二百円は安い
一億円でも高くない!
と思ったけど
一億円なんか持っているわけもないので
二つの命 三百五十円のほうを買った

人間にも
旬というのがあるらしい
あちこちのせり市に行って
自分を売りに出さないと食えなくなる
高値だと 自分を失ったり
安値だと 自分も生活も失ったり

だから
ぱっくり
食われてしまわないためには
なるべく
まずい方がいい
深海魚みたいに
味不明で
のらりくらりと
自分の味をつむいでいたい
そして
旬の後まで
食われずに
まずいまま
自分のまま
生きのびたい
(既刊詩集より改作)








(ほおずき)

いくつもの夏を集めて
ほおずきの実は赤くなり
行き先夢見る風でふくらんで
幼い口が鳴らしてる


(八月)

季を超えず
八月
記を請う図
炎街


(虹)

雨は行ってしまった空の心の中に
鯨は逝ってしまった海の歌の中に
人は射ってしまった胸の中の鳥を
虹は言ってしまった夏の七行詩を


(わじん)

わびないで
わすれて
和解状
わけわからない和人


(水筒)

漲る湖
とまでは行かなくても
一粒一粒の言葉のしずく
をためたい心の水筒


(核の輪)

核の和は
おだやかな円である
という説の欺瞞性
核が裂く海の珊瑚色の乳輪


(ワニ)

ワニみたいに
どんな国の人でも
受け入れたい
大きな口でじゃなくて大きな心で







夏帽子

白い帽子を出すと
去年の夏の匂いがひろがる
去年の白浜海岸 しょっぱい髪
去年の3−12の試合
去年の歩き回った長い坂道
去年のエメラルドの魚が
帽子の海で時間の珊瑚をすりぬける

夏になると
頭の上で
黒い獣が育つので
帽子をかぶる
帽子の家で獣はお昼寝

気づくと
帽子にかぶられている
帽子は私に不満気だ
立派な帽子があって
好みの人間を入れ換える
ときどき
人を呑み込む

夏の魔除けの魔物 帽子










六月の乳の風

六月の乳の風
パラム パラム(風)
命が育つくすぐったい香り
ぬるいミルク色の風
のどをふるわせ流れる言葉の川は
母音の歴史から風を生みます
時代の激流の岩にぶつかる悲鳴
はじける無数の水滴が空をたたく響
虹より多い声の橋
朝鮮語には10人の母がいます
歯をくいしばる母 大きな声で笑う母
声の限りに泣く母 怒りにあまりだまる母
抱き合っている11組の音の母達がいます
音と音の間にあるのは
かかえきれないほどの悲しみです

六月の乳の風
パラム パラム
母達には言えないことがたくさんあって
奪われた言葉があって
思いは乳房のように鋭く張ります
飲ませられない乳が石になります

六月の乳の風
パラム パラム
乳腺は地球をめぐる川
夜空のミルキイ・ウエイにつながる
闇の中をまさぐって 生きるものすべてに
光と乳が与えられるように

六月の乳の風
パラム パラム
ジューン・ブライト
奪われた花嫁 殺された花婿 死んだ子供
湖の底で 炭鉱で 戦場に 被爆地に

赤ん坊だったあらゆるものの唇に
命のかなたから風が吹きます
ひとすじの夢をふくませるように






まる猫


猫の背を
緑色の風がなでていく
綿毛みたいにいのちがひろがる
誰かの指の間から
金色の時の砂が少しずつ
こぼれる
エイズの猫と
心が不治みたいな人が
ゆっくり傾く地球の縁先に坐っている

二回も死にかけた時
猫は何も言わなかった
まあるくなって
自分の傷をかかえこんだ
自分の舌で病をなめている

こんなふうに
まあるくなって
自分の傷を
かかえこんでいるものたちが
いっぱいいるようで
さわらの卵も
草むらのボールも
ピアスの粒真珠も
店の隅でうずくまるタイの女の子も

いつ爆発するか分からない
体の病
心の病
空の丸い水差しも
あんなにわずかな水量になっている



言葉のしっぽ


言葉にしっぽがあるので
流星みたいに千年を輝く

言葉にしっぽがあるので
ナイフみたいに心を切り続ける

言葉にしっぽがあるので
異界に木登りできる

言葉にしっぽがあるので
反対向きの思い二つ生きている

しっぽをふまれる
ふんぎゃあ
言葉が始まる



* 写真はうちの猫たちです。二年前息子が公園で拾ってきた頃のものです。 今はもう大きくなりました。 白い方がめすでチロといいます。黒い方がおすでミューといいます。 チロはしなやかできれいですが(猫ばか)活発でハトをしとめてきたり (ウッ!残酷なヤツ)尾っぽのちょんぎれたヤモリ、トカゲをお土産に くれます。(やっぱり、女の方がこわいかな。ちなみに私も女です。一応。) ミューはボーーッとしています。でかい目がかわいいですが(猫ばか)ビー 玉みたいに素通りです。やたらでかい葉っぱや畳のひも、サンダルをお土産 にくれ何が何だかわかりません。リサイクルに興味があるのでしょうか。 チロは猫エイズが潜伏しているようです。と獣医さんが言っていました。 でも猫エイズなんて昔からあったんですよ。体力が落ちて発病しなきゃ 平気です、と。今の所元気なので、めでたし、めでたし。





七枚のカード


空と
地が
花びらでトランプする
地の無限の暗さと
わずかな光を賭けて
差し出す
七枚のカード
どれもまがまがしい赤
次の世紀を占うのさ
月のように凍るか
火の核が瞬時に爆発するか
水が一滴もなくなるか
木をまだ抱きしめることができるか
金が世界を支配するか
土に立っていられるか
日だまりを心に持てるか
花は
愛のゆくえも
残酷に占なう

詩は予言だった
神神の言葉を盗み
火の言葉を
不吉にゆらめかせて
心をまどわす
まどわすのだ
感じなくなった悪も
干からびた善も
分かってしまった未来も
命をゆらす
七つの花の言葉







やわらかい地図


やわらかい地図を
たどる
黄河から流れた一滴になって
人々の生のように
いくども折れ曲がり
苦いしぶきで濁り
交差点で不意に
見知らぬ私に出会い
忘れていたこの地図を
熱い思いで砂浜をかけるように
たどれば
いのちの源にひた走れるのか
億年の時に抱きしめられるのか
時代の迷路に足裏がはれるのか
葉の裏の
ケロイドのようなひきつれ
国境は傷跡
重なり はじき 別れる傷跡
止められた川 絶たれる道
導管の言葉は通じず
孤独な細胞はちぢかむ
コソボの葉は渇いて燃え
北の天湖に葉は凍って閉ざされ
地雷の幼い芽ははじける

死の灰を出し吸い続ける
一枚の葉となって
この地のやさしい地図をさがして





*次に、既刊詩集から。



魂のダイバー


人間の海底に飛び込む
開らかれた真珠のような魂を探す
貝のからだの中の異常分泌物
水のニンフの手に守られて
ゆがみをおびて光る
白い肉の柔らかさに似て
太古の闇の吸虫を核として
無の砂粒を核として

海にとけた死を
死んだものの思いを
まとって
一つの生に向かって
ふくらむ ケシ粒ほどの たった一つの

魂のダイバー
もっとも深い海底に
もっとも美しい貝が隠されている
言葉で
殻をあけ合うまでの
苦しく長い潜水

地球の酸素がなくなるまでに
界の魂と魂が出会うことができるか
もっとも傷ついたものの魂を
息苦しいまでに捜したい
そこに見知らぬ輝きがあるから

地球は
宇宙の海のたった一つの魂
宇宙の異常分泌物
ブルー・パール
その新しい輝きを
捜している人が
はるかにいる





Soul Diver


I dive into the human sea-bottom
I search for a soul like a clear pearl
An extraordinary secretion inside the shell-body Guarded by the hands of a water nymph
Distorted yet brilliant
Resembling the softness of white flesh
Its core the trematode in ancient darkness
Its kernel a nothing grain of sand

Clad with death melted into the sea
And thoughts of the dead
Only a single being tiny as a poppy seed
Enlarging eventually into
Life itself

For a soul diver
The most beautiful shell is hidden
Inside the sea-bottom
Surely requiring a deep and difficult dive
Until we open the hard valve
With our own words

Before all oxygen on the planet disappears
Can all souls in the world meet each other?
I would like to search for the souls
Of those most wounded
I know there must be unimaginable glittering ever-
suffocating there

This earth is itself
Only a single soul in the universe
An extraordinary secretion,
Blue pearl.
There must be others searching
For its glitter
Far away

translated by Kijima Hajime& Leza Lowitz





妊む


生まれたい?
と問うことはできない
生まれたくない
と答えることはできない
太古から奪われている
問いと答えの前で
妊むことには
ほどけぬ毛糸玉を
むりやり押しつけたような
後ろめたさがある
地球よりも重いボールを
いきなり投げ渡したような
にがさがある

暗い宇宙の海の中を漂っている
小さないのちよ
おまえの目は銃弾でくりぬかれるか
おまえの鼻は朝露にぬれる葱の香をかぐか
おまえの耳はアフリカのひからびた五歳の叫びを聞くか おまえの口は優しくふさぎ合う唇をもつか
おまえの頬は心の彫刻刀でけずりとられるか
おまえの身体は死ぬ前に灰に分解されるか
おまえは一つの場所を占有できるか
おまえは数字にすぎないか
おまえはおまえでありえるか

母の胎の赤いドアをあけ始めた者よ
いのちという不思議な大樹の
世界という揺れ動く生きものの
輪郭をたどるのはおまえの指である
色彩をくみとるのはおまえの目である
未知の言葉をききとるのはおまえの耳である



Pregnancy


We cannot question,
'Would you like to be born?'
It cannot answer.
'I wouldn't like'
Before this question and answer Neglected since ancient times,
Pregnancy has
A sense of quilty conscience
Like knitting ball handed forcibly
Ever entangling, and it has
Severe bitterness
As if we had thrown
The globe heavier than the earth
Tiny life, who is
Drifting the sea of dark cosmos,
Would your eyes be hollowed out by shooting bullets? Would your nose smell the fragrant spring onion wet with morning dew?
Would your ears hear the dried-up cry of African 5 years old baby?
Would your mouth have the lips to fill up gently?
Would your cheeks be carved out by soul's sculpturing burin?
Would your body be dissoved into ashes before dying? Would you be able to occupy a certain place?
Would you become nothing but a number?
Would you be able to have your identity?
You who began to open the red door of your mother's womb,
It is your fingers who pursue the contour of the huge mysterious tree, which is life itself It is your eyes who absorb the colors.
It is your ears who catch the unknown words.

translated by Kijima Hajime& Leza Lowitz





あざ


私が幼い頃
背中に小さなあざがあって
その位置も形も
南の国で死んだ
母の兄であった一青年に
そっくりだと
祖母にも母にも言われた
私が生まれた部屋には
彼が遺したクリーム色の
繊細なばらの絵があって
彼はその繊細さを断ち切るように
パレットを割って出征した
祖母の御赤飯を帰って食べたい
と 便りに書いたが
帰って来たのは石けん一個
石けんに御赤飯を供えた
だから 彼は悲しい人だった
けれど
彼がその細かった指で
南の国の人を
撃ち 盗み 辱め 殺した
かもしれないと 知ったのは
私が彼の死んだ歳になった頃だ
あざはいつのまにか消えていた
いつのまにか消えていったが

彼が死んだ国では
川のほとりに戦争記念館があって
一つの言葉が刻まれている
「許そう しかし忘れまい」

許されようとも しないのに
許そうとされるのは 恐ろしい
忘れることを はばからないのに
忘れまいとされるのは 恐ろしい

一度も会うことのなかった
一青年と同じあざが私にもあって
それが
私の生に
一つの形を与え
時のつながりと
人のつながりを
考えさせたことに
今 気づく




メール アイコン
メール
トップ アイコン
トップ


ウォーター