縁談



 プレファレンス第一王女アルメリア。

 まだ少女といってもよい年齢だが、プレファレンス王家特有の美貌と気品とで、すでに宮廷の華としてもてはやされている。

 言い寄る求婚者は数知れず、彼らにとっては美しい姫が時折見せる無邪気さも、愛すべき美点にしか映らないらしい。

 ――それが、実はどのような毒を持っているかを知っている者は、意外に少ない。










「トリュート王国の王太子から、結婚の申し込みですって?」

 アルメリアがきょとんとした顔をする。

 そして少し考えた後、そういえばトリュート国の王太子が先日、何らかの用事でプレファレンスにやって来て、歓迎の宴に出席したことを思い出す。

「そう。未来の王妃としてぜひアルメリア姫を、とのことだそうだ。トリュート国はさほど大きな国ではないが、宝石の産出地として有名な国。裕福ではある」

 難しげな顔をしながら説明したのは、アルメリアの兄でありプレファレンス第一王子であるルテールだ。

「……何故、私までこの場に連れてこられているのだ……」

 不満げな声を漏らしたのは、第二王子セオドール。こちらもまた、アルメリアの兄である。

 ここはアルメリアの居間であり、プレファレンス王位継承権第一位から第三位までという豪華な兄妹三人が集っているのだ。

「正式な申し込みということで、こうして知らせたわけだが……すぐに結論を出す必要はない。プレファレンス王家としては、まずはアルメリア自身の判断を聞きたいということなので、じっくりと考えてくれ」

 セオドールのぼやきは当然無視して、ルテールはそう言って軽く息をつく。

「では、お断りしてください」

 にっこりと、即答するアルメリア。

「……随分と早いな」

 もともと申し込みを受ける可能性は低いだろうと見当はついていたものの、予想を上回る早さで結論を出され、思わずルテールは呟く。

 先日の歓迎の宴には当然ルテールも出席しており、トリュート国王太子がさほど印象的な男性とはいえなかったかったことを覚えている。アルメリアが恋心を抱くようなタイプではないだろうとも思った。

 とはいえ、考えることすらせずに即答というのは、もしやすでに言い交わした相手、そうではないにせよ心に秘めた相手がいるのだろうか?

「だって、利点があまりありませんもの」

 天使のような笑顔を浮かべたまま、アルメリアがその表情に似つかわしくないことを言う。

「利点……?」

 ルテールは思わずアルメリアの言葉を繰り返す。

「ええ。だって、トリュート国との貿易といったところで宝石が主で、生活必需品というわけではありませんわ。プレファレンスからの輸出先としてもさほど魅力的な国ではなかったはずですしね。加えて国力はプレファレンスのほうが上。となれば、私が嫁いだところでさほどの効果は期待できませんわ」

 例え、関係が悪化したところでプレファレンス側は大して困りはしないということも言外に漂わせ、アルメリアは笑顔のまま説明する。

「それに、宝石は嫌いではありませんけれど、さほど興味はありませんわ。見たときは美しいとは思いますけれど、興味を惹き続ける対象ではありませんわね」

「……ええと、すでに言い交わした相手がいるとか、そういったことはないのか?」

 アルメリアの淡々とした説明を聞かされ、ルテールは思わず問う。

「いませんわ。あまり有益になるような殿方がいないのですもの」

 またも笑顔のまま答えるアルメリア。

「……いや、確かに王族の結婚というのはどうしても政略がらみになるのは否めない部分があるが……それでも、もう少し愛とか恋とか、そういったことはないのか?」

 やや気圧されながら、ルテールはそれでも尋ねる。

「え? 何を言っていらっしゃいますの? 結婚というのは、手を組めばどれだけ有益になるかの結びつきですわよね?」

 さらりと答えるアルメリア。

「……もういい。私が悪かった」

 ルテールはため息を漏らす。

「邪魔をしたな。それでは、トリュート国王妃の座は辞退ということで話を進めることにしよう」

 そういってルテールは立ち上がる。

「……私も、ようやく解放されるのか?」

 ずっと黙ったままだったセオドールも、安堵の息をもらして立ち上がる。

 両者とも、疲れた様子でアルメリアの部屋を後にする。

「あ、でも確かトリュート国ではユナス石も採れるらしいですわよね。その点だけはちょっと魅力的かもしれませんわ。繋ぎを作っておくのも悪くはないかもしれませんわね……うふふ……」

 二人の後ろから、アルメリアの呟きが聞こえたが、もう戻る気力は両者ともになかった。










「……女性というのは、もう少し愛や恋というものに憧れを持ち、政略結婚を嫌うものだと思っていたが、偏見だったようだな」

 セオドールと並んで歩きながら、ぼそりとルテールが漏らす。

「あれの考えは、一般的ではないように思えるが……」

「確かにな。私だって王太子、次期国王だ。愛や恋だの並べながら、未来の王妃の座を狙う欲深い女性をいくらでも知っている。王妃になれば贅沢三昧ができると思っている者もな。だが、それとも違う。まったく、わけがわからない……」

 大きなため息をもらした後、しばし無言のまま二人は歩き続ける。

「そういえば、アルメリアが最後に呟いていたユナス石とやら、聞いたことがないのだが。お前は何か知っているか?」

 ふと思い出し、ルテールは隣を歩くセオドールに尋ねてみる。

「ユナス石とは、簡単に言えば毒物の原料だ。普通に砕いただけではどうということはない代物だが、特殊な製法で抽出することにより致死性の毒物となるらしい。私も留学時代、薬物の講義で少し聴いたことがあるだけなので、詳しくは知らないが……」

 記憶をたどり寄せながら、セオドールは答える。

「毒物……ますます、わけがわからない……」

 ルテールは頭を抱えたくなる気持ちを抑えながら呟き、しみじみと隣に並ぶ銀髪の弟を眺める。

「……何だか、お前がとてもまともな一般的思考の人間に思えてきたよ……」

「どういう意味だ、それは……」





あとがき

 思いつきで一気に書いた話です。
 セオドールは恋愛結婚タイプ、アルメリアは間違いなく政略結婚タイプではないか、という話を友人としていて思いつきました。
 主にアルメリアとルテールの話になっていて、セオドールは何のためにいるんだという感じになりました。




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