魅了



 プレファレンス第二王子セオドールが、魔術学院に留学することになった。

 そこでお目付役として誰かを一緒につけてやらなくてはならなかったのだが、生憎と魔術学院である。魔術の素質をそれなりに持った者を探さなくてはならなかった。

 そして選ばれたのがヴァリエート伯爵家の次男、クラレンスだった。彼は魔術師としても通用するだけの魔術の素質を持っていたのだ。

 ヴァリエート伯爵家は代々プレファレンス王家に仕えてきた名家である。しかし、最近はどうも落ち目で、調度品などを切り売りしながら生活していた。そこにセオドール王子のお目付役といった大役が舞い込んできたのである。家族は喜んでクラレンスを差し出した。

 しかし、クラレンス自身はどうも乗り気ではなかった。何故ならば、セオドール王子といえば以前、戦争を起こそうとした狂気の王子として有名だからである。うまくやっていけるのだろうかと不安だった。いっそ、恐怖に近かったかもしれない。

 今までクラレンスはヴァリエート伯爵領で育ってきて、まだ王都に行ったことはない。これから未知の世界に突然一人で放り込まれるのだ。しかも、家族のための生け贄として。これが不安にならずにいられるだろうか。

 だが、そのような不安も恐怖もすべて吹き飛んだ。





 ――あの方を一目見て。





「お前か、私の目付役というのは。……不幸なことだな、このような狂人の相手とは」

 口元に薄く笑みを浮かべながらその方は言った。独特の、美しい響きを持った声だった。

 話には聞いていたが、聞きしにまさる美貌だった。月の光を集めたような銀色の髪に、氷のごとく蒼く冷たい瞳、そして思わず触れてみたくなるような白く、滑らかな肌。

 このような人間がこの世にいるのかと驚嘆してしまうような、圧倒的な美貌だった。

「……お前の名は?」

 その方の声ではっと我に返った。どうやら、ずっと見とれてしまっていたようだ。

「し・失礼致しました……。お初にお目にかかります。ヴァリエートが次男、クラレンスでございます。この度、セオドール殿下のお目付役という大役を仰せつかり、まことに光栄にございます」

 家を出るときに散々たたき込まれた慣れない敬語を使いながら、間違えないようにと必死に話した。

「クラレンス、か。魔術の素質を持っているということで目付役に選ばれてしまうとは、運がなかったな。私などと関わり合いになりたくはなかっただろう?」

「そのようなこと!」

 思わず、大声で叫んでしまった。自分でも驚くほどだった。

 その方も驚いたようで、目をやや大きく見開いてこちらを見ている。

 初めに散々悪い噂は聞いていた。戦争を起こそうとした、高慢で手の着けようがない、など。でも、こうして間近に見てみると、自嘲気味でどこか淋しそうだった。聞いていた『狂気の王子』という印象ではない。

「最初は……不安でした。でも、こうしてお会いしてみると、聞いていた噂とは違うように思えます。本当に狂気に冒された人間が、自分で狂人と言うとも思えませんし……」

 言ってから、しまったと思った。王子相手にあまりにも失礼だったのではないだろうか。

「……お前は、物事をはっきり言うのだな」

 軽く苦笑しながら、その方は言った。だが、咎めるような口調ではなかった。

「失礼致しました……その……あまりにも無礼なことを……」

 いたたまれなくなりながら、詫びた。

「……構わない」

 意外なことに、その方はそう言った。高慢だと聞いていたのに、驚いた。

「ところでお前は最初、私を呆けたように見ていたが、何をそのように見ていた?」

 多分、これは試しているのだろう。だが、それが分かったとしても、答えは一つしかなかった。

「……月並みですが、何てお美しいのだろうと思いました。特にその髪は初代女王陛下からの賜り物と伺っていたので、何と美しい銀だろうと見とれてしまいました」

 怒るかとも思ったが、これも意外なことにその方は軽く首を傾げてこちらを見ただけだった。

「この髪か?」

 自分で銀髪を一筋つかみ、目の前まで持ってきて一瞥すると、その方は手を放した。さらさらと宙を舞う銀糸につい見とれた。

「……もっと近くで見てもいいぞ」

 見とれていたことに気づいたらしい。だが、この方がそのようなことを言うとは考えもしなかった。

「……触りたければ、触ってもいい」

 少しふてくされたような顔をしながら、ぼそっとその方は言った。

 そのような姿を、つい可愛いと思ってしまったが、こればっかりは言うと間違いなく怒るだろう。心にとどめておくことにして、お言葉に甘えることにした。





あとがき

 3年以上前に書いたものを発掘してきました。
 セオドールとクラレンスの出会いの話です。
 番外編でロードナイトの話が2つ続いているのと、最近主人公(のはず)のセオドールの影が薄いので、今度はこういう話を……と言いつつ、主役はクラレンスです。
 タイトルが恥ずかしいような気もしますが、これ以外に思いつきませんでした。漢字2文字という自分内ルールがあるので、タイトルはいつも苦労します。




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