過去



 あれは、俺がまだ下っ端の雑用係なんてのをやってた時だ。

 ん? そんな頃があったのかって? そりゃあ、俺だって最初から宰相なんてやってたわけじゃない。魔界は実力主義だからな。いくら家柄が良くても、関係ない。自分で階段を昇っていくしかないんだ。

 初めのうちは上に昇っていくことに憧れてるんだよな。そして実際、昇っていく。すると、気付くんだ。上の連中なんて苦労ばっかりで、そこそこ中間くらいで止まっていたほうが楽だってことにな。

 でも、気付いた時にはもう遅いんだ。もう、引き返せなくなっているんだよ……って、それは別の話だったな。

 話を元に戻そう。ある時、俺は母上を怒らせてしまったんだ。理由は俺にとっては大したことじゃなかったんだが、そこは人それぞれの価値観ってやつで……。

 とにかく、一応俺は謝ったよ。でも、母上は腹の虫が治まらなかったんだろうな。

 その次の日、俺がいつものように仕事に行こうとすると、母上が手ずから作った弁当とやらを持たせてくれたんだよ。……怪しいとは思ったけど、突っ返すわけにもいかず、俺は弁当を持ってそのまま出かけた。

 そして普通に仕事を始め、休憩時間になってから初めて弁当を開けた。

 俺はその場で固まったね。

 まず、目に入ったのは弁当箱からあふれそうなくらいぎっしりと詰められた目玉だ。

 それから藁、何かの骨、グロテスクな虫たちが弁当箱の中に所狭しと詰められていたんだ。

 弁当箱の蓋を持った状態で凍り付いている俺を訝しんで、同じ部署の連中がわらわらと俺の周りに集まってきたよ。そして、連中も同じように固まった。

 しばし固まった後、連中は『こんな悪戯、無視して飯を食べに行こう』とか『今日はおごってやるよ』なんて励ましてくれた。

 俺は連中に連れられて、部屋を出た。すると、そこには父上が待ちかまえていたんだ。

 俺は文官、父上はあれでも一応武官だから、部署なんざ全然違う。しかもその時の俺から比べたら雲の上って言ってもいいくらいに格上だ。廊下でばったりなんてことはまずあり得ないくらい仕事場も離れている。それでも、俺を見張るためにわざわざ遠くからやって来たんだ。

 父上は俺の姿を見ると、『弁当は食べたのか』と尋ねてきた。俺が何も答えないと、『母親の愛情が込められた弁当が食えないとは何事だ』と怒り始めた。

 こういう時だけ、恐ろしいまでのコンビネーションを発揮する両親を俺は呪ったよ。

 父上は俺の周りの連中を追い払い、俺が弁当を食べ終わるまで監視していた。……確かに、栄養があって身体に良いのは間違いないようだったけど、味が見た目通りだったんだよ。

 はっきり言えば、『まずい』ってことだ。

 泣きそうになりながら、それでも何とか食べ終えると、父上は満足したように頷いて去っていった。本当、アンタ他にすることないのかって心底思ったよ。

 この弁当の噂は瞬く間に広がり、俺は同情の的となった。

 俺はかなり早いペースで出世していったにもかかわらず、そのことで妬まれたり嫌がらせをされたりすることはほとんどなかった。

 ……むしろ、同情されることの方が圧倒的に多かったように思う。










「……私が悪かったから……もうやめてくれ……」

 何が悪いのかよくわからないが、セオドールはとりあえずそう言ってみた。

 とにかく、これ以上聞きたくなかった。

「そうか? これは数あるエピソードのひとつに過ぎないんだが……」

 しれっとしてロードナイトは言う。

 事の始まりは、セオドールがロードナイトに『ロサ・リカルディー』と『その夫』のことを尋ねたことだった。

 セオドールは聞かなければ良かったと、心から後悔した。

「それじゃあ、もう少し明るい話で……そうだな、塩辛クッキー争奪戦なんてどうだ?」

「…………」

 何だそのタイトルはと思いつつ、セオドールは首を横に振る。

「まあ、遠慮するな。あれはな……」

 嬉々としてロードナイトが語り始める。

 自分の迂闊さを呪いながら、セオドールは少しでも被害を和らげようと、両手で自分の耳を覆った。





あとがき

 ……最近、変なものばかり書いているような気がします。
 一つ前の番外編「不慮」と比べると、凄い違和感が……。
 ロードナイトは不幸自慢が好きなようです。
 塩辛は、東方の食べ物でしょう。




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